第13話 状・況・俯・瞰 5




 私が過去の迷惑行為に関して謝意を表し、それを先方に一応受け入れて貰えたことで……これでようやく、スタートに立つことが出来た。

 私が今回このような形で、わざわざ彼らに時間を貰った理由とは、それは勿論『ただの謝罪』のためだけでは無い。


 まあ勿論、それも目的の一つではあるのだが……それはただの前提条件であり、単なる経過地点に過ぎない。

 今回なんとしても明らかにしておきたいこと、今回の最重要目標へ向けては……これから歩みを進めていかなければならないのだ。





「……聞きたいことが、あります」


「どうぞ。お答えしましょう」


「感謝します。……失礼な物言いになると、理解はしてるのですが……どうしても訊いておきたい、確認しておきたいことがありまして」


「…………何でしょうか?」




 かの組織に感じていた横柄さは、単なる私の思い違いだと知った。

 かの組織は魔法少女達を支え、手助けするための組織だと知った。


 ……しかしながら。

 彼らの立ち位置は理解したし、一応の和解を済ませることが出来たのは喜ばしいのだが……だとしても。




「この国は、この国の人々は……危険を冒して魔物マモノの駆除に取り組む『魔法少女』達の奮闘を、一種の『娯楽』として消費している。……そういう印象を、私は受けました」


「……………………そう、ですか」


「彼女達は……魔法少女とは、何なのですか。外敵を排除する兵士なのか、それとも役者、あるいは偶像なのか……この国は、彼女たちにどうしてほしいと考えて……何を望んでいるのですか」





 現在この国に蔓延る空気、私がどうしても拭いきれない違和感。


 たとえ私の感覚が、現代の『常識』からズレているのだとしても。

 何の擁護も受けずに『常識だからそうなのだ』などと呑み込めるほど、現状を割り切れているわけでは無い。




「庇護されるべき未成年を戦線に投じ、大人を含むその他大勢はその光景を画面越しに眺め、自分達は安全圏でのうのうと一喜一憂する。この国の殆どの人々が、その光景を『当たり前のこと』だと認識している。……しかし、私には……それが正しい光景だとは、到底思えません」




 再び生まれた私が初めて抱いた違和感、身勝手な義憤に駆られるままに突き進んだ要因。

 今日ここに至るまでの私の行動理由、そのほぼ全ては……ことごとに帰結する。




「私は……私のこの思考は、間違っていますか? 彼女ら『魔法少女』に重荷を背負わせる、その理由は……何なのですか?」




 無論、現在のこの構造とて……何の考えも無く裁可されたものだとは、私も思っていない。

 この惑星の現在を生きる人々が思考し、思慮を巡らせ、議論を尽くした結果がなのだろう。


 ……私は、を知りたい。

 納得し呑み込めるだけの理由が欲しい。

 この結論を下した人々を嫌悪せずに済む、同意するに足る根拠となるべき事由を……私は求め、ここまで来た。


 それを知ることこそが……私が今日この場に現れた、ふたつめの理由なのだ。





「……そうですね。魔物マモノ対策を魔法少女達が請け負っている理由。最も大きな理由としては、やはり『魔法の力を振るえる者が、そもそも限られているから』……ということになるのでしょう」




 いわく……大前提として、現代の『魔法』は誰にでも扱えるものという。


 生まれ持った素質なのか、血筋あるいは環境に由来するのか、はたまた何かしらの外的要因があるのか。

 魔法発現の切っ掛けトリガーとなる事象に関しては、未だ研究中であるとのことだが。


 誰でも魔法の力を振るえ、魔物マモノと戦うことができるからこそ、何かしらの因果で『魔法少女』たる能力を授かった少女が主力として戦っている……ということであるらしい。




「未だに研究中の部分は多いのですが、魔法の根源とは『想い』や『願い』に起因するもの……であるらしいです。……尤も私も『使えない』側の人間ですので、伝聞調ばかりで恐縮ですが……」



 その後の説明を聞く限りでは……想像と創造の力である『魔法』の力を発現させやすいのは、年若い女性――いわゆる『夢みるお年頃』な層――に多く見られる傾向があるという。

 反面、本能的に自身の限界を察してしまったり、あるいは現実を直視するあまりしゃに構えてしまったりと、良い意味で賢く現実的に捉えがちな男性の殆どは……残念ながら全体的に『想像』の力に乏しいらしく、なかなか『魔法』を発現させるまでは至らない……らしい。


 しかし……このあたりはまだまだ確固たる理論が実証されていないとのことで、推論の域を出ない仮説もまた多いらしい。

 例えば『女性は生命力(≒魔力)をはぐくむ適性が高いから』という説であったり、或いは『古来から神の力を降ろすのは巫女かんなぎの役割とされてきたから』などという説であったり。

 それら全てが正しいとも、また誤りであるとも言えない状況であるとのことで……要するに『年若い女性に多い』という事実以外は、まだまだ不明点が多いらしい。



 ただし男性でも――残念ながら『実戦に耐え得る程』とまでは行かずとも――異能の力を会得するに至ったケースは存在するらしい。

 そういった方々は、こちらの特定害獣対策本部ではなく……対災隊からお声が掛かったり、あるいは研究開発分野で頭角を現していたり、実用化が為された『魔力で動く設備』の保守要員として活躍していたりするらしい。


 ……ちなみに、いわゆる『夢みるお年頃』から遠退き、一線を退しりぞいた『元・魔法少女』達も、将来的にそういった方向へ進む者が多いのだとか。

 まぁそちらも気にはなるが……今深掘りすべきは、そちらではない。




 坂本支部長からの説明を受けて、私および私の五感を通じて俯瞰していたスーが下した、現段階での共通認識。

 それは……強力な切り札となり得る『魔法少女』ではあるが、現状その出現や活動期間をコントロールすることは不可能である……ということであろうか。

 戦うべき者に『魔法』の力を振るわせるのが、恐らくは最善なのだろうが……しかしその力を解析し、適切に運用することは不可能なのだろう。



 恐らくだが……魔物マモノの対処に『魔法少女』を採用したのも、消去法に拠るものなのだろうと考える。


 軍事力に乏しい我が国では、いつ終わるとも知れない外敵相手に常用できる程、装備や弾薬の蓄えがあるわけでは無い。

 ましてや……私がかつて生きていた頃には、何かにつけて防衛力を削ぎ落とそうとする活動が活発であった。およそ半世紀を経たところで、潤沢な予算が充てられるようになったとは到底思えず……まぁ実際、予想通りだったらしい。


 国外派遣でさえ国じゅうのメディアがこぞって騒ぎ立て、あれ程の熱が噴き荒れることとなったのだ。国内での展開など易易と認可されるハズが無いだろうとは思っていたが……やはりそこも変わっていなかったようだ。

 街中で銃弾一発発砲するにも、幾重にも重ね掛けられた許可フェーズを突破しなければならない。即応性など望めないだろうし、即応性を高める方針に舵を切ることも許さないだろう。



 そんな折に現れたのが『理屈はよく解らないが、事実として攻撃にも転用できる新技術』を使いこなす少女……すなわち『魔法少女』という存在である。

 超常の力を振るう彼女達を縛るため、急遽新たに取り決められた法規制の中で……折しも魔物マモノ被害が散見されるようになった時勢も後押ししたのだろうが、その新法の条文に『魔物マモノに対処する責務を負う』の一文が追加されたということか。



 ……経緯としては、まぁ概ねそんな感じであるらしく。

 つまりは『魔法少女を戦わせよう』という意思が先行していたわけではなく……『対処可能な手段を探っていた際、ちょうど魔法少女が現れ始めた』といった表現のほうが、恐らく妥当なのではなかろうか。


 加えて……反対派の抵抗が根強い法を改正する議論をわざわざ進めるよりも、新しく整備する法に役割を負わせることで対処してしまおうと、そう考えたのだ。

 確かに前者と後者とでは、実際に施行開始されるまでに掛かる時間には天と地の開きが生じるであろう。そもそも前者の場合、実際に適切な法改正が成されるかどうか――魔物マモノ対策に現行兵器の使用許可が出るかどうか――すら怪しいところだろう。


 私が以前目にした軍勢が携えていた銃器も、弾倉の中身が何なのか……実戦用の実弾なのかは怪しいものだ。積極的な発砲も見られなかったことだし、威嚇専用の閃光弾や麻酔弾の類である可能性の方が高そうでもある。

 彼らとて『魔物マモノへの対処は災害派遣の延長線上として行う』『ただし国民の生活及び財産等の安全を守るため銃器の使用には出来得る限り細心の注意を払う』『国民の生活の場においては原則として、殺傷能力のある銃弾は許可できない』などという枷を嵌められていても可笑しくはあるまい。……この国ならばやりかねない。



 現代の世論を極力反映した上で、それでも可能な限り迅速に状況を整えようと議論を紛糾させ。

 その結果として裁可されたのが、『魔法少女の実戦投入』という判断。


 色々と思うことが無いでもないが……取り敢えずの状況を把握することは、出来たと言えよう。





「……理解しました。…………では本題の、彼女達の活動が『娯楽』のひとつと認識されている件に関しては?」


「そちらは…………そうですね。言い訳がましい釈明となってしまうのですが……」


「最初はじゃ無かったンだよ。まだ健全で、温かくて、微笑ましい光景だった。……まァそれらが全部消えた訳じゃ無ェけどよ」


「…………ええ。現行の支援施策も……施行された当初は、純粋に彼女らを『応援』するためのものでした。そこは間違いありません」





 そうして語られ始めた、この国の現在における『日常』の一片ひとひら……私が最も深い疑念を抱く光景の由来と、なるまでの経緯。




 それはまた、どうしようもなく単純で。


 同様に……どうしようもなく、難解なものであった。




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