第12話 状・況・俯・瞰 4




 私はこれまで執拗なまでに、魔法少女達の上役との接触を避け続けてきた。

 およそ最悪に近い第一印象を抱き、それに加えて一方的に私を『身内』呼ばわりされたこともあり……その時点で不信感が振り切れ、彼らを『交流の必要も無いモノ』であると判じていたのだ。


 実際、特に困ることも無かった。私であれば単独で事に当たれるし、私の身の上であれば報酬や給与も不要である。

 そもそもが私と無関係である国の組織がどう動こうが、私の行動そのものには何ら影響は及ぼすまいと……私は私の思う侭に、好き勝手に魔法少女に肩入れしていけば良いと、そう思っていた。



 幸か不幸か、それで魔法少女達とはなんだかんだ打ち解けることが出来ていた。

 ディンによる半ば独走じみた梃子テコ入れ――隕石型災魔サイマ«ロートン・シムナ»騒動とやら――が与えた影響は少なくないだろうが……魔法少女達は私達によるバックアップを念頭に、様々な動きを見せるようになってきていた。


 ここまであからさまに、信頼を示して貰うことが出来ているのだ。

 私がこれまでに行ってきたことが、全くの無駄であったとは思わないが……しかし実際、幾度となく悪手を踏んでいたであろうことは推測に難くない。




 ……こんな歪なことは……そろそろ、終わらせなければならないだろう。


 私のひとがりな我儘わがままではなく、勝手に抱いた義憤からでもなく。

 確かに一方的ではあるけれど……しかしそれでも、あの子達の未来を憂いている一人の(元)人間として、視野を広げて最善を目指さねばならないのだ。






「……初めまして。私は……一部で【イノセント・アルファ】と呼ばれているモノ。自覚している名前は、ニグ・ランテート……と、申します」


「ゥー……【イノセント・ディスカバリー】、呼ばれてます。ディン・スタブ、です」




 いつぞや私がぐしょぐしょになりながら、6名の魔法少女達に指輪を贈り友好の契を交わした、関東某所の八階建てビル。

 その一室、明らかに張り詰めた空気が満ちている一室にて……場違いともいえるであろう、白銀頭の(見た目)少女が二人。

 応接セットのソファを盛大に軋ませながら、お行儀よく腰掛けていた。


 ……まぁ、言うまでもなく私達だ。




「こうして……面と向かってお話が叶うとは、感無量です。異聞探索省内、特定害獣対策本部……関東第一支部の長を拝命しております、坂本と申します。……本日はご足労頂き、感謝します」


「…………改めまして、だな。……東北第一支部、実働二課所属、【宝瓶アクアリス】の滝沢たきざわ花蓮かれんだ」


「き、きんっ、近畿第一……実働一課、【神鯨ケートス】の……櫛田くしだみう、ですっ」




 卓を挟んだ対面に座るのは……中年男性が1名と、高等部であろう少女が2名。

 本日私達が押し掛けたこの拠点、『関東第一』の総責任者である坂本氏と……私とそれなり以上に関わりを持った、年長者に類する魔法少女達だ。




 思い起こすのは、つい先日。私は彼らより提供された通信機器スマホを用いて……初めて、彼らへとメッセージを発信した。

 そもそも魔法少女達へ支給するためにと準備されていただけあって、連絡先自体は当然しっかりと登録されていた。わざわざ調べる必要も無く、余計な手間も要さなかった。


 まぁ尤も……先方にとっては恐らく、まさか来るとは思っていなかった連絡先からのアプローチだっただろう。

 魔物マモノの出現を伝える緊急連絡用アカウントではなく、わざわざ管理部門の窓口へ。彼女たち魔法少女を使役する側への、直接の連絡殴り込みである。

 今まで散々シカトされてきた相手からの、突然となる会談要請。……世が世であったのなら、十中八九罠かと勘ぐられる自信がある。




 ……しかし、当たり前だが私の目的は騙し討ちなどでは無い。

 彼らを私刑に処したところで、魔法少女達の平穏が脅かされることが無くなる訳が無い。むしろ魔法少女全員とこの国を、纏めて敵に回すだけだろう。



 たとえそれで、私達が負けることは無いとしても……それでも私は、そんなことは一切望んでいない。


 私が望むことは。私が聞きたい、知りたいと願ったことは。

 こうして直接相対し、言葉を交わさなければ……解を得ることなど叶いはしないのだ。



 そして……今回私達は、時間を『貰った』側の立場である。

 たとえ嫌悪していた相手であったとて……私達がこうして、ヒトとして振舞っている以上、礼は尽くさねばならないだろう。




「……すみません。これまで全く、何の協力もして来なかったのに……突然『話がしたい』なんて、さぞ気味悪かったでしょう」


「いえいえいえそんな……! 現場の魔法少女達から、お二方のお話はかねがね伺っております。協力して無いだなんてとんでもない。……僅かではありましょうが、そちらの事情も幾らか存じているつもりです」


「…………お心遣い、感謝します。…………では早速ですが、まずは



 私が今回、こうして足を伸ばしたのには……大きく分けて、3つの理由が存在する。

 今後の私達の方針を定めるため、スーが結論付けた『助言』に私とディンが同意を示し、我々の満場一致のもとで導き出した結論。


 その1つ目。…………それは。




「……ごめんなさい」「…………ゥ」


「「「!!!?」」」


「私達はずっと、自分勝手に動いてきました。魔物マモノを駆除しようと奔走するあなた方の、計画や作戦を台無しにして……迷惑を掛けてきました」


「そんなことは! …………迷惑、など……」


「不確定要素として、現場を荒らしてきたのは事実です。さぞ迷惑したことでしょう。……勝手な真似ばかりして、申し訳ありません」


「…………んゥー……ごめんなさい」




 足を運んだ3つの理由、その先ず1つ目。それこそずばり……これまでの非礼を詫びること。



 先日東北管区にて【聖琴ライラ】に聞いた話にも、それ以前に【神兵パーシアス】はじめ多くの魔法少女達から聞いた限りでも……私が勝手に思い抱いていたような悪印象を、彼女達は持ち合わせていなかった。

 かの組織とは、魔法少女達を顎で使うような奴らではなく……むしろ魔法少女達に寄り添い、手助けをするための組織なのであると。


 先入観の色眼鏡を外して見てみれば、ただの見当違いの癇癪に過ぎなかったのだと……スーのもたらした『一般的な見解』によって、今更ながら気付かされたのだ。




「…………あの、どうか……顔を上――」


「顔ァ上げろ、こンのクソガキが」


「ちょ、あ、あ、ア、ア、【宝瓶アクアリス】さん!?」



 一方的な思い違いをこじらせて、見当違いな憎悪を向けてごめんなさい。

 魔法少女達が命を賭けて臨んだ作戦を、引っ掻き回してごめんなさい。


 それらを含め、数々の無礼を詫びた私の言葉は……しかし魔法少女【宝瓶アクアリス】によって、真正面から打ち砕かれた。



何処ドコに被害がある? ダレがお前を恨んでる? ……私らはオマエに詫びられるような迷惑なんざ、何一つとしてこうむってンだよバカ野郎」


「ば…………!?」


「あのっ! わ、私…………これまで、たくさん見てきました。……勝てなかった子……私が、間に合わなくて…………大ケガしてしまった子も、っ! ……でも、アルファさんが……!」


「私、が……?」


「【神兵パーシアス】から聞いただろォがよ。……オマエが茶々入れするようになってから、確かに滅茶苦茶になってらァな! 私らはおろか対災隊や自衛隊に至るまで、殉職も重傷もゼロと来た! ……無茶苦茶だ、信じ難いじゃねェかよ!」


「だが…………たまたま被害が出なかった、幸運だっただけだろう」




 本来主軸となって対処に当たるべき、専門家である彼らを差し置いて、部外者の私が素人判断で顔を突っ込み引っ掻き回す。

 そう、たまたま被害が出なかったから良かったものの……例えば、素人が河豚フグを捌いたり無免許で自動車を乗り回したり、そんな危険行為はそれそのものが罪であろう。




「仮に…………アルファさんが『余計なこと』をしなかった場合、なのですが……」



 ……だが、彼らは。

 私が散々邪魔をしてきた、魔法少女達に采配を振るう国家組織の地区責任者は……否定する。




「……山檀原さんだんばらでは、対災隊が『時間稼ぎ』に当たる予定でした。かの駐屯地には『魔力持ち』も数人居ますが……それでも、被害をゼロには出来なかったでしょう。群れパックの規模から推測しても、負傷者が30名に収まれば上々、殉職者が出ても不思議では無い。……そういう場でした」


「すみません、っ! 私が…………私の手際が、もっと……っ!」


「もう良い。……黙ってろ【神鯨ケートス】。誰もお前を責めちゃ居ねェよ」


「……また、特級災魔サイマ«マールボック»……あの亀のような大型の、いわく『変異種』ですか。……第一陣として対処に当たっていた4名に加え、同等の技量を持つ子達をもう3班招集し、班単位のローテーションで対処を継続。……最悪、夜通し戦わせ続けることをも……視野に入れていました」


「結果、どうなったよ。……オマエが参戦したせいで、第1班のみで対処は終結。夜間戦闘に備えて仮眠してた第3班の私らは『あ、終わったんで帰っていいです』ッつってタクチケ突き付けられる羽目になったンだぞ」


「………………申し訳――」


「謝んな鹿。……笑うトコだぞ此処ここァよ」


「そ、そうか……」


「…………ええ、そうですね。待機していた彼女達を危険に晒さずに済みましたし……現金な話ですが、周辺地域への避難指示も早期に撤回することが出来、予算や経済的な観点でも相当のプラスになりました」




 突き付けられた現実は。彼らの口から語られた『被害者』の言葉は。……どれも私の想像とは、全くの真逆のものであり。

 彼らはその後も駄目押しのように、いわく私によってもたらされた『被害』の実態を羅列し、突きつけていった。


 やれ危機に陥った魔法少女を無事に保護することができただの、やれ避難指示さえ出せなかった都市部の魔物マモノを迅速に排除できただの。

 以前は悲壮感さえ漂わせていた魔法少女達に笑顔が増えた。明るい話題があからさまに増えた。精力的に自己鍛錬に臨む子が増えた。所属を超えて意見交換が活発になった。

 ケガが減った。涙が減った。支出が減った。恐怖が減った。悲嘆が減った。不安が減った。苦悩が減った。苦情が減った。


 ただ……別のベクトルでの苦情と、別の意味での苦悩が増えたらしいのだが。

 それを笑いながら口にしていたということは、場を和ませようとしての冗談ということなのだろう。実際『気にしないで下さい』と言っていたし、本筋とは関係無さそうだ。




「しかし……そうですね。アルファさんのお顔を窺う限り、どうやら納得されてないみたいですし……わかりました」



 そう言って……坂本支部長は。

 この国において『魔法少女』全体を管轄する総責任者から、今回私に対する全権を委任されたという……彼は。




「それで、アルファさんの気が済むのなら。……我々はあなた方の謝罪を全面的に受け容れ、その謝意に付け込む形で『過去一切のことを気に負わない』ことを、要求させて頂こうかと思います」


「………………は?」


「……まァ要するに、『私らは気にしねェから気にすんな、今後蒸し返したら許さねェぞ』ってコトだよな? 坂本支部長」


「後半は置いておいて……全体の方向性としては、その通りです」


「………………そう、か。…………そっか」




 あっけらかんと、私達の狼藉を『気にしない』と言い放ち。


 私の抱いていた懸念の1つは、こうしてあっさりと氷解したのだった。



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