第11話 状・況・俯・瞰 3




 今現在の私と、そしてディンやスーも含めての行動指針なのだが……そもそもが私の、我儘わがままとでも言い換えてしまえそうな激情に由来するものである。

 元々、思考を行える存在は私一人だけ。管制思考であるスーは支配者権限所持者に従順であるし、ディンの製造を決めた当初は彼女がここまで成長を見せるとは思いもしなかった。


 つまり……私一人のみの判断に基づき、この地球外文明の超技術はその力を振るっていた……ということになる。




 私が覚醒し、現状を把握したそのときに――かつて私が生きたときとは何もかもが違うのだと気付いたときに――まで併せて、気付いておくべきだった。

 『私が固執していた思考そのものが、そもそも前時代的なものである』という……認めたくなくとも認めざるを得ない、ひとつの『過ち』の可能性のことを。



 ……よくよく考えてみれば、至極当たり前のことであろう。

 魔物マモノとの戦いがこうして顕在化している以上、人々の生活もそれに伴い、様々な部分が変化していくものである……ということは。


 私の目にしている限りでは、それこそ『魔法少女』達の振るうものとしてしか目にすることが無かったのだが……その超常のチカラはなにも、破壊のみをもたらすわけでは無い。

 熱や雷を生み出す魔法はエネルギーへの応用が利くだろうし、水を生み出す魔法は農林業分野と関わりが深かろう。

 治癒魔法は医療技術の向上ならびに健康寿命の延伸に貢献し、転移魔法は物流分野に革命的な影響を与えることだろう。


 現在の日本においては、それら『魔法』と呼ばれる新技術により、一種の産業革命が巻き起こっているらしく。

 それに伴い、法規制が新たに敷かれたり、あるいは緩和や撤廃されていたり……半世紀近くの時が流れれば、そのあたりの『常識』も変化していくものなのだろう。



 それらの変化を知りもせず、また齟齬が生じているということさえ気付くことが出来ず。

 半世紀近くも前の、化石じみた思考に凝り固まっていた私は……なんと矮小で、また世間知らずであったことか。




『…………いかがしましたか? 艦長ニグ。ワタシの提示したデータには、どこか不備が存在しましたか?』


「………………いや…………大丈夫だ。……お前と、お前が纏めた報告書には……不自然な点は、見当たらない」


『そうですか。…………しかし、ワタシは疑問を抱きます。艦長ニグのエモーショナルパラメータは、現在ネガティブに分類されるものであると、ワタシは判断致しました』


「あぁ、それで合ってる。……全く、お前の成長は喜ばしい限りだ。心強いよ」


『…………そうなのですね』




 これまでは私個人が、自らの興味のある分野に対してしか、調査の根を伸ばせていなかったこともあり……私の仕入れていた『情報』とは、ひどく偏ったものであったらしい。


 地球上のネットワーク内へと侵入を果たしたスーによって、多角的な観点からの情報を数多く手に入れることができた。

 演算思考能力に極振りされた性能を遺憾なく発揮し、地球上の人々の思考や判断基準をもとに、生じた事象と見聞きした者の感想とを織り交ぜて学習を行わせる。

 そうして纏めさせた情報の数々を取り込み、いずれ来たるべき行政機関との対面に備えようと……私はそんなことを画策していたのだが。



 その結果、顕になったのは……私の思考が前時代的であり、現代の価値観には則していなかったという、暗澹たる事実。


 ディン同様のインプットを経て思考能力を醸成させたスーが、私個人とは比べ物にならない規模の情報を処理した結果、『現代の常識的な思考』で導き出した結論が……それであった。




『……艦長ニグ。貴機のメンタルパラメータに許容値を上回るノイズが生じています。状況監視作業の一時中断、休息を提案致します』


「舐めるなよ。私はアンドロイドだぞ? 動き続けたところで蓄積する疲労なんざ、たかが知れてる。基本8時間睡眠スリープは取っているんだ、それで充分だろうに」


『しかし、この規模のノイズは異常値であると判断出来ます。通常運転時の対応のみでのリカバリーは困難であると推測致します』


「…………妙にこだわるな。私を疲れ知らずに仕立てたのはお前の元持ち主共だろうに」


『製造元であるからこそ、状況判断には自信と自負がございます。……お願いします、艦長ニグ。状況監視作業ならびに思考処理を一時中断、しばしの休息を提案致します』


「……………………そうかい」




 そもそもが、私一人だけで物事を判断しようとしていたこと自体……無理がある話だったのかもしれない。

 私が生きた時代から半世紀も遡れば、テレビや冷蔵庫など存在すらしていなかった。半世紀もの時間が経てば、人々の生活や常識は一転して然るべきだろう。


 ……そうだとも。存在さえ知らない事象など、どうあがいても調べようがない。そもそも『調べよう』という判断さえ下せず、その概念にさえ気付けないのだ。

 武士と殿様の時代に生きた人間が現代に生まれ変わったとて、独力で『インターネットのしくみ』を調べられる筈がないように。

 生まれてから一度も井戸から出たことの無い蛙が、『海原の水が毒である』ことなど知る筈が無いように。

 

 閉じられた環境で、導いてくれる者も居ない状況で……それで『正解』に辿り着くなど、不可能だ。




「…………スー、頼む」


『承ります。何なりとお申し付け下さい』


「私は……少し、休む。お前の処理能力と、集めてきた情報と……お前の成長を見込んで、頼む。…………私が今後取るべき道筋を、私に提案してくれ」


『………………それは』


「あくまでも『提案』で構わない。私の行動すべてを指定する必要も無い。……ただ私が、我々が、今後どう動くのが最善なのか。私が持たない『現代の常識』を弁えたお前の……助言を、期待したい」


『………承知致しました。ご期待に沿うよう、ワタシは最善を尽くします』


「頼む。私は休むが……お前が必要だと感じたら、遠慮なく起こせ」


『承知致しました。……おやすみなさい、艦長ニグ。良い夢を』


「…………あぁ」




 私が『ポンコツ』と呼び蔑んできた管制思考によって真相に気付かされ、また頼らざるを得ぬ事態となり……更に労いの言葉を掛けられるようになろうとは。

 それこそ私が覚醒した当初、まだスーが地球上の言語さえ扱えなかった当初は、全く思いもしなかった。


 ……当たり前だ、私は全知全能の神などではない。先のことなど当然分かる筈も無いし、予知や予言ができるわけでもない。

 物事は常に変化していくものであり、固執した思考は視野を狭めるだけ。未だにスーを『ポンコツ』だと捉えたままであったのなら、こうして『現代の常識』との齟齬に気付くことさえ出来ないままであっただろう。




 危うく……現在の自分を見失い、また私が進む未来をも見失うところだった。

 私の、私達の今後がどうあるべきかは、今はまだ判らないが。

 この微睡みの間ばかりは、多少は良い『夢』が見れることだろう。



 私が思っていた以上に……私の身内どもは、みな心強い存在だったのだ。



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