第3話 趣・味・開・拓 3




 …………いや、危なかった。

 久しぶりに本気で焦ったが……まぁ、何とかなって良かった。



 今更だが……というか当然だが、館内のコピー機とて無料ではない。それは良い。

 コピー1回、モノクロ1枚あたり10円を支払わねばならない。それも別に良い。



 問題だったのは……現在の私の持ち合わせに、十円硬貨が見当たらなかったことだ。





 そもそも、だ。金銭を用いての経済活動そのものを、私はあまり行っているわけではない。

 飲食の必要が存在せず、消耗品もほぼ消費しない。つまりは日常生活で『買い物』を行う必要も無く、同様に金銭管理の必要自体がほぼ生じないのだ。


 ……さすがに、コピー代を支払えないなどということは無かったが……まさか十円硬貨が無いとは、そこまでは把握していなかった。

 受付カウンターに泣きつき、なんとか千円札を崩してもらい事無きを得たが……久し振りに冷汗をかいた心境である。

 まぁ実際には汗などかかないが。というか『泣きつく』も比喩だが。




 ともあれ無事に、こうしてお目当ての資料の複写を手に入れることができた。

 その途中で見掛けたような気がする『明らかに普段使いでは無いだろう物々しいカメラを携えて図書館に踏み込もうと試みる愚か者』のことは、キッパリ気にしないことにしよう。それが良い。

 受付スタッフの皆様、お仕事お疲れ様です。



 ……しかし、そうなると……私がディンの側を離れたのは失敗だったかもしれない。

 外から侵入を企てる不届き者は図書館スタッフ皆様の手で撃退されているが、既に内へと潜り込んでいた不届き者までは、流石に手が回らないだろう。

 この時代、カメラとは一部の者が持ち歩くだけに留まらず……市井に出歩く一般市民ほぼ全員が、鞄やポケットの中にその機能を所持しているのだ。


 うちの娘に近付くだけなら、まぁ百歩譲って許すが……本人の同意を得ずに盗撮行為に及ぼうというのなら、カメラの一基や二基は覚悟して貰わなければならないだろう。



 左脇に書籍と、複写した資料の束を抱え、右手指の関節をパキポキと解し、処すべき執行の手順を思い浮かべながらディンのもとへと急ぐ私だったが。

 結論から言うと……私の心配は、どうやら杞憂であったようだ。




「…………ぅ? かあさまっ、おかえりなさい」


「ぁ、あぁ…………ただいま、ディン。良い子にしてたか?」


「んぅ、静粛動作、ワタシ遵守しましたっ」



 ディンが分厚いハードカバーの本を拡げ、ニコニコと読書に励んでいるテーブル。

 6人掛けの端っこに座るディンの、ちょうど対角線上。私が離れる前は無人だったその席には、現在とある少女が陣取っており。


 少女自身が着いているテーブル、そして何よりもその斜向かいで読書を楽しむ無垢なる少女へと、不躾にもカメラを向けようと試みる不届き者共を……その射抜くような鋭い視線で、片っ端から牽制してくれていた様子で。




「………………うちの妹が、世話になったみたいだな。……感謝する、【星蠍スコルピウス】」


「っ、……いえ。べつに……この程度は」




 綺麗に手入れされたミディアムストレートの黒髪を、後頭部で一つに纏め。

 物静かで冷たさをも感じさせるその顔に、薄っすらと朱を差し口許を緩め。


 ディンが工面し、私が手渡した、小さく無骨な『花』の指輪。

 ペンダント用のチェーンを通されたリングを、さも大切そうに首から提げ。



 魔法少女【スコルピウス・ランプブラック】、長弓と二刀を振るう黄道十二門『星蠍スコルピオ』の少女が……心強い護衛として、娘の側に侍っていた。





…………………………………………





「…………確かに、結構な数を見掛けました。……ちょうどアルファさんが離れてから、ですね。動き始めたのは」


「やっぱりか。……浅慮だったな。感謝する」


「……いえ、私は…………そんな。……ただ睨んでただけですし」


「いや、見知った者が居てくれるのは……その、なんだ、安心感が高いというか。……とにかく、妹が世話になった」


「…………いえ。……私は…………読書を邪魔する奴が、気に喰わないだけで」


「同感だ。……こんな場所で、よくもまぁ」




 あのエモトさんの紹介ということは、普段のエモトさんの行動圏内ということなのであって。

 つまりは……彼女の友人や知人が行動圏を同じくしていても、それはまた至って当然のことなのだろう。


 私達が今回お邪魔した図書館は、魔法少女【星蠍スコルピウス】改めソノダリサさんの行きつけであったらしく。

 普段のように図書館に入り浸り、自習に読書にと余暇を満喫していたところ……非常に目立つ白銀頭が二機ふたり、並んで闊歩していたのだという。


 図書館という場所柄、暫くは静観を決め込んでいたようだが……私が席を離れ、また不届き者達が行動し始めたことで、ディンの側へと場所を移し護衛に転じていたのだという。

 ……助かった。いやまぁ、盗撮されたところで実被害は無いのだが……だからといって、可愛い娘が晒し者にされるのは我慢ならない。



「…………本当に、礼がで良かったのか?」


「良かったもなにも……私はべつに、お礼欲しさに見守ってたわけじゃないですから。……実際、ただ周りにガン飛ばしてただけですし」


「そうか。感謝する」


「…………それに……懐事情、そんなに良くないんでしょう? ……はっきり言わせて頂きますけど、私……アルファさんよりもお金持ってますからね? 多分」


「…………そうだよなぁ」



 お礼と言えるほど大層なものでもないが……資料の調達を終えた私達は場所を移し、図書館四階の喫茶エリアにて一服していた。

 私にとっても、そしてディンにとっても、先日の『ともだちの儀』で顔を合わせ……かつ指輪を贈った相手ということもあり、大変和やかといえる雰囲気であろう。


 ……落ち着いて考えたら、とんでもないことを為出しでかしてたんだな、私達。

 未婚どころか未成年の少女、それも複数人に指輪を贈るとか、これ割と酷い事案なのでは無かろうか。訴えられないように機嫌を取っていくしかあるまい。



 とはいえ彼女達とは、少なくとも今現在は良好な関係を築けている……と思う。

 例の『魔物マモノ』共による被害を軽減するためにも、彼女ら『魔法少女』達との協力は欠かせないわけなのだが。




「………………そんなに楽しいか?」


「それはもう。永遠に見ていられますよ」


「……まぁ、わかる気はするな」


「…………? んゥー……?」



 彼女の視線は私の隣、目をまん丸く見開きながら初めての『クリームソーダ』を堪能しているディンへと向けられており。

 その目元は……ともするとキツめの印象を与えるであろう普段とは似ても似つかぬ、とても優しげなものであった。


 斜向かいからのそんな視線と、すぐ隣から向けられる私の視線。

 二対の『尊いものを眺める視線』に晒されたディンは、これまた可愛らしく小首をかしげ、ぱちぱちと目をしばたたかせている。

 


「気にするな。自分のペースで飲んでいいからな。……気に入ったか?」


「んゥ! ちゅわわわ、ぱちゅちゅ、ワタシ気持ちいい! 感触、所感を共有します!」


「……独特な表現ですねぇ」


「可愛いだろ、うちの妹は」


「最高に可愛いですよ。二人とも」


「そうだろうそうだろう。…………ん?」



 …………まぁいいか。


 どうやら毛嫌いされているわけでは無さそうで、ひとまずは安心といったところだろう。

 彼女達と共同戦線を張り、連携を密に取るためにも……やはり無線電波通信設備は、何としても導入しておきたい。



 母艦に戻ったら……スーの思考も借りながら、本腰入れて解析と改造に取り掛からなければなるまいな。




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