第27話 天・災・渦・導 8




――――作戦の第一段階。


 あらかじめ大気圏内へと降下させておいた隠蔽潜航輸送艇を用いて、空路にてひっそりとラシカ連邦上空へと侵入。

 ……ええ、紛れもなく『領空侵犯』というやつですね。


 飛行禁止空域を侵すものは、たとえ非武装の旅客機だろうと撃墜するような国だ。

 万が一にでも、この輸送艇ポーターの隠蔽潜航が看破されるようなことがあれば……その後の展開は想像に難くない。考えるだけで寒気がする。




『御心配には及びません。当輸送艇ポーター船体隠蔽機構は、全パラメータにて正常動作を確認しております。速度とペイロードを犠牲に高められた本クラス輸送艇ポーターの隠蔽潜航性能は、有視界索敵、電波反響、熱紋探査、重力場検知等、全てにおいて高い水準と安定性を兼ね備えております』


『………………そうかい。心強いよ』


『…………艦長ニグの応答レスポンス低下を認識致しました。状況パラメータの再確認を推奨致します』


に慣れてないだけだ。……気にするな』


『了解致しました』




 第一段階の目的は、このまま隠蔽状態を保ちつつ目的地である『研究所』上空へと移動。

 潜入要員である私達を自由落下で降下させ、本船輸送艇ポーターは別任務の後付近にて待機し、最後には撤退支援を行う運びとなっている。


 幸い、このあたりは色濃い針葉樹林地帯だ。市街地までは結構な距離もあることだし、隠蔽潜航とやらの性能はスー先生のお墨付きだ。空中停泊および出入りを不審がられることは無いだろう。

 ……今回の作戦においては、強烈な発光を伴う『転送』の利用は避けなければならない。だからこそである輸送艇ポーターが、こうして必要となってくるのだ。




『…………テスト、テスト。聞こえるか? シシナ。調子はどうだ?』


『……っ、…………聞こえます、艦長ニグ』


『間もなく目的地…………くだんの『研究所』付近だ。施設内の警備システムはこちらで無力化する。スーの指示に従うように』


『…………はいっ』



 静粛性を求められる今回の作戦だが……かつて非人道的な外科手術によりもたらされた望まぬ機能チカラが、ここで思わぬ働きを見せる。

 元々は『天遣いシーリン』の脳へとダイレクトに命令を叩き込むため、シシナら『天遣い』達の頭蓋骨に埋め込まれた通信素子。

 通常は『飼い主』の指揮を視野に、有効距離こそさほど長くは想定されていないものの、今回のように中近距離での送受信であれば問題ない。スーによってハッキングを受けた通信素子を、今回は私達が利用させて貰うわけだ。

 空気を震わせることなく、無音で迅速に意思疎通を行えることは、今回のような場面では極めて大きな強みであると言えよう。



 ちなみに今回直接『研究所』への潜入を試みるのは、私とシシナの二人(?)だけだ。

 スーは輸送艇ポーターの制御と施設内警備システムのハッキング、ディンは母艦の管制室にてミミちゃんと状況俯瞰お留守番、および魔物マモノ出現時の対応要員である。


 なお、私は現在により、普段のような機動力や戦闘能力を発揮出来ない。

 どうしようもないに陥った場合は、待機しているディンが諸々の制約を無視して、色々と台無しにしながら回収にする手筈になっている。

 ……さすがにそれは、何としても避けなければならない事態なので……全ては私の潜入工作技量に懸かっているわけだ。




『当然だが、私は内部構造やら目的の場所やらは知らない。……細かな案内は、頼む』


『はい。……大丈夫、です。…………この子も、力を、貸して……教えて、くれ、ます』


『期待している。……何としても無事に戻さなきゃならんからな、この身体機体は』


『…………ディン、さん……すごい顔、してた……です』


『ミミちゃんだけじゃ満足しないらしい。……欲しがりな娘だ』




 やがてスー操る輸送艇ポーターは、目的地である『研究所』付近の針葉樹林へと音も無く到着する。木々のギリギリ上あたりで空間座標アンカーを投錨し、船体を固定して投下態勢を整える。

 中央下面ハッチが滑らかに開いていき、眼下には青々と茂るトウヒの林と、およそ五十メートル下の地面がその姿を覗かせる。



 幾分か出力を減じてしまったとはいえ、重力干渉性能に重きを置いたこの身体機体であれば、自身の浮遊程度は何の問題も無い。

 背中に背負った専用ポーチの重みを確認し、思い切って宙に身を躍らせる。


 一方のシシナはというと……半身イー・ライの侵食を両手脚まで伸ばし、人外の膂力を得た状態となっているのだろう。

 林立する木々を軽やかに飛び回り、危なげなく器用に地表まで降りてみせた。



 共生関係にある、とは聞いていたのだが……認めよう。少々以上に侮っていたようだ。

 正直私が思っていた以上に、両者は強い絆で結ばれており……シシナは思っていた以上に、自らの『半身』を使いこなしているようだ。




『……大丈夫、ですか? 艦長ニグ』


『いや、問題ない。……この視点の低さには、まだ少々違和感は残るが……それもじきに慣れるだろう』


『ふふっ。…………澄ました、おかお……可愛い、です』


『そいつはどうも。私も早く『愛でる側』に戻りたいよ』




 スーが提案した欺瞞作戦の切札、広く知られる【イノセント・アルファ】とは外観特徴を大きく異とする汎用機体。

 圧倒的に小型かつ比較的軽量、潜入作戦にもってこいな静粛性と隠密性を併せ持ち、それでいて高度な運動性能と高い敏捷性を誇り、尾部に増設された重力制御素子の働きにより重力干渉機能をも併せ持つ……四足獣型の新しい機体。


 北欧地方が原産とされ、長い体毛と長い尾を持つやや大型の猫、高貴なる捕食者ハンター……ノシュク・スコグカット。

 ……まぁ、あくまでも外観を『それっぽく』仕立てただけ。実際にかの猫種の『素材』を回収できたわけでは無い。

 中身のベースは以前の『ミミちゃん』の同型機であり、用いた『素材』もそのときのものだが……仕様変更した外観を誤魔化すには、やはり既存の生物を騙る方が都合が良い。



 なお、やはりというか非常に前のめりで興奮を隠しきれていないディンより、猛烈な熱意のもと授けられた呼称おなまえは……『ニニちゃん』という。

 ……私の名前『ニグ』から取ってくれたんだって。かわいいね。





『…………気を抜くとさ、直ぐにじゃれつきたくなるんだよ。……本能、っていうか……コレ、『ニニちゃん』の欲求なんだろうな』


『…………わたしたち、みたい……ですね。身体ひとつに、ふたつの意思』


『あぁー……なるほどな。今の私なら……シシナと直ぐにでも仲良くなれそうな気がするよ』


『ふふふっ。……光栄、ですっ』




 針葉樹林を暫し歩き、程なくして目に映ったのは広大な湖。

 そのほとりに建つ、見るからに物々しいコンクリート造りの堅牢な建物。周囲をぐるりと囲う金網フェンスの上には、動体検知用のセンサーが張り巡らされているのが見て取れる。


 ……明らかに、ただごとではない。

 まるで駐屯地のように厳重な警戒が敷かれる出入りゲートが、この施設の重要性をわかり易く示している。




『それじゃあ…………始めよう。スー』


『了解。敷地外周部動体検知センサー、動作停止および欺瞞信号を展開致します』



 ……というわけで、いよいよ作戦は第二段階へ移行。

 これより我々は、作戦目標たる『研究所』への侵入を試みる。



『…………センサー機能停止を確認。シシナ、行くぞ』


『はいっ』




 私は重力干渉を併用し、シシナは強化された脚力をもって、金網フェンスとセンサー群を軽々と飛び越えて侵入を果たす。

 野生動物を模したこの身体機体の動体検知能力であれば、ヒトの接近を感じ取ることも容易い。周囲の安全を確保しながら、また監視カメラを適宜無力化させながら、ひときわ大きく警備も厳重な建物目指して進んでいく。


 この身体機体は直接的な戦闘こそ不得手だが、いわゆる気配察知の能力は高水準で整っている。

 たとえ角の向こうなどの死角や、また扉の中の室内にあったとしても、付近のヒトの反応が手にとるように把握できる。

 スーの提案に従い、不承不承ながら了承したこの機体ではあるが……なかなかどうして、悪くないじゃないか。




『…………スー、電子錠』


『了解。ドアロック解除、およびドア内部監視カメラの無力化を完了致しました』


『よし。…………第三段階、行くぞ』


『了解』『……ですっ』




 目的地はこの扉の向こう側、ひときわ物々しい『研究所』一号棟の……地下に広く拡がる、秘匿研究ブロック。



 囚われの地球外生命体を目指し……私達は侵入を試みる。


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