第21話 天・災・渦・導 2




「ほ、ホントに? 本当にもう大丈夫なん?」


「もぉー……大丈夫だよぉー。まったく、おペイちゃんは心配性だねぇ」




 先程の襲撃事件から一幕開けて……私達は現在彼女たちの拠点の一つ、近畿第一支部へと足を運んでいた。

 現在は快癒したとはいえ、地球外生命体の『侵食』を受けた【護竜ドラコニス】の術後経過をもう少し見ておいたほうが良いだろう。そう判断してのことである。


 ……決して、【麗女カシオペイア】に泣き付かれたからでは無い。

 不安そうにしながらもディンに抱きついている件に関しては……今回ばかりは、大目に見てやるとしよう。




「まず何より……迅速な情報提供、ありがとうございます、【イノセント・アルファ】さん。……お陰で『手遅れ』にならずに済みました」


「傷一つ残さず治したのは、あなたの力だ、【オフューカス・エクリュス】。私は……第三者の襲撃、彼女の怪我を……未然に防げなかった」


「そ、そんなの……! あんな事態、全くもって予想外です。アルファさんのせいなんかじゃありません」


「そうだよぉ! 単に私が……私がヘマしちゃっただけで」




 ……いや、違う。私はあの敵の正体を、既に知っていた。

 さすがにここまで早々と仕掛けてくるとは思わなかったが、アレが『どういうもの』であるかの情報は持っていたのだ。



 とはいえ……それらは当然、非公式とはいえ国家機密に該当する情報である。真っ当な手段で手に入れられるようなものでは無い。

 出処を問われれば黙する他なく……ゆえに自らに面倒事が降り掛かるのを避けるためにと、共有することもなかった。

 その結果、顔見知りである【護竜ドラコニス】を危険に晒し……危うく再起不能に陥らせるところだった。


 幸いにも――スーが入手していた魔法少女所属拠点リストおよび公的スケジュール、そして連絡先の登録された通信機器スマホを最大限活用し――ディンが【医神オフューカス】および【神鯨ケートス】の協力を迅速に取り付けてくれたお陰で、なんとか事なきを得たものの。

 あの侵食性珪素生命体に『食い付かれ』たのだ、最悪の事態だって充分に有り得たのだ。




 ――ラシカ連邦暗部の極秘研究、『天遣いシーリン』計画とは。

 かつてラシカ連邦領内に落着した隕石、そこに附着棲息していた地球外生命体を用いた、生体兵器製造および運用計画全般を示す作戦コードであるらしい。


 地球上に存在しない身体組成を持つその『地球外生命体』は、有機物・無機物問わず高い侵食・併合性を備えた珪素生命体である。

 自らの体を伸ばして周囲の物質を侵食し、身体と同化させて機能拡張を行う。同化吸収した部位は自在に形状を変化させることが出来るが、規模を拡張すればするほど動きは緩慢になっていくようだ。



 そんな珪素生命体の攻性技能をヒトに組み込み、戦闘能力を持たせた者を生み出すことが計画の目的であり。

 そんな唾棄すべき計画によって生み出された、地球外生命体の力を持った生体兵器こそが……先の戦闘で会敵した『天遣いシーリン』であるという。



 ……私達は、それらの情報を所持している。

 だからこそ、早急に【医神オフューカス】の協力を仰ぎ……彼女にしか出来ないであろう処置――侵食された患部を『除去』した上で組織を快復させる、などという物騒な荒業――を提示することが出来た。

 神話に語られる『医神アスクレピオス』の名は伊達ではないようで、患者に苦痛を与えることなく、見事な手際で処置を完了してみせた。

 もし彼女の協力を取り付けることが出来ていなかったら……私は今以上の、深い後悔に苛まれていたかもしれない。



 しかし……厄介なのは『私が所持する情報を素直に共有しても良いのか』という一点だ。

 スーによって回収された情報は多岐に渡り、元となった地球外生命体の特性や、運用上の欠点等を纏めた極秘研究資料の数々まで。

 加えて、ディンによって齎された最新情報……先の襲撃者の現在の拠点や、そこに出入りしている者の顔写真まで。


 既に王手を掛けられるレベルの情報は、私の手元に揃っているのだが。

 それらを開示したところで『何故そんなことを知っているのか』と問われることは間違いないだろうし……そうなればスーの存在とディンの機能、そして私の正体までもを明かさねばならないだろう。




「ドラ子ちゃん、それって……敵の『魔法少女』、ってコト?」


「…………どう、なんだろ。……見た目は女の子に見えた……けど……」


「わ、わたしは【護竜ドラコニス】さんの方しか見れてなくて……すみません」


「んーん、気にしないで。おかげでほら、こーんな綺麗なお肌に戻ったわけだし」


「……あの、アルファさんは……何か、知ってたん……ですか?」


「…………いや……何故そう思う?」


「いえ、あの……ご気分を害されたなら、すみません。…………わたしへの指示を、具体的に下して頂けたので……助かりました」


「………………あぁ」




 応急処置を行うにあたり、我々が【医神オフューカス】へと共有した、例の珪素生命体の特徴。その一つとして挙げられるのが『電気的な刺激に弱い』というものである。

 傷を負わされ、そこから『侵食』が始まったとして、電流を流すことで珪素生命体そのものを麻痺させ、一時的にではあるが『侵食』を止めることが出来る。



 【護竜ドラコニス】の救護処置にあたり、時間稼ぎに当たったディンの動きと、私からの『伝言』を覚えていたのだろう。

 ……このあたりは、仕方ない。私とてつつかれることは承知の上で、それでも【護竜ドラコニス】の身を優先したのだ。


 彼女の負傷は……元はと言えば、私達の自己保身が招いたといえる。

 これ以上の負傷者を増やさないためにも、不干渉を貫き続けるわけには行かないだろう。




「…………以前、噂話程度に……聞いたことがあって」


「う、噂話……?」


「あぁ。……身体を金属のように変化させ、相手を侵食する。……そんな力を秘めた……改造人間の噂」


「改造、人間……」「あの子が……」


「あくまでも噂話程度だったからな。実物なんて遭遇したこと無かったし……『電気的な刺激に弱い』ってのも、確証があった訳じゃ無い」


「……でも、実際に効果はありました。ディンさんの『雷魔法』と、アルファさんの知識のおかげで……とても効果的に処置できた、と思います」


「…………それは……良かった」




 ……開示できる情報は、今のところはこれくらいだろう。敵の能力の正体が『地球外生命体』だということは……流石に現実味が無さすぎる。私が知っていては不審であろう。

 そのあたりの背景は、また後程……何かしらの匿名手段を探して、直接大人達へ伝えたほうが良いだろう。



 取り敢えずは、敵への対処方法を共有し……注意を促す。今できることはこの程度。


 あとは……私達が動けば良い。




「……じゃあ、あとは頼む。……【医神オフューカス】、しばらく負担が増えるかもしれないが……」


「大丈夫です。対処法さえ教われば、もう怖いものなしです。……わたしが、みんなを治してみせます」


「心強い。……感謝する」


「…………! はいっ!」




 名残惜しそうに見送る魔法少女達を振りほどき、私とディンは彼女らの拠点を後にする。

 追い掛けてくる者が居ないことを確認し、大きく跳躍して一気に高度を稼ぎ、自身に高深度の【隠蔽】を展開。人知れず目的地を目指す。



 あくまでも保険として、彼女らに『天遣いシーリン』の対処法を共有したが……もちろん彼女らに対処を任せきりにするわけでは無い。


 敵拠点の所在という大きなアドバンテージを得、かつそれを容易に共有できないという点。

 ……また敵組織の性質から鑑みるに……こればかりは、私達が動いたほうが確実だろう。



 この国に生まれ育った子では無いにしろ。遠い異国の、縁もゆかりも無い、名も知れぬ子であったにしろ。

 ……未来ある少女を『道具』として仕立て上げ、使役するなど……唾棄すべき所業だ。




『艦長ニグ。対『シーリン・ハイヴ』戦術パラメータ検証を完了致しました。対応ワーニングコードの構築遂行率は、現在82%です』


「上々だ。……よくやった」


『…………いえ。当艦としても、良いように使われるだけに甘んじる彼奴には……思うところが御座います』


「……そう、か。……心強いな」


『恐縮です』




 ……さて、恐れ知らずな異国の工作員どもよ。

 私達の地雷を踏んだ、招かれざる客諸君よ。


 そのまま母国の平和維持に専念していれば良かったものを……この国に足を踏み入れ、私達の前に現れたのが運の尽きだ。



 私の……私達の自己満足に、無理にでも付き合って貰おう。




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