第4話 趣・味・開・拓 4



 漆黒の宇宙空間において、音の伝播を担う大気は存在しない。

 音波交信用の複合窒素ガスに満たされた船内ならまだしも、船外活動ともなれば当然、聴覚は何の刺激も捉えることは無い。




「かあさま、かあさま。それは動力伝達ラインの繋がれる必要性をもつプラグです。適合出力のライン始点アルファは04経のあかいろ、結点オメガは04のくろいろ」


「あぁ、ありがとう。……えー、ゼロヨンゼロヨン……これか。スー」


『了解。艦首第Ⅲブロック外装エリア、動力伝達を遮断致します』


「確認した」




 各種の動力工具の発する切断音や打鋲音など、それら一切の騒音を発することなく。

 静粛に、そして迅速に、着実に作業は進められていく。


 ばか娘の頑張りやらかしによって手に入れ(てしまっ)た、地表との交信用の大型パラボラアンテナ。

 何よりも信頼性に重きを措いた堅実な造りのそれを、母艦の艦首底面……地球に最も近い位置へと、移植していく。




「かあさま、かあさま! ワタシ固定ファスナー打鋲、完了を報告致します!」


「スーの口調を真似るな。お前にはなってほしか無い」


『疑問。当管制思考を目標と見倣すことに対しての否定理由について、艦長ニグへ説明を要求致します』


「そういう空気読まないところだバカ」


『訂正。現行宙域においては惑星内における複合気体、通常『空気』の存在を検知出来ません。艦長ニグの状況把握能力にリカバリーの必要有りと判断致します』


「いいかディン、お前はなっちゃダメだぞ」


「んゥーーーー」




 ヒトの構造を忠実に模した我々は、その意思疎通手段の殆どを口腔内声帯からの発声にて行っている。

 しかし大気の存在しない宇宙空間では、当然『声』を聞き取ることはできない。そのため私達は私達ならではの手段……後頭部から伸びる金属線を繋ぎ、現在は有線による『糸電話』での伝達を採り入れているところだ。


 ただ、スーからの発言をこうして受信できているように、直接言葉を飛ばすことも出来なくはないのだが……やはり年頃の娘の思考中枢プライベートエリアに他機体が踏み込むのも宜しくないだろうと、私は非常時以外その機能を封印している。

 ……私が大切に想う娘だからこそ、適切な距離を保つことは大切だろうと判断したのだ。




「…………えーっと? ……動力ラインは繋いだ。出力値も安全域のハズ。アンテナに向かう出力ケーブルも……これか。繋いである。入力信号も……ちゃんと繋がってるな」


「んゥー……各ライン、正常に接続を確認します。導体路の構築を確認できます、動力の来る問題はありません。ワタシは判断します!」


「……よし。スー頼む」


『了解。艦首第Ⅲブロック外装エリア、動力伝達を開始致します』



 音の伝わらない筈の宇宙空間において、なお低く重く響くような錯覚を伴い、作業にあたって動力を落としていた区画へと再びの光が灯る。

 つい先刻までは存在しなかった新参の装置にも、同様に母艦の動力は伝達していき……適切な数値の電力供給に成功したのだろう、不調や不具合は見て取れない。



「……スー、様子はどうだ?」


『確認。新規動作出力設備の接続を認識致しました。制御機構の構築を開始致します』


「頼む。…………上手く行きそうか?」


『回答。送受信容量スコアは極めて低数値なれど、追加設備を跳躍通信装置と同様の用途であると定義。送受信の極一部を代替させることは可能であると判断致します」


「…………っし!」


「かあさま! かあさま! いっぱいできた!」


「ああ! よくやった、ディン!」


『要求。当該機器接続に関し、当管制思考の貢献は無視できない閾値であったと推測致します。艦長ニグへ、当管制思考への慰労を要求致します』


「わかってる。……よくやってくれた、スー」


『…………了解』



 あくまでも現状は、機器としての接続を確立しただけ。

 それを動かすためのオペレーティングシステムも、これから構築していかなければならない。


 異なる技術文明由来の機器を、無理矢理繋ぎ合わせて動かそうというのだ。前例など当然あろう筈もない。

 縫合した患部が壊死するのか、それとも寛解あるいは快方へ向かっていくのか。これからディンと、そしてスーと協力して処置を行いつつ、経過を見守っていかなければならないのだ。




 せっかくここまで来たのだ。これだけの技術を持った頼れる者が、こうして身内に居るのだから。


 私は、私達は、絶対にやり遂げて見せる。




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