第23話 天・災・渦・導 4




 私達の敵対組織、某国工作員の拠点のひとつとはいえ……その実態は、現代の日本にはごくごくありふれたアパートの一室に過ぎない。


 中央に階段を設けて、それを挟むように一階層あたり二部屋。建物全体で二階層四部屋の、よくある軽量鉄骨アパートである。

 どうやらこの一棟丸ごと、四部屋全てを纏めて借り上げているらしく……なるほどそれならば不特定多数が出入りしていても不審には思われ難いだろうし、隣室から壁越しに盗聴される心配なんかも無いのだろう。



 ……まぁ尤も、我らが新兵器『ミミちゃん』の前では、そんな小細工などまるで無意味だったわけなのだが。




「…………それじゃ、行くか」


『了解。ご武運を』『行動を開始します』



 敵拠点への奇襲とはいえ、私は特に何も気にすることもなく、ぺたぺたと徒歩で向かっていく。

 すぐさま玄関扉前へと辿り着き、躊躇することなくインターホンを押す。ごくごくありふれたベルの音が鳴り響き、海外言語が飛び交っていた室内が一瞬で静まり返る。


 果たして……恐らくは身を潜めながら、恐る恐るドアまで辿り着いたのだろう。

 某国に忠誠を誓う何者かがドアスコープ越しに周囲を窺い、すぐ目の前に立っていた白銀シロガネ頭の悪霊レーシーに息を呑む。



「ごめんくださーい。……ね」



 ドアの鍵が開くのを待たず、右手の指先から低出力高収束光学兵器パルスレーザーを照射。

 後付で追加された電子キーをドアごと灼き切り、半壊したドアノブを力任せに捻り切る。

 金属の擦れる耳障りな音と共にデッドボルトが引き抜かれ……混乱するしか出来ない某国なにがしの眼前、あっさりとドアが開かれる。




「ごめんくださーい。……まぁ許しを請うべきはテメェらなんだけどよ」


『――ッ!! 『17番シムナツェシ』!! アイツを殺せ!!』


「――――蜻ス莉、蜈・蜉帙r隱崎ュ」


「いいぜ、掛かって来いよ。これで正当防衛成立ってワケだ」



 両手足を銀褐色に変異させ、両手指から十本の爪を伸ばした異形の少女が、その顔に相変わらずの『無』を張り付けたまま飛来する。

 狭い室内で長槍を振り回すのは得策では無いだろう。私はあえて無手のまま、重力干渉でもってその突撃をなし……勢い余って冷蔵庫を細切れにする『天遣い』を捉えつつ、手早く周囲を走査する。


 室内に居合わせたのは……『17番』と呼ばれた『天遣いシーリン』を除けば、日本人中年から壮年の男女が計四名。

 真っ先に私に反応し、極めてシンプルに『殺せ』と命令を下した。その思い切りの良さは褒められるべきかもしれないが……残念ながら想像力が足りないようだ。



「良いのかよ? 『私を護れ』って命令しなくてよ」


『何をゴチャゴチャと……『17番シムナツェシ』! 早くソイツを黙らせろ!』


「――――蜻ス莉、蜈・蜉帙r隱崎ュ」


「日本語理解出来ないのに日本に潜入するとか度胸あるなぁ」



 主要な他国言語を網羅したスーの認識支援によって、私は奴等の言葉が認識出来ているが……私の発する言葉は変わらず日本語のまま。どうやら理解できる者は限られるようだ。

 再度突っ込んできた十本の爪を、私は両手に斥力場を纏いつつ迎撃。傍から見れば素手で払い除けるように見えたことだろう、『飼い主』の顔が驚愕に染まるのが見て取れる。


 そうだろうな。何せ『天遣い』の爪は、かすっただけで侵食が始まる猛毒だ。

 直接身体に傷を負わせれば、先の【護竜ドラコニス】のようにじわじわと侵食される。武器や防具で打ち払おうにも、珪素生命体の体組織が僅かでも付着すれば侵食・同化が始まるのだ。


 爪の届く距離での戦いに持ち込みさえすれば、如何なる守りも融かし崩す。

 一方で敵からの攻撃は、身体中に張り巡らせた珪素生命体の体組織を硬化させて弾き返す。

 絶対的な近距離制圧能力……それこそが『天遣い』の本領であり、奴らがここまで図に乗る要因なのだろう。



 しかしながら、絶対的な制圧能力といえば聞こえは良いが……よく言うじゃないか。

 いかな凶悪な攻撃とて……当たらなければどうということは無いのだ、と。




『何、なのだ……何故奴は侵食されない!? やはり奴も地球外の力を!?』


「すごいな。大した観察眼だと褒めてやろうか」



 私が相対する『17番』と、唾を撒き散らしながら命令を下す『飼い主』のほか、居合わせた三名のうち二名は隠し持っていた武器を構えこそすれ……実際に場数を踏んでいるわけでは無い様子。


 部屋に隠していたのだろう拳銃を構えてみたものの、保持する腕はみっともなく震えているし……動き回る私を狙おうとしているのだろうが、時折味方の方へと銃口が向きそうで危なっかしい。

 伸縮警棒を構えた別の男は、やはりこちらも構えてみただけだろう。高速で動き回る『17番』が縦横無尽に振り回す爪を掻い潜り、私に一撃を加えようなど出来る筈が無い。

 最後の一人、中年の女に至っては……どうやらディンの出番が近いようだ。私の脅威とは成り得ない。放置して問題無いだろう。




『……ッ、何故だ…………何故、誰も来ない……』


『ど、同志…………このままでは……』



 別戸からの応援を待っていたのだろうが、当たり前だがそんなものが来れる筈も無い。

 恐らく騒ぎを聞きつけ合流しようと意気込んだものの、今頃は玄関扉を開けたところで痺れているのではなかろうか。


 この一棟、当然それぞれの部屋は内部で繋がっているわけでは無く……しかも玄関は四戸全てが南向きだ。我が娘にとっては魔物マモノよりも狙いやすいマトだったことだろう。

 そして……あぁ、南向きなのは玄関だけでは無いのだが……そもそも『隣室で何が起こっているのか』さえ解っていないとなれば、もなるだろう。



 一向に『侵食』される気配も見せず、形勢不利と判断した女が……逃走しようとしたのか、それとも健気にも応援を呼びに行こうとしたのかは解らないが。

 の大きな掃出し窓へとにじり寄り、クレセント錠と追加ロックを解除し、無警戒に



 ――――射線が、通る。




『ァ、がァァァァア゛ア゛ア゛!!?』




 窓のすぐ外から室内を窺っていた『ミミちゃん』からの観測を受け、どれが『飼い主』かを判断したのだろう。

 室内に突入した強電磁放射ドライブスタン弾頭が標的の肩口に直撃、飛散させた金属粒子を介して周囲に放電を撒き散らす。

 直撃を受けた『飼い主』は勿論のこと……頼みの綱の『17番』をも巻き込み一挙に行動不能へと追い込み。

 駄目押しで放り込まれた第二射が、逃走を企てた女の足元に着弾し……その余波で逃走手段を完全に奪い去る。



 命令を下す『飼い主』が沈黙したというのに……健気にも、まだ命令を全うしようとしているのだろうか。

 壊れかけた操り人形のようにガクガクと震えながら、なお立ち上がろうとする『17番』へ。



「…………もう良い。ちょっと寝てろ」



 私は直接放電を叩き込み、完全に沈黙させる。


 こうして……僅かな間にことごとく荒れ果てた室内から、騒音の発生源は消失し。

 後に残されたのは、目を白黒させて硬直する二人の男。




『…………大人しく拘束されるか、と同じ目に遭って気絶するか。どちらを好みますか?』


『っ!? ………………投降……する』



 首魁は煙を上げて気絶し、秘蔵の生体兵器も完全に沈黙。近隣からの応援が来る気配も無い。

 もはや勝ち筋は万に一つも無いと、ようやく理解したのだろう。


 スーによる言語バックアップのもと、彼らの母国語で投降を促した私は……拳銃と警棒を床に置き両手を挙げた異邦人へ、拘束用結束バンド片手に歩を進める。



『…………私達、狙撃手が居ます。不意を打てば勝てる、否定します。推奨しません』


『………………理解している』


『賢明な判断は称賛に値します』


『…………何だというのだ、本当に』




 何だかんだと訊かれたのならば、盛大に大見得を切って名乗りを上げてやりたくなるところだが。

 残念というべきか、近隣住民が通報を入れてくれたようで……頼れる我らが執行機関おまわりさんの到着が近いらしく。


 つまりは我々も、一刻も早く退避せねばならないわけだが。




(……スー、……どうするべきだ?)


『麻痺状態癒快時、日本国執行機関の所有する拘束装備での束縛は不可能。珪素生命体の侵食作用により、物的及び人的被害が生じる可能性は極めて高いと判断致します』


(…………だよなぁ。……仕方ないか)


『肯定します。今後の行動選択肢を拡げる観点からも、艦長ニグの意見を支持します』


(ディンもそれで良いか? 後で手伝って貰うかもしれない)


『ワタシはかあさまを全面的に支持します。それよりも、全作戦行動の迅速な完了及び帰還を要求します』


(…………そうだったな。帰るか)


『了解』『……んゥ』




 眠るように沈黙している『17番』を担ぎ上げ、私はディンに撤退指示を出すとともに自らも『転送』を行使。

 スーと『ミミちゃん』はちゃっかりディンが抱き抱えていったようなので、私達の忘れ物は無さそうだ。


 赤色灯をグルグルさせる車両が到着し、警官の皆さんが部屋へ踏み込むよりひと足早く。

 無力化された某国工作員と、室内の破壊痕のみを現場に残し……しかし私達は痕跡を残さず、現場を後にした。




 ……え、発光?


 知りませんね。カメラのフラッシュでも焚いてたんじゃないですかね。



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