第22話 天・災・渦・導 3




 突然だが、私の身体であるこの機体……地表探査機【MODEL-Οδ-10294ARS】について。


 幾度か触れているように、この機体は『ヒトの子どもを模した機械骨格』の外側に、培養した生体細胞ベースの表皮スキンを被せて外観を整え、ヒトの魂由来のデータを制御思考としてインストールしたものだ。


 ……とても、非常に、最悪な言い方を敢えてするならば……『素材』となったのは何かしらの『ヒト種の残骸』から採取した『生体細胞』および『魂』であり。

 今回は『前世の私』が素材となったが、当然それ以外を素材にした場合でも同様のプロセスを経て、製造が行われることだろう。



 惑星地球の知識生命体が、たまたま『ヒト種』であったがため、私達【MODEL-Οδ-10294ARS】タイプはヒト種を模した造型となっているが。

 もし仮に、その惑星の知識生命体が別の形状の生物であったのなら……その生物を模倣し、再現した地表探査機を構築・生産するだけの設備が、母艦には備わっているのだ。



 私が全権限を掌握し、管制思考が独自進化を遂げたところで、その機能は変わらない。

 それどころか……艦体機装や閉鎖区画の動力を回し、また用途を極力絞り込むことで、私こと【MODEL-Οδ-10294ARS】建造時よりも圧倒的な高効率化を実現。



 こうして新たにロールアウトした、新型の地表探査機……【MODEL-Λγ-10294ARS】。

 惑星地球の原生知的生命体から注目を受ける状況下においても、偵察および調査任務の敢行が可能な、特務仕様の機体。


 青みがかった白灰色に黒の縞模様が刻まれた、銀縞シルバータビーの毛並みを持つ四足獣型の身体。

 縦長に開く瞳孔のぱっちりとしたお目々が愛らしい、魅惑的なその姿は。




「…………っ、…………っ!! はぅ、っ! んはぁ………っ!」


「待て待て落ち着け落ち着けディン待て落ち着け。あとで、な。終わったら好きなだけおさわりして良いから」


「おさ、おさっ、おさおさっ、さわっ、」


「よーしよしよしよし大丈夫、大丈夫だ。ディンは良い子。我慢できる良い子。……よしスー、行ってこい。ディンの理性が吹っ飛ぶ前に」


『…………了解致しました』




 先んじてスーが放った物資調査用無人機ドローンによって、いつのまにか確保されていた『素材』……すなわち『生体細胞』と『魂』。

 それらを用いて製造されたものとは、まさにディンが求めてやまないもの。


 奇しくも先日垣間見た『ペットロボット』という概念をもとに、スーが独自の解釈を加えて私に立案し……ご丁寧にも『偵察任務用子機』との触れ込みで、私の認可ゴーサインを勝ち取ったその機体。

 まぁもっとも、そんな『実用性ありますよ』アピールがただの後付に過ぎないことなど、私にはお見通しだ。


 わざわざそんな理由付けをせずとも『ディンの喜ぶ顔が見たいから』という理由だけで、私は一も二もなく許可したのだが。

 お粗末ではあったが、こうして本心を隠しながら……本音と建前を駆使できるほどに、スーも成長しているということなのだろう。


 まったく……喜ばしいことだ。




「………………っ、………………っっ!」


「ディン、まだだぞ。まだ。ステイステイ」




 ともあれ、そんな経緯で建造され、ついに日の目を見ることとなった地表探査機……まぁ早い話が『ネコ型ロボット』である。

 母艦管制思考であるスーの操る端末のひとつとして、画像や動画や音声の収集を目的とした機体だが……そのオペレーティングシステムとして用いられているのは、れっきとした『猫』の魂を由来とするデータである。


 基本行動や習性は『猫』そのものであり、本体重量以外のほぼ全てを忠実に再現されたその姿。

 たとえ軍事国家の諜報員、熟練の潜入工作員とて……ただの人間が目視で看破することなど、到底不可能だろう。



 こうして、とあるアパートの一室のすぐ外にて、身繕いをしながら高精度集音素子で聞き耳を立てていようとも……怪しまれることは無い。

 もし看破されバレることがあるとすれば、辛抱たまらなくなったディンが突撃したとき。……それ程の完成度だ。




『該当するデータ無し、だと……!? ふざけるな無能が! 一体何なのだあの悪霊レーシーは!』


『こちらの『天遣いシーリン』が手も足も出なかった……なんということだ、こんなことが』


『クソっ、クソっ! この役立たず……無能がッ!』


『腹立たしい……せっかく貴重な『成功例』を取り寄せたというに……!』


『しかし……計画はどうするのだ? 小憎たらしい『魔法少女ヴェージマ』がここまで厄介だとは』


『計画に変更など認められぬ。崇高なる我が国の叡智が敗北を喫するなど、断じて認められぬ!』




(……撤退の意志は無し、か)


『彼我の戦力差の算出さえ侭ならないとは……心底軽蔑に値すると判断できます』


(全くだ。…………これじゃあ幾ら何でも……使われる道具のほうが可哀想だ)


『…………動きますか?』


(そうしよう。通信帯域拡張、戦闘時対応へ)


『了解。通信帯域を拡張。……個体名『ディン・スタブ』、応答を願います』


『通信レスポンス良好。『ディン・スタブ』、現在待機遂行中です。ご指示を』


(ディン、【プロスペクター】用意。対人非殺傷弾頭スタンバイ。対象地点を制圧可能な地点にて隠蔽待機)


『了解。有視界ポジション確保。【プロスペクター】機装展開。強電磁放射ドライブスタン弾頭装填。制圧準備完了しました』


(…………くれぐれも殺さないようにな? 後で取引に使うんだから)


『………………了解』



 口述発音を要さない思念通信回線では、この子は必要な語彙を十全に用いて意思疎通を行ってくれる。

 ……お陰で、言葉の端々に込められた感情が手にとるように理解でき……こうしてあらかじめ釘を差すことも容易いことだ。


 がっかりというか、若干不貞腐れたような感情が伝わってくるが……この子なら命を取らずとも無力化できることを、私はよく知っている。

 そんなに猫ちゃんおさわりが待ち遠しいのか。猫ちゃんおさわりよりも彼奴らの命は軽いというのか。


 なんだか可哀想になってきた……などとは、私とて言うまい。

 他ならぬ私自身も、可能なのであれば一人残らず鏖殺してやりたい心境なのだ。




(……スーは引き続き、揚星艇キャンプと『ミミちゃん』で周辺警戒。敵拠点を中心に、怪しい人物は全てマークしろ)


『了解致しました』


(敵拠点には『天遣いシーリン』と『飼い主』が居る筈だ。私が突入し注意を惹く。ディンは適宜援護射撃、あと逃走者を非殺傷弾で狙撃。一人も逃がすな)


『了解しました』


(…………殺すなよ?)


『………………はい』


不貞腐ふてくされないの。……私だって我慢してるんだから……ね?)




 先んじて会敵した赤褐色の髪の少女のことを、奴らは『貴重な成功例』と言っていた。

 ……その影にはいったいどれ程の『失敗事例』が埋もれており、どれ程の負の感情を生み出していたのだろうか。


 数多の犠牲を出しておいて尚、それを気に留める様子も無く。

 自分たちの置かれている状況さえも理解せず、ただただ祖国の力を盲信するばかり。



 ……あぁ、やはり駄目だ。

 こんな奴らがのうのうと好き勝手のさばっているなんて……その影で多くの命が踏みにじられているなんて、私にはとても耐え難い。



 ……そうだな。せっかく遠路はるばるご足労戴いたのだ。

 是非とも我が国の執行機関による取り調べを、皆様に体験していって頂こうじゃないか。


 なに、心配は要らないとも。

 ちょっと眠っていて貰うだけ、目覚めたときには豚箱VIPルームだ。

 跡形もなく消え失せることが可能な私達であれば、を見咎められることは無い。



 この国を『平和ボケ』などと侮るなよ。

 私達はこれでいて……国家権力を出し抜くことには、随分と慣れているのだ。




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