第24話 天・災・渦・導 5




 例の突入騒動から、早いもので既に三日。私達は工作員連中から攫った少女を抱え母艦スー・デスタへと帰還を果たしてから暫し、調査と精査に専念していた。

 地表のほうでは住宅街で謎の乱闘騒ぎだとか、違法に持ち込まれた実銃が発見されただとか、偽造パスポートでの不法入国者が捕まっただとか色々と騒がしかったが……まぁ、私達には関係の無いことだろう。


 一件だけ、生真面目系優等生魔法少女のエモトさんから『何かやりましたか?』とメッセージが来ていたが……私は『やっていません』と上手く誤魔化しておいたので、これ以上追及されることも無いだろう。



 ここ三日の間、地表本国からの命令信号を受け取れずに沈黙したままの『17番』を色々と調べさせて貰った結果……スーはひとつの大戦果を挙げてくれた。

 なんと、くだんの【イー・ライ】末端個体間の意識共有ネットワークが空間跳躍通信に近しいものであることを突き止め、ラシカ連邦本国の秘匿研究施設内に封印拘束されている【イー・ライ】本体、通称【シーリン・ハイヴ】との接触に成功したのだ。


 いや、接触するのみに留まらず……彼の習性を調べ尽くした上で完成させた、彼の本能へ効率的に上下関係を叩き込む思考信号『ワーニングコード』とやらを送信し。

 ……上下関係を叩き込むことに、なんと成功してしまったらしい。




 ラシカ連邦が所有し、生体兵器として運用を試みている珪素生命体……【イー・ライ】。

 彼らは全末端がひとつの意識のもとで活動を行う、いわば群体性質を持つ地球外生命体であるらしい。


 この宇宙に存在する【イー・ライ】全てが意識を共有している、というわけではなく……あくまでも『ラシカ連邦に落着した親株』から株分けされた個体達が、ひとつの共有意識ネットワークを形成しているということらしい。

 ……まぁその親株とて、元を辿ればどこかの子株だったのだろうが……共有意識ネットワークの形成と分割の要因が何なのかは、検証のしようが無いため不明であるとのこと。




 スーが回収してきてくれた機密資料には、このような形で纏められていたのだが。

 実際のところその『個体分割の要因』とは、彼ら自身の意思によるものであったらしい。


 要するに、分裂という形による増殖行為……無性生殖というわけだ。

 度重なる侵食と融合によって肥大化し過ぎた親個体は、身体の一部を子株として変異させ、また同様に意識をも分割し、別個体として分裂するのだという。



 そうして誕生した新たなる【イー・ライ】個体は、自らの新天地を求めて宇宙を漂流。

 幸いにも好みの鉱物が含まれた小惑星に付着し、悠々と自己保全に努めていたのだが……幾百幾千年もの時を経て、不幸にもその小惑星が地球落下軌道に突入。

 絶対零度付近の極低温から摂氏千度以上の超高温へ。過酷極まりない温度差を、体組織の殆どを壊死させつつもなんとか耐えきったかと思えば……今度は身を砕く程の衝撃を味わい、トドメとばかりに『鉱物の存在しない液体環境』へと叩き込まれ。


 度重なる環境変化に命の危機を感じ、休眠状態に入っていた……らしい。



 そうして体組織の殆どを喪失しながら、小惑星の破片にしがみついて水底で休眠していた彼を、ラシカ連邦の調査団が回収。

 その後の度重なる実験によって、『強い侵食性を持つ』『金属に近い性質を持つ』『電気的刺激に弱い』などという情報が調べ上げられ。


 無防備となる液中にて拘束された上、弱点である電流刺激によって様々な行動を強制されるようになり。

 やがて……ラットに始まる『様々なモノ』との融合実験が試みられるようになり。



 無理矢理切り分けられた彼の末端が、監督者達の意に沿わぬ結果を齎せば……侵食先もろとも電流で拘束された上でことごとく高温高圧炉に回され、灰も残さず焼却処分され。

 主要身体構成物質の摂取も侭ならず、満足に成長することさえ出来ぬまま、長年監督者達に都合の良いように調教され続け。


 食いたくもない有機生命体への侵食を幾度となく強いられ、実験体として扱われる日々を送ってきたという。






「…………何ていうか……不憫だな」


「んゥー…………フビン、カワイソウ、ワタシ肯定します。ねー、ミミちゃん。ねー」


『……侵略を試みた惑星にて原生知的生命体に拘束され、逆に隷属を強要されるとは……慣用句表現『呆れて物が言えない』に該当する所感であると結論付けます』


「……………………まぁそっか、私は違うか」


『…………? 艦長ニグ発言の意図を――』


「気にするな気にするな気にするな。……それより……だ? 『上書き』は」


『……了解。途中経過を御報告致します。当該被験体『17番シムナツェシ』頭骨部へ埋設される通信機器の権限を掌握、通信シグナル帯域の改竄およびプロテクト構築を完了致しました。今後は我々以外の如何なる存在であれ、当該被験体『17番シムナツェシ』へ服従命令を下すことは不可能かと』


「上出来だ。よくやった」


『…………恐縮です』





 とはいえ、ラシカ連邦本国の【シーリン・ハイヴ】を即座にどうこうできるわけでは無い。

 彼とて従わねばビリビリされてしまうわけで、現状直ちにどうこうできるわけでもない我々が、外部からとやかく言うのは無責任だろう。


 日本国に敵対する行動を取らない、取るとしても事前に何かしらのアクションにて知らせる。

 そこを認識させたというだけでも、手放しで大歓迎できる戦果だろう。




「かあさま、かあさま。ワタシわかりました。ミミちゃん、水分を必要とします」


「水分ん!? ……ぇえ、そっか……盲点だった。母艦ウチは上水道とか無いからなぁ。…………よしわかった。ディン悪い、ちょっとおつかい行けるか? 水とか……まぁ、ミミちゃんに必要そうなモノ調達してきてくれ。通信機器スマホのコード決済使っていいから」


「んゥー! わかりました! んひひ、おでかけ、おでかけ! ミミちゃん、ワタシとおでかけ! いっしょに『おさんぽ』任務遂行します!」


「……………………スー、あの」


『ご心配には及びません。僚機『ミミちゃん』により、ディンの行動は随時モニター可能です』


「ホンット助かる」



 本体重量二十キロを超すであろうネコ型子機を軽々とかかえ、ニコニコ顔のディンは『転送』の光に包まれて消えていった。

 ……さすがに『ミミちゃん』を連れての自由落下を避ける思慮分別は、きちんと持ち合わせてくれていたらしい。



 それで……そう、この三日間だ。

 ディンがこのように『ミミちゃん』を猫可愛がりしていた間、スーはラシカ連邦が擁する【シーリン・ハイヴ】こと地球外生命体【イー・ライ】に上下関係を叩き込み……先程のような涙ぐましい経緯を聴取するに至った。


 とはいえ完璧な意思疎通ではなく、あくまでも言語未満のイメージを受信した限りだというが……諸々の情報を統合する限り、あながち見当外れではないだろう。



 ……要するに、半世紀ほど前に地球へとやって来た地球外生命体【イー・ライ】とは。

 何も好き好んでヒト種の少女に巣食い、破壊工作に従事していたわけでは無く。


 体組織の殆どを喪って死にかけ、喰うに困り、虐待に喘ぎ、電流の鞭に怯えながら隷属させられている『被虐者』であったわけだ。




「……スー、それで……は?」


『報告致します。極めて微弱ではありますが、珪素生命体【イー・ライ】とは異なる構成のフォニアルデータストリームを検出致しました。身体機能の大半を【シーリン・ハイヴ】に強奪された結果、深度休眠状態に移行したものであると推測致します』


「その【シーリン・ハイヴ】との交渉……あぁいや、とりあえず意思の疎通は可能か?」


『…………少々、お時間を頂きたく存じます。当艦管制思考の主演算端末より、現在末端個体名『17番シムナツェシ』を経由し根幹個体【シーリン・ハイヴ】へアプローチ中です。当方より毎分平均337パターンのシグナルを送信、それらへのリアクションを基に応対信号の解析……最終的には『言語』のインプリンティングを行って参ります』


「そりゃ助かるけど、少々時間を、って…………そんな長時間、大丈夫か? 飲まず食わずで……その子、死なないか?」


『解析結果を共有。末端個体名『17番シムナツェシ』身体機能は、現在共生中の珪素生命体【イー・ライ】によって補填されている模様。よって末端【イー・ライ】個体が活動する限り、個体名『17番シムナツェシ』生命維持に支障はありません』


「程々で良い、根を詰めすぎるなよ。……なんなら、アレ。あのクソマズい金属豆腐でも食わせてみるか? ……鉱物を好むなら、普通に金属も好くんじゃないか?」


『……艦長ニグの提案を受諾。検証の余地はあると判断致します』




 生体兵器の根幹を成す地球外生命体には、既にこちらに対する反抗の意思は無い。

 その末端が巣食っている少女が気掛かりではあったが……スー曰くのフォニアルデータストリーム、要するに『魂』の残存は確認することが出来た。

 身体の方も、どうやら【イー・ライ】が巣食っている限りは、生存に支障は無いらしい。


 あとは……地球外生命体の本体【シーリン・ハイヴ】との意思疎通を確立させ、未だ眠り続けている『彼女』の対応を練るだけだ。

 事態の収束まで、もう一息といったところか。



 まだ『完全解決』というわけでは無いが、少なくとも『天遣い』による被害は抑制することができただろう。


 あの子達……魔法少女達に大きな被害が出なくて、良かった。






――――――――――――――――――――




☆★かんたんなまとめ★☆


【イー・ライ】

地球外珪素生命体。群体性質を持つ。種族名。


【シーリン・ハイヴ】

ラシカ連邦に監禁されている↑の親株。不憫。


天遣いシーリン

↑↑を用いた生体兵器。複数存在する。不憫。



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