第5話 趣・味・開・拓 5




『報告。推定深度Ⅳ敵性反応の消滅を確認致しました』


「んゥー!」


「…………見事なもんだな」


『肯定。総じて安定的な立回りであったと判断致します』




 目線の先には似非修道服のような戦装束を纏う愛娘の、可愛らしい『ばんざい』ポーズ。


 眼下では赤黒の体組織を崩壊させ、宙にはらはらと崩れていく魔物マモノの成れの果て。


 左右へと視線を巡らせると……さっさと逃げればいいものを、両の川岸に沿って詰め掛ける一般ヒト種の数々。




『計測。艦長ニグおよび個体名ディンへ指向される映像記録機装数、およそ225と報告致します』


「………………そうか」


「かあさまー!」


「……ん。……よくやった、ディン」


「んへへェ〜〜!」



 つい先刻まで、ディンと魔物マモノが交戦していた河川。その沿岸に詰め掛けている、二百を超す人々の『目的』とは……他でもない。

 魔物マモノと魔法少女との戦闘風景……更に言うと、私達の姿目当てでのことだろう。


 扁平で長い尾を持ち、毒針を振るう海鷂魚エイ型の魔物マモノが都市部の河川に現れようと。

 それが一般種とは桁違いの危険性を持つ、推定深度Ⅳ『変異種』の魔物マモノであろうと。

 自らの生命と生活が脅かされる状況にあろうと……それでも、私達の姿をカメラに収めることを優先したのだろう。



 …………何というか。


 ………………何と言うべきか。




「……場所移すぞ、ディン」


「ゥ? …………んゥー、あいっ」



 直ぐにでも揚星艇キャンプへ撤退したい気持ちも無いではないが……こちらへ接近する見知った反応を感知し、直ちに考え直す。


 とはいえ、こんな落ち着かない場所……周囲全方向から注目される橋脚の上での対面は、さすがに御免被りたい。

 重力場の揺らぎを纏い、軽く橋脚を蹴って宙に浮かび、ディンともども騒々しい処理現場を後にする。


 一旦視線を切ってしまえば、地上の一般ヒト種から追跡されることは無いだろう。慌てて飛んでくる無人観測機ドローンが無いとも限らないが、そのあたりは『隠蔽』機能でどうとでもなる。

 まぁもっとも……彼女の持つ魔眼アルゴルであれば、我々が姿を隠そうと看破することは可能なのだろうが。




「よかった、アルファさんっ、ディンちゃん!」


「……先日振りです、お二人とも」


「ゥ! ミレイおねえちゃん、リサおねえちゃん!」


「……悪い。場所を変えさせて貰った」


「いえ……仕方無いと思いますし、そのまま帰ることも出来たでしょう?」


「まぁな。……何か用があるんだろ?」




 何処ぞのオフィスビルの屋上、私達のように理外の力を持つ者にしか辿り着けないこの場所は、ちょっとした井戸端会議にもってこいだろう。

 空調室外機の影、周囲からの視線を遮ったこの場所ならば、近隣高層ビルから見下ろされることも無い。


 無彩色ベースながらも華やかな戦装束に、つややかな黒檀色の保護具を随所に散らした装いの【神兵パーシアス】と……同じく黒系色を基調とした装束に、輝星モチーフの装身具を全身に散りばめた【星蠍スコルピウス】。

 両者とも以前の装いはそのままに、その首元には見覚えのあり過ぎる『花の指輪』のペンダントが揺れている。


 この関東地区を守る魔法少女の実力者、私が多少なり心を許している彼女達からのアプローチとあらば、応えぬわけにもいかないだろう。

 彼女たちを無碍に扱うと、特にディンが悲しむからな。……そう。特に、ディンが。




「すみません、お時間は取らせませんので。……実は、ですね」


「えぇ、実は…………アルファさんに、受け取って……持って頂きたいものが、ありまして……」


「…………うん?」


「いえ、あの……ほんと、嫌だったらいいんです、けど……」


「持ってて頂けるなら、私達がいつでも…………な、何でも! お力になりますから……!」


「年頃の娘が『何でも』とか口にするな。……それで、何を持たせようって? 御守りか何かか?」


「……えーっと、まぁ……お守りといえば、お守りと言いますか」


「……えっと……たしかに、その…………色々と良い感じになる、と言いますか……」


「………………とりあえず、もう……現物を見せてくれ。話はそれからだ」


「………………はい……」




 どちらともなく視線を交わし、やがておずおずといった様子で【星蠍スコルピウス】が差し出したのは……幅6センチ長さ13センチ、厚みは1センチに満たぬであろう程の、黒黒とした板。

 ……その形状は、はっきり言って非常に見覚えがある。表面のほぼ全てをディスプレイ兼タッチパネルと化し、裏側には撮影機器と接触式の外部通信パネルを備え、多種多様なプログラムを起動可能な携行型端末。すなわち。




「…………スマホ?」


「………………はい」


「……………………え、貰って良いのか?」


「で、ですよね! スミマセ…………えっ?」


「えっ? いや……私、その……料金とか、多分支払えない、けど……」


「い、いえ! ぜんぜん大丈夫です! 私達もみんな使ってて、緊急連絡とかコッチに連絡来ますし、普段遣いも全然、SNSとか通話とか使っていいよって言われて……あっ、課金は天引きになりますけど」


「課金……? あぁいや、まぁ……使わせて貰えるなら、それは有り難い」


「ほ、ホントに!?」「いいの!?」


「あぁ、まぁ……私としても、連絡手段をどうにかしたいとは思ってたからな。有難く――」


「かあさま」




 私達の遣り取りに、突如冷や水を浴びせるかの如く割り込んでみせた、ディンの顔。

 普段はニコニコと無垢な笑みを浮かべている彼女の顔に、しかし今現在は温かな笑みは無く。


 無機質なレンズの瞳が……ただと、魔法少女の差し出した通信機器を凝視している。



「…………のか?」


「ゥー…………んゥ。…………測位用、でんぱ。機器の……に用いる、動作を確認しています」


「「…………っ!!?」」


「………なるほどなぁ、か」


「ち……違うの!」「待って、これは……!」




 二人の魔法少女からは見えないであろう、毛髪ほどに細くしなやかな、二対四本の金属の触手。

 それらを器用に操り機器スマホの走査を済ませたディンは……顔色を失った魔法少女二人をよそに、しかしにっこりと微笑んでみせた。


 ……そうとも。そんなに必死にならずとも、彼女らがそんな軽率な行動を起こすとは、私とて考えていない。

 あくまでも善意から、自分たちと必要なときに連絡を取りたいという好意から、上層部へと機器の提供を打診しただけなのだろう。



 事実、この時代の個人携行型多用途通信機器は、それらほぼ全てに衛星測位システムが実装されている。

 わざわざを載せていない機種モノを用意するのも手間だろうし、他の魔法少女に支給されているものがたまたまだっただけ。最初から悪意があったわけでは無いのだろう。




「そんなに萎縮するな。……別に、今更ヘソを曲げたりはしない。今後とも宜しく頼む」


「でも…………ごめん、なさい」


「……、有難く使わせて貰う。まぁ測位機能は外させて貰うが、その他の……連絡機能やらは、色々と便利だろう」


「っ、…………ありがとう、ございます。アルファさん」



 生真面目で、責任感が強くて……真っ直ぐで。

 そんな彼女たちだからこそ、私は信じてみようと決めたのだが……とはいえ少々、萎縮させ過ぎたかもしれない。

 良心の呵責に苛まれる彼女達を抱き込めたことで、に対する牽制にも役立ってはくれるのだろうが……とはいえ、そんなにも悲壮な顔を浮かべて欲しいわけでは無い。


 ……まったく、もう少し無責任に生きても良いだろうに……『良い子』過ぎるのも問題だろう。




「…………使い方、教えてくれ」


「……………………えっ?」


「だから……使い方。そのメッセージやら何やら、遣り取りするための……初期設定、っていうやつ。…………どうすれば良いんだ?」


「っ!! あ、はいっ!」




 いつものニコニコ笑顔に戻ったディンを見る限り、どうやらこの方向でアタリらしい。

 たとえ測位システムを持たされたところで、我々……特にディンの手に掛かれば、その機能のみを狙い澄まして動作不良に追い込める。


 まぁ尤も所在を特定されたところで、来れるものなら来てみろという話なのだが……しかし我々が地球人ではないと明かすのは、やっぱり色々とよろしくないだろう。

 であれば、仕方ない。やはり当初の作戦通り、あの端末には『外科手術』を受けて貰うとしよう。


 可愛い我が娘の施術が受けられるというのだ。全くもって羨ましい限りではないか。




「……そう! そうです! あとはここをタップして、コードを表示して……私のスマホで読み取りますので」


「あっ……じ、じゃあ! 次は私が…………すぐに『ともだち申請』が届きますから……」


「あっ、それです! それを『許可』押していただいて」


「次のそれ、私のも『許可』を…………っ! ありがとうございます!」


「ん…………おぉ、『ともだち』のところに二人の名前が」


「おっけーです!」「それで大丈夫です!」




 しかし、こうしてシンプルに『ともだち』と表されると……なかなかどうして気恥ずかしいものもあるのだが。

 先程の悲壮感漂う表情など、既に跡形も無く。私と『ともだち申請』を交わすことで、こんなにも喜んでもらえたのなら……やはりこの選択は間違ってはいなかったのだろう。




「……それではアルファさん、これでアルファさん個人のアカウントが設定できたので……次はそちらを、連絡用ルームにお誘いしようかと思うんですけど……」


「連絡用ルー厶? ……なんだ? それ……」


「えっと……大事な連絡とか、非常呼集とかを送るルームです。複数の参加者に、同時にメッセージ送れて……会議みたいな感じで」


「ほぉー…………なるほど、便利そうだな。どうすれば良い?」


「えっとですね、ここの右上の……」




 以前からの懸念の一つであった、我々の探知能力の欠点。彼女ら『魔法少女』達の用いる索敵手法を間借りできるのなら、それが実質的に解消できるということだ。

 ……ここへ来て、新たな懸念が生じ始めた予感はするのだが……ともあれ今まで以上に迅速な対処が可能となることは、確かだろう。


 切っ掛けを持ち込んでくれた二人……ミレイとリサには、それなりに感謝しなければなるまい。

 さも嬉しそうな顔で『設定』を進めていく二人の先達に、私も自然と口角が上がっていくのを自覚していた。







 …………数分後。



 もはや私との交流の有無を問わず、数十人単位の『魔法少女』達から、くだんの『ともだち申請』とやらが立て続けに送られてきたことで……私の処理速度は限界を迎え。


 ディンが測位機能を看破したとき以上に、それはそれは血の気の失せた顔を見合わせる二人の魔法少女の姿が……そこにはあった。



 一方のディンはというと……何がそんなに楽しいのやら、ニコニコと嬉しそうな笑みを振りまいていた。

 …………はぁ、和む。




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