第25話 天・災・渦・導 6



 スーによる事情聴取……もとい言語的アプローチの布石は、その翌日には早くもとりあえずの形として結実した。

 とても拙く、また幼くはあるが……【シーリン・ハイヴ】ならびに珪素生命体【イー・ライ】に、日本語を学習させることに成功したのだ。


 彼らの意思疎通手段と似通ったものを備えていたからとはいえ……どれだけの試行を重ねれば、言語を習得させるまでに至るのか。

 非生物由来の高速演算能力の底力を、まざまざと見せつけられた一件であった。


 ……本当に、見直した。よくやってくれた。




『……状況の確認を完了。当該個体『17番シムナツェシ』行動思考制御は現在【イー・ライ】側に帰属しており、よってヒト種個体側の主体意識が休眠中であるとのこと』


「…………つまり【イー・ライ】側を大人しくさせれば、この子が目覚める……ってコトか?」


『その可能性は高いと判断致します』




 珪素生命体【イー・ライ】の支配から脱し、自らの身体を取り戻した彼女が、いったいどういう反応を見せるのか。

 それは、今の私にはわからない。


 ……そもそも、果たして覚醒それは彼女にとって幸せなことなのか。

 人体実験の被験者となり、ヒトならざるモノへと至った事実を突き付けられ。

 自分の身体を地球外生命体に、長らくの間好き勝手に使われていたことを知り……それでも平静で居られる者など、そう多くは無いだろう。



 被検体となったことが、成長にどんな影響を与えているのかは不明だが……少なくとも見た限りでは未成年にしか見えない少女である。

 生体兵器に改造された、など……年頃の娘にとっては、あまりにもショックが大きいだろう。


 ……最悪の場合。もし彼女が、この残酷すぎる現状を受け止めきれなかった場合。

 その場合は……私自身の手で、引導を渡してやらねばならない。


 ここへ連れて来て、再び目覚めさせた張本人として……そこは、覚悟の上だ。




『それでは……末端個体【イー・ライ】へ、沈静化命令を送信致します』


「…………あぁ。頼む」




 だがそれでも、このまま『生ける屍』のままで良いとは思わない。

 私の個人的な欲求であるとは承知の上、それでも彼女には『幸せ』を掴んでほしいと、私はそう願ってしまったのだ。



 ここ数日の間、ずっと死んだように硬直していた少女の身体。

 生命維持に務めるばかりで微動だにしない『容れ物』の中枢から……幾年か振りに、珪素生命体の根が引いていく。



 ……程なくして、まるで屍のようだった身体が『びくり』と身じろぎ。

 閉じられていた瞼がゆっくりと開いていき、の瞳が顕となり。

 真正面から照りつける天井照明を受けて……眩しそうに、微かではあるがみせる。




「…………こんにちは。お元気ですか? ……私の言葉は、理解出来ますか?」


「……………………ぁ、…………ゥ」


「……音は、聞こえていますか? あなたの身体は、動かせますか?」


「u、u…………moん、だイ、naい。……わたsi…………aa、uu……ゥゥ」


「ディン、水まだあったか? 取ってきて」


「ゥ!」


「uu……もんだイ、ない……を、します、で、した。…………わたし……げんじょう、を……ただしく、にんしき、する……を、おこなう。……しています」


「…………思い出せるか? 自分のこと」


「……………………はい」




 周囲をきょろきょろと見回し、私の顔へと視線を向け……ほんのちょっとだけ悲しそうに顔を歪ませる。

 多少控えめではあるが、その表情変化は確かに『人間』としてのもの。……意外な程に落ち着いているが、どうやら無事に意識を取り戻したようだ。


 彼女に聞きたいこと、そして【イー・ライ】や『天遣いシーリン』計画について明らかにしておきたいことなどは、多くあるが。

 とりあえず今のところは、体と……なにより心の調子を整えることが、最優先だろう。




「かあさま、お水。……それと、たべるもの。にゅーにゅープリン、持参しました」


「気が利くな。……こんなんで悪いが、食べてくれ。落ち着いたら話がしたい」


「…………わかった。……を、しました。わたしは…………かんしゃ、でした」


「私達は外に出てる。……何かあったら呼んでくれ。扉でも叩いてくれりゃ良い」


「…………わかった、です」




 彼女の様子はスーに任せて、私達二人は部屋を後にする。閉じた自動扉の向こうには、こうして彼女一人が残された。

 艦内は気密性も防音性も優れており……声が外へ漏れ出る心配は、恐らく無いだろう。


 唯一、中で何が起こっているのかを知ることが出来る管制思考とて……最近はヒトの情緒というものを、少しずつだが学びつつある。

 以前のスーならまだしも……最近のあいつならば、そこまでデリカシーの無い真似などするまい。




「……じゃあ……私達は食堂で待ってるか。……にゅーにゅープリンって、まだあるのか?」


「…………ゥ? さっきワタシ、持ってきた。あれ、かあさまのにゅーにゅープリン」


「……………………」


「んゥ、大丈夫です! ワタシ、かあさまと『はんぶんこ』提案します!」


「良い子すぎ」


「ゥえへへェ〜〜〜〜!!」




 ……やはり、スーが叩き込んだという『ワーニングコード』とやらが効いているのだろうか。これ以降の『天遣い』の流入は、どうやら抑止できているらしい。

 魔法少女達に危害を加える不届き者は、恐らくもう国内には存在しないのだろうが……彼女らに『もう大丈夫』と伝えると『何でそんなこと知ってるんだ?』と突っ込まれる恐れがあるため、迂闊に警戒を解かせることは出来ない。


 よって、魔物マモノ対策は引き続き、私達が矢面に立つ必要があるわけだが……今のところは地表の様子も、特に異常は見られない。

 もちろん警戒を緩めるつもりは無いが……もう少しの間は、あの子の対応に専念できそうだ。




「はいっ、かあさま。ワタシ、『あーん』を提案します!」


「……あぁなるほど、そういう感じ。…………もう、仕方ないなぁこの子は」


「ゥえへへェ〜〜〜〜!」




 地球の全てに愛想を尽かし、塞ぎ込んでいた私でさえ……紆余曲折を経て、今ではこうして笑えるようになったのだ。

 未だ何一つとしてプライベートを知らない、出会って間もない彼女ではあるが……私の勝手な願望だと理解しているが、どうか笑えるようになってほしいと思う。


 規模や時代や経緯は異なれど、私と同じく地球外生命体の干渉によって『ヒトならざるモノ』となってしまった同士。

 彼女のことは……どうにも他人とは思えないし、どうしても気になってしまう。



 彼女という『成功例』と多くの人手を喪ったことで、痛手を被った奴らがどう動くのかは解らないが。

 奴らの束縛から逃れた彼女が、どうか顔を上げて前に進めるように。



 私は心から、そう願う。



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