第5話 趣・味・開・拓 5
『報告。推定深度Ⅳ敵性反応の消滅を確認致しました』
「んゥー!」
「…………見事なもんだな」
『肯定。総じて安定的な立回りであったと判断致します』
目線の先には似非修道服のような戦装束を纏う愛娘の、可愛らしい『ばんざい』ポーズ。
眼下では赤黒の体組織を崩壊させ、宙にはらはらと崩れていく
左右へと視線を巡らせると……さっさと逃げればいいものを、両の川岸に沿って詰め掛ける一般ヒト種の数々。
『計測。艦長ニグおよび個体名ディンへ指向される映像記録機装数、
「………………そうか」
「かあさまー!」
「……ん。……よくやった、ディン」
「んへへェ〜〜!」
つい先刻まで、ディンと
扁平で長い尾を持ち、毒針を振るう
それが一般種とは桁違いの危険性を持つ、推定深度Ⅳ『変異種』の
自らの生命と生活が脅かされる状況にあろうと……それでも、私達の姿をカメラに収めることを優先したのだろう。
…………何というか。
………………何と言うべきか。
「……場所移すぞ、ディン」
「ゥ? …………んゥー、あいっ」
直ぐにでも
とはいえ、こんな落ち着かない場所……周囲全方向から注目される橋脚の上での対面は、さすがに御免被りたい。
重力場の揺らぎを纏い、軽く橋脚を蹴って宙に浮かび、ディンともども騒々しい処理現場を後にする。
一旦視線を切ってしまえば、地上の一般ヒト種から追跡されることは無いだろう。慌てて飛んでくる
まぁ
「よかった、アルファさんっ、ディンちゃん!」
「……先日振りです、お二人とも」
「ゥ! ミレイおねえちゃん、リサおねえちゃん!」
「……悪い。場所を変えさせて貰った」
「いえ……仕方無いと思いますし、そのまま帰ることも出来たでしょう?」
「まぁな。……何か用があるんだろ?」
何処ぞのオフィスビルの屋上、私達のように理外の力を持つ者にしか辿り着けないこの場所は、ちょっとした井戸端会議にもってこいだろう。
空調室外機の影、周囲からの視線を遮ったこの場所ならば、近隣高層ビルから見下ろされることも無い。
無彩色ベースながらも華やかな戦装束に、
両者とも以前の装いはそのままに、その首元には見覚えのあり過ぎる『花の指輪』のペンダントが揺れている。
この関東地区を守る魔法少女の実力者、私が多少なり心を許している彼女達からのアプローチとあらば、応えぬわけにもいかないだろう。
彼女たちを無碍に扱うと、特にディンが悲しむからな。……そう。特に、ディンが。
「すみません、お時間は取らせませんので。……実は、ですね」
「えぇ、実は…………アルファさんに、受け取って……持って頂きたいものが、ありまして……」
「…………うん?」
「いえ、あの……ほんと、嫌だったらいいんです、けど……」
「持ってて頂けるなら、私達がいつでも…………な、何でも! お力になりますから……!」
「年頃の娘が『何でも』とか口にするな。……それで、何を持たせようって? 御守りか何かか?」
「……えーっと、まぁ……お守りといえば、お守りと言いますか」
「……えっと……たしかに、その…………色々と良い感じになる、と言いますか……」
「………………とりあえず、もう……現物を見せてくれ。話はそれからだ」
「………………はい……」
どちらともなく視線を交わし、やがておずおずといった様子で【
……その形状は、はっきり言って非常に見覚えがある。表面のほぼ全てをディスプレイ兼タッチパネルと化し、裏側には撮影機器と接触式の外部通信パネルを備え、多種多様なプログラムを起動可能な携行型端末。
「…………スマホ?」
「………………はい」
「……………………え、貰って良いのか?」
「で、ですよね! スミマセ…………えっ?」
「えっ? いや……私、その……料金とか、多分支払えない、けど……」
「い、いえ! ぜんぜん大丈夫です! 私達もみんな使ってて、緊急連絡とかコッチに連絡来ますし、普段遣いも全然、SNSとか通話とか使っていいよって言われて……あっ、課金は天引きになりますけど」
「課金……? あぁいや、まぁ……使わせて貰えるなら、それは有り難い」
「ほ、ホントに!?」「いいの!?」
「あぁ、まぁ……私としても、連絡手段をどうにかしたいとは思ってたからな。有難く――」
「かあさま」
私達の遣り取りに、突如冷や水を浴びせるかの如く割り込んでみせた、ディンの顔。
普段はニコニコと無垢な笑みを浮かべている彼女の顔に、しかし今現在は温かな笑みは無く。
無機質なレンズの瞳が……ただ
「…………
「ゥー…………んゥ。…………測位用、でんぱ。機器の……
「「…………っ!!?」」
「………なるほどなぁ、
「ち……違うの!」「待って、これは……!」
二人の魔法少女からは見えないであろう、毛髪ほどに細くしなやかな、二対四本の金属の触手。
それらを器用に操り
……そうとも。そんなに必死にならずとも、彼女らがそんな軽率な行動を起こすとは、私とて考えていない。
あくまでも善意から、自分たちと必要なときに連絡を取りたいという好意から、上層部へと機器の提供を打診しただけなのだろう。
事実、この時代の個人携行型多用途通信機器は、それらほぼ全てに衛星測位システムが実装されている。
わざわざ
「そんなに萎縮するな。……別に、今更
「でも…………ごめん、なさい」
「……
「っ、…………ありがとう、ございます。アルファさん」
生真面目で、責任感が強くて……真っ直ぐで。
そんな彼女たちだからこそ、私は信じてみようと決めたのだが……とはいえ少々、萎縮させ過ぎたかもしれない。
良心の呵責に苛まれる彼女達を抱き込めたことで、
……まったく、もう少し無責任に生きても良いだろうに……『良い子』過ぎるのも問題だろう。
「…………使い方、教えてくれ」
「……………………えっ?」
「だから……使い方。そのメッセージやら何やら、遣り取りするための……初期設定、っていうやつ。…………どうすれば良いんだ?」
「っ!! あ、はいっ!」
いつものニコニコ笑顔に戻ったディンを見る限り、どうやらこの方向でアタリらしい。
たとえ測位システムを持たされたところで、我々……特にディンの手に掛かれば、その機能のみを狙い澄まして動作不良に追い込める。
まぁ尤も所在を特定されたところで、来れるものなら来てみろという話なのだが……しかし我々が地球人ではないと明かすのは、やっぱり色々とよろしくないだろう。
であれば、仕方ない。やはり当初の作戦通り、あの端末には『外科手術』を受けて貰うとしよう。
可愛い我が娘の施術が受けられるというのだ。全くもって羨ましい限りではないか。
「……そう! そうです! あとはここをタップして、コードを表示して……私のスマホで読み取りますので」
「あっ……じ、じゃあ! 次は私が…………すぐに『ともだち申請』が届きますから……」
「あっ、それです! それを『許可』押していただいて」
「次のそれ、私のも『許可』を…………っ! ありがとうございます!」
「ん…………おぉ、『ともだち』のところに二人の名前が」
「おっけーです!」「それで大丈夫です!」
しかし、こうしてシンプルに『ともだち』と表されると……なかなかどうして気恥ずかしいものもあるのだが。
先程の悲壮感漂う表情など、既に跡形も無く。私と『ともだち申請』を交わすことで、こんなにも喜んでもらえたのなら……やはりこの選択は間違ってはいなかったのだろう。
「……それではアルファさん、これでアルファさん個人のアカウントが設定できたので……次はそちらを、連絡用ルームにお誘いしようかと思うんですけど……」
「連絡用ルー厶? ……なんだ? それ……」
「えっと……大事な連絡とか、非常呼集とかを送るルームです。複数の参加者に、同時にメッセージ送れて……会議みたいな感じで」
「ほぉー…………なるほど、便利そうだな。どうすれば良い?」
「えっとですね、ここの右上の……」
以前からの懸念の一つであった、我々の探知能力の欠点。彼女ら『魔法少女』達の用いる索敵手法を間借りできるのなら、それが実質的に解消できるということだ。
……ここへ来て、新たな懸念が生じ始めた予感はするのだが……ともあれ今まで以上に迅速な対処が可能となることは、確かだろう。
切っ掛けを持ち込んでくれた二人……ミレイとリサには、それなりに感謝しなければなるまい。
さも嬉しそうな顔で『設定』を進めていく二人の先達に、私も自然と口角が上がっていくのを自覚していた。
…………数分後。
もはや私との交流の有無を問わず、数十人単位の『魔法少女』達から、くだんの『ともだち申請』とやらが立て続けに送られてきたことで……私の処理速度は限界を迎え。
ディンが測位機能を看破したとき以上に、それはそれは血の気の失せた顔を見合わせる二人の魔法少女の姿が……そこにはあった。
一方のディンはというと……何がそんなに楽しいのやら、ニコニコと嬉しそうな笑みを振りまいていた。
…………はぁ、和む。
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