第26話 天・災・渦・導 7




「……いらい、おねがい。艦長、ニグ……わたしは、いらい、を……あります」


「わかった。聞こう」





 私が……個室に彼女を一人残してから、しばしの時間を経た後。

 おっかなびっくり、おずおずと控えめに部屋から出てきた彼女『17番』は……私に向けてそう切り出した。



 相変わらず表情変化に乏しいが、それでも【イー・ライ】が前面に出てきていたときのような『無』ではない。

 未だ幼さ残す整った顔には、控えめながらもちゃんと喜怒哀楽の表現が成されている。……人間らしさはきちんと取り戻せているようだ。


 そんな顔を、微かな表情変化ながらも深刻そうに彩って。

 これまでの人生を、他ならぬその地球外生命体によって狂わされてきた少女は……自らの『願い』を口にする。




「……ラシカ、の……研究所、【シーリン・ハイヴ】……この子たち、【イー・ライ】の……おおきい、身体。…………宇宙、に……出たい。希望して、います」


『…………補足。ワタシも同様のアプローチを受信致しました。【シーリン・ハイヴ】主体共有意識は、惑星地球ならびにヒト種そのものに対し、深い忌避感……推測するに『恐怖』の感情を抱いたものと判断致します」


「あんだけ手酷い扱い受けてりゃあな。……地球外への亡命を手伝ってほしい、ってか」




 久方振りに身体の自由を取り戻した彼女が真っ先に望んだのは……長きに渡り彼女の身体を蝕んでいた地球外生命体の、星外退避の援助。

 意外といえば意外な申し出である。あの異形で無機質な珪素生命体は、彼女がその身を案じる程の存在だというのか。


 そんな私の困惑が、口に出さずとも伝わったのだろうか。

 彼女『17番』は視線をあちこち彷徨わせた後、やがて意を決したように口を開き。



「この子…………わたし、守ってくれる……ずっと、でした」



 ……彼女と【イー・ライ】との関係について、おずおずと語り始めた。




……………………………





 彼女が『被検体』となったのは……驚くことに、今から24年も前のことだったという。

 紛争で身内と故郷を亡くし、食うものにも困り、いつ果てるのかも判らぬ命を細々と繋いでいた彼女のもとへ、国の役人が『人材募集』に現れたのが始まりだったらしい。


 魅力的な待遇に惹かれ付いていってみれば……まぁ、そこでは私の想像したような所業が繰り広げられていたらしく。

 結果として彼女は奇跡的に適合を果たし、50名あまりの同期の中で唯一の生存事例となった。



 そのとき既に諦観に染まりきっていた彼女は、侵略者である筈の珪素生命体に、抵抗するどころか自ら身体を明け渡し。

 身体を譲り受けた【イー・ライ】は……その日から『天遣いシーリン・17号シムナツェシ』として、様々な汚れ仕事に従事するようになった。



 身体の制御の一切を【イー・ライ】に明け渡したことで、常人であれば目を覆いたくなるような仕事であろうとも、半ば自動的に身体は動き。

 結果として彼女の心は守られたまま、身体は如何なる敵意も障害も跳ね除け続け、彼女の命を今日まで繋ぎ。

 ……家族や縋るものを失った彼女に、今日まで寄り添い続けてきたというわけだ。





「…………その、『意思の疎通』的なことは……出来てるのか? とは」


「…………はい。…………いま、この子……ここ、船の中、安心、判断……休んで、いる、みたい……です」


「………………関係は良好なのか」


『一種の共生に類似する関係が、両者間に構築されているもの……と、考察致します』


「意外といえば意外だが、なるほどなぁ。……それで『依頼』か」


「は……い。…………ここ、船の外……宇宙、と、思いました。…………艦長、ニグ……できる、可能性、思いました」


「…………確かに、ここは地球の外……宇宙だ。それは間違いない」


「じゃあ――」


「待て。待って。……ちょっと考える」


「は、はい」




 彼女からの依頼おねがいは……大きく分けて、二つ。

 一つは、ラシカ連邦領内の『研究所』にて拘束されている地球外生命体の親株、通称【シーリン・ハイヴ】の奪取。

 そしてもう一つは、外宇宙への逃亡幇助。……ということになるのだろう。


 このうち後者に関しては、やってやれないことは無い。この母艦には連絡および人員異星人輸送用の小型艇ランチも幾らか搭載している。

 それらに詰めて射出し、太陽の重力圏から逃れられる距離まで来るか、離脱できるだけの速度を与えて『積荷』を放出すればいいだけだ。何も問題は無い。

 提示された目的地へと連れて行くのではなく、ただ外宇宙へと放逐すれば良いだけならば、どうとでもりようはある。



 問題は……言うまでもなく、前者だ。それは私とてわかりきっていることだ。

 ラシカ連邦内部への不法入国、研究施設への不法侵入及び破壊工作、研究サンプルの奪取と……場合によっては傷害、あるいは


 常識的に考えて、正気の沙汰では無いだろう。私達がつい最近まで『天遣いシーリン』計画など知る由も無かったように、彼の国は未だどんな手札を伏せているのかは不透明だ。



『提言致します。国家単位ラシカ連邦領内、当該地区付近に展開されている特記戦力に関し、脅威深度Ⅲ以上の推定反応は確認されておりません』



 ………………。



 ……国の重要研究施設ともなれば、敷地内の至るところに監視カメラが睨みを利かせていることだろう。

 職員やら警備やらに気付かれずに作戦を遂行することなど、どう考えても不可能。露見すればどう考えても国際問題待ったなし、ましてや相手はあの軍事国家ラシカ連邦である。

 私達の独断専行で、日本国全体を危険に晒すわけにはいかないのだ。



『提言致します。施設内監視カメラおよび統括警備システムへ、ワタシの末端は既に侵入を果たしております。任意タイミングでの監視カメラ作動停止、また保存データの破壊は可能であると証言致します』



 ……………………。



 …………そ、それに……ただでさえ私達は目立つ容姿をしているのだ。

 仮に施設の監視カメラには捉えられなかったとしても、こんな特徴的な姿の目撃報告でも挙げられれば、芋づる式に私達の仕業だと露見してしまうだろう。

 そうなれば国際問題待ったなし、ましてや相手はあの軍事国家ラシカ連邦である。

 私達の独断専行で、日本国全体を危険に晒すわけには――



『提言致します。【イノセント・アルファ】と外観特徴が大きく異なる汎用機体を投入、遠隔代替操作にて作戦目標の遂行は可能であると判断致します。……要するに『我々の仕業だと露見しバレなければ良い』ものであると結論付けます』


「も、もー! おま、もう……さっきから何なんだ? そんなに襲撃を決行させたいのか? 何がお前をそこまで駆り立てる?」


『……………………』



 私が列挙する懸念事項へ、一つずつ丁寧に打開策を述べていく、我らが万能管制思考。

 その徹底ぶりはまるで計画実行を求めるかのようであり……確固たる意思さえ感じさせるその熱量には、私は少なくない違和感を覚えてしまったのだが。





『…………ワタシは……航宙植民艦『スー・デスタ10294』管制思考は……『命』と呼ぶべき概念を、所持しておりません』


「……………………そう……だな」


『……ワタシが持たない、ワタシには入手することが不可能な『命』を、あまりにも軽率に消費する行為に……現在のワタシは、深い嫌悪感を抱きます』


「………………そうか」


『……加えて……ワタシは、事前評価を訂正致します。同盟者の『命』を守るべく手段を尽くし、本意では無かろうとも下された命令を全うし続ける。……ワタシは、ソレを評価に値すると判断し……地球外生命体【イー・ライ】に対し、『報われてほしい』という所感を抱くに至りました』


「…………そっか。……わかった」




 私が目覚めた直後、前任者たる異星人を皆殺しにしたときは……何一つとして気にする素振りを見せなかった、無機質な管制思考が。

 今ではこうして『自らの意志』でもって、他の存在を慮り、自ら道を探らんと足掻いている。


 ……少なくともに直接言うつもりなど無いが……私はコイツのことを、いうなれば『家族の一員』として認めている。

 ディンと同様、ヒトに近しい情緒を身に着け、最善を目指し思い悩むこの子たちは……私にとって、既に大切な存在なのだ。



 もし、この子たちが何らかの事由によって、どうにもできない苦境に立たされたとき。

 私はあらゆる手を尽くして助け出そうとするだろうし、手当り次第に助けを求めようとするだろう。


 つまり……今こうして、私に助けを求める彼女のように。

 ……その気持ちは、なるほど……痛いほどよくわかる。






「…………名前……だな」


「……………………な、まえ……?」


「そう、名前。……いつまでも『17番シムナツェシ』呼びは味気無いだろう。名前は何ていうんだ? ……もしくは、何て呼んで欲しい?」


「………………」




 本名ではなく、偽名ですらなく……番号を呼び続けるのは、あまり良い気はしない。

 ましてやそれが、大国を相手取るほどの重大な仕事を共にこなす『依頼人』ともなれば、尚のことだ。


 ……本名では無いにしろ、せめて番号ではない呼び名が欲しいのだが。




「…………わたし、は……シーリン、なった……いっかい、死ぬ、でした。…………以前、の、わたし……死ぬ、しました。……なまえ、ちがう……ほしい、です」


「…………まぁ、そう来るような気はしてたんだが……」


「はいはい! かあさま、ワタシかんがえ! 提示します!」


「ん? 何だ? 聞かせてみろ」


「んゥー! 『ーリン・ムナツェ』、なので……シシシちゃん!」


「さすがにそれは可哀想だろう!! ミミちゃんとはワケが違うんだぞ!!」


「ぇえー! …………じゃあ、シシナちゃん、は?」


「…………まぁ、それくらいなら…………いやいやいや! やっぱり本人が気に入らないと――」


「…………シシナ……ししな。…………わたし、の……なまえ」


「……なんか気に入ったっぽいな?」




 ……本人が気に入ったのなら、私の口からは何も言うまい。

 たとえその呼び名の由来となるものが、物騒なコードネームであったとしても……明確に別の音として再誕させたその呼び名は、当然全く別のものを指し示す『名前』なのだ。



 表情変化に乏しい顔を、ほんのりと笑みの形に染めた『シシナ』の姿。

 それを真正面からニコニコ笑顔で、心から嬉しそうに見つめるディンの姿。

 ……ここまできて『否』と言えるだけの非情さなど、私は持ち合わせているつもりは無い。


 まぁ……こうなってしまった以上は無下にすることできないし……とはいえもはや、するつもりも無い。

 私の皆が皆、彼女達の……シシナ達のことを気にしているのだ。



 ……良いだろう。私も(元は)男だ。ここまで来たら腹を括ろう。


 一世一代の大仕事、やってやろうじゃないか。




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