第9話 状・況・俯・瞰 1





『……落ち着いて、慎重に。養成科でのことを思い出して。……あなたなら容易い相手のはず』


「は……はいっ!」


「気負わなくて良いよぉー。気持ちを楽に、私も後ろにいるし……私たちには『白銀シロガネの加護』が付いてるから、ね?」


「…………はいっ!」




 私の操る遠隔子機ドローンが見守る中、今まさに戦闘の火蓋が切られようとしている。

 片側三車線の高速道路、現在は通行規制が敷かれているコンクリートの橋上にて、と佇む異形の魔物マモノに相対するは……それぞれ光り輝く武具を携えた、二人の魔法少女。


 一人は余裕そうな表情を見せながら、紫菫しきんに輝く竪琴を構える魔法少女、銘を【ライラ・ヴィオレット】。

 もう一人は……明らかに緊張した様子が見て取れる、暗緑の装束を纏う魔法少女【セントール・スプルース】。



 スーが盗んできた最新の魔法少女名簿によると……【駿馬セントール】の方はつい最近正式登録ならびに東北管区への配属が為された、前衛型の魔法少女であるとのこと。今日のが初の実戦経験となる、将来有望の若手らしい。

 一方で現場の教導役として付けられた【聖琴ライラ】はというと……この東北管区きっての実力者コンビの片割れであり、竪琴型の星装を用いた高い後方支援能力を備える序列上位アッパーの魔法少女だ。


 率直に言えば、彼女【聖琴ライラ】が付いているのなら私の出る幕など無さそうではあるのだが……かといって私が備えない理由も無いだろう。

 物事に『絶対』など無いし、特にあの『魔物マモノ』相手の事象であれば猶更だ。予想外の事態はいつだって生じ得る。

 疲労を感じぬ私が労力を費やすことで、それで新たなる希望の安全が担保できるというのなら……それは充分な理由となるだろう。




「実働二課、【セントール・スプルース】……執行を開始します!」


「同【ライラ・ヴィオレット】……えー、監督を開始します」


『コピー。セントール1014エンゲージ。御武運を』



 遠隔子機ドローンが彼女らの会話を捉え、同時に両者に動きが見られる。

 やはりというか【聖琴ライラ】のほうは教導監督役であるらしく、【駿馬セントール】へと支援魔法を掛けて以降は後方にて待機の構えだ。


 高速道路のど真ん中に陣取る魔物マモノは、イソギンチャクとスライムを混ぜ合わせたような不定形。その図体こそそれなりに立派ではあるが、その動作に知性的な部分は見受けられない。

 恐らくは集束深度Ⅲか……ともするとⅡでも可笑しくは無い。スーの観測においても同様であり、新兵の初仕事には持って来いだろう。



 ……実際、【聖琴ライラ】の支援を受けた【駿馬セントール】は、その銘に違わぬ足捌きで不定形の魔物マモノを斬り刻んでいく。

 触手を落とし、胴を抉り、一旦飛び退いて伸ばされた触手を打ち払い、足蹴にしながら空中へ身を躍らせ、伸ばされた触手を身体を捻って掻い潜りながら擦れ違いざまに斬り払い、胴体ド真ん中へと唐竹割を叩き込む。


 大小二振りの片手剣を縦横に振るい、暗緑色の旋風がアスファルトの上を吹き荒れるたびに、赤黒の肉片がばらばらと宙に舞い、はらはらと風に解けていく。




「いやーいやーいやー……こーれは思ってた以上だねぇ。……どうだい【アルファ】ちゃん、ウチの新人は?」


『……? ライラ、こちら指令室コマンダー。感度どうぞ』


「こちら【聖琴ライラ】。ミサちゃんのお声は今日も可愛いです。どうぞぉー」


『…………チェックオンリー。オールオーバー』



 上機嫌に竪琴を爪弾きながら、【聖琴ライラ】の魔法少女はへと語り掛けてくる。

 東北管区の魔法少女の中でも高等部に属するらしい彼女は、同年代同拠点に属する【宝瓶アクアリス】……カレンさんとの交遊も深い。

 彼女から私の話を色々と聞いていてもおかしくは無いし、先日私が持ち掛けた分業提案に関しても、しっかりと把握しているのだろう。

 鎌を掛ける、という程のことでは無いのだろうが……私がこうして俯瞰していることは、少なくとも把握しているらしい。

 ……まぁ、先程『白銀の加護』だなんだと言っていたくらいだしな。



 周囲は交通規制の敷かれた高速道路の高架橋、当然そこに一般の人々の姿は見られない。


 今後へ向けての期待が高まる、前途有望な魔法少女の前である。……挨拶くらい、伺っておいても良いだろう。






「わぁー」


『……っ!? オールステーション! イノセント1023アライバル! リピート、イノセント1023アライバル!』


「そぉーんなワーワー騒がなくても良いでしょうに。ほーんともー…………ねぇ?」




 ……まったくだ。毎度毎度私が『転移』を行う度に、無線の向こうでは大騒ぎ。

 恐らくもうじきこの場所目掛けて、追加の戦況観察用の無人機ドローン小隊がと押し寄せてくることだろう。


 確かに私は非所属、『野良ノラ』の身の上ではあるのだが……自分で言うのもなんだが、そんなに害のある存在では無いつもりだ。もう少し警戒を緩めてくれても良いのではなかろうか。



 …………それと。




「戦闘中の余所見は……あー、まぁ……今回はイレギュラーかなぁ」


「今のは私に非があるだろうな。彼女の落ち度じゃない」


「っ……!? すみません!!」




 全身鎧を模した大柄な自動人形、【聖琴ライラ】の操る動作型の星装【ヴェガ】の拳によって、その胴体に風穴を穿たれ。

 私が階差空間格納庫より取り出した長槍型機装【サーベイヤー】によって、伸ばされた触手の悉くを打ち落とされ。



「ほらっとしない、仕上げ仕上げ」


「は、はいっ! ――! 【プロクシマ・ケンタウリ】!」


「アルファちゃん跳んでー」


「……成程な」



 迸る暗緑色の魔力をその刀身に纏わせ、勢いよく突き出された、暴風伴う刺突。

 空中へと退避した私の眼下、もはや虫の息の魔物マモノ目掛けて魔力の奔流が突き進み。


 この高速道路を占拠していた脅威、推定深度Ⅲ相当の魔物マモノは……断末魔さえ残さず、跡形もなく消し飛んだ。





「……はい。あー……指令室コマンダー指令室コマンダー。こちら【聖琴ライラ】、こちら【聖琴ライラ】。あー、えー……1028クリア、1028クリア。状況終了っ! 通信終わり! じゃあね!」


『えっ!? ちょっ! 待っ……ライラ!? 応答なさいライラ! ……ああもう! セントール、こちら指令室コマンダー!』


「あ、もう無線切っていいよぉー」


「えっ!? は、はいっ!」


『はァ!? ちょ!? おいゴルァテメェ待てライラおま――』



 あ、切っちゃったわ。

 ……良いのかなぁ、知らんぞ私は。


 いちおう状況終了は連絡してたし、この状況そのものは無人機ドローンで確認できていることだろうし……当面の危機が去ったとあらば、まぁ大丈夫なのか。……大丈夫なんだろうか。



「いやぁー、まぁー……こうでもしないと、ゆっくりお喋りしてくれないでしょ? アルファちゃんはさ?」


「……いや、私は別にそんな長居せずとも」


「ええー、良いじゃん良いじゃん! 私たちの可愛い新人ちゃんの初出勤祝いってことで! ……ね? ねっ!? ほら【駿馬センティ】もお願いして!」


「は……はいっ! えっと……お、お会いできて光栄です! 【イノセント・アルファ】さん!」


「あー、うー、いや、その……わかった。わかったから落ち着いてくれ。……解った、付き合う、付き合うから」


「やったぁー! 【駿馬センティ】ちゃんイェーイ!」


「い、いぇー……?」




 ああもう……私は本当にどうなっても知らないからな。


 未だに往生際悪くこちらを観察している、恐らくは彼女らの指令室コマンダーとやらが操っている無人機ドローンへ、煽るようにヒラヒラと手を振り。

 東北管区序列上位【聖琴ライラ】の魔法少女と、初々しく緊張している【駿馬セントール】、そして部外者であるはずの私こと【イノセント・アルファ】の三人は……交戦地域からそそくさと離脱を果たし。







「はいじゃあ……今日は私のオゴリだから! 遠慮なく食べてってね!」


「「は、はい」」



 二人の魔法少女と、こうして『ちょっと早いランチ』を共にすることとなった。

 どうしてこうなった。








――――――――――――――――――――







 ちなみに当然のように、彼女ら二人は『変身』を解除した装いである。


 ……やっぱり近畿のあの二人が非常識……ああいや、我が道を行く感じだったんだな。





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