第2話 趣・味・開・拓 2




 ……そう、確かに……前々から思っていたことではあったのだ。



 地表へ降りて、電柱上の端子函クロージャーに金属触手を直で接続して、有線接続タダ乗り放題ホーダイでインターネットを利用するのは。


 まぁ……正直言って面倒だよな、と。




 いや、わかってる。さすがに私だって、一応理解してはいるのだ。

 そもそも先に触れた『タダ乗り放題ホーダイ』プランとて、特定のプロバイダと契約して利用料金を支払っているわけではない。

 言うまでもなくグレーどころかブラック、法的に突っ込まれたら言い逃れのしようがない行為なのだ。


 ……まぁ、実際のところ『インターネット接続』というよりかは、むしろ『擬似的な電子生命体である私が痕跡を消しつつ直接お邪魔している』だけなので、せいぜい『よくわかんない謎の揺らぎ』程度にしか観測されないだろう。

 出入口ゲートとなる電柱を特定されることも無いだろうし、私はそもそも『アクセスされた』形跡さえ遺さない。それこそ海外からの不正アクセスさえ対応しきれていない様子なのだ、足が付くことは恐らく無いだろう。


 それに……たとえ万が一、いや億が一、私の仕業だとバレたところで……督促状が届くハズも無いし、現行犯で捕まることも無い。



 ともあれ話がやや逸れたが……要するに私は『揚星艇キャンプや母艦から無線でインターネットしたい』という、そんなものぐさな欲求を密かながら抱いていたわけで。

 しかしながら技術的な壁に直面し、諦めざるを得ないと悟り、情報収集の必要が生じたらその都度地表へと降りて有線接続していたわけで。


 ……それで済んでいたのだが。




 なんか最近。


 私の気のせいだとは思うんだが。


 転送で地表に降りたら……何処からともなく、めっちゃ無人撮影機ドローン飛んできてる気がするんだよな。不思議なことに。




「かあさま、ワタシ5冊読破、おわりました。返却ならびに資料回収プロセスへと移行します」


「わかった。一人で行けるか?」


「あい! ワタシ、単独処置が可能です!」


「ん……えらいぞ。ヨシヨシ」


「んへへェ~~!」




 そういった経緯もあって、『転送』の使い勝手がやや低くなったこともあり『じゃあもう身投げするしか無いか』と思い詰めていたわけだが……しかしこの愛娘ときたら、以前のフリーフォールをいたく気に入ってしまったらしく、それ以降は(急いでいる場合を除き)今回のような『きもちいこと』をねだられるハメになっているのだ。


 全身で楽しんでいるディンとは異なり、私は未だに股間のあたりが『ヒュン』てするので、正直あまり多用はしたくない手段なのだが。

 しかし……あの子にこうも『おねだり』されると、やはりどうにも弱いのだ。叶えてあげたくなってしまう。



 まぁ、そのあたりは良しとしよう。

 私が多少『ヒュン』する程度でこの子のご機嫌が買えるのなら、安いものだ。




「かあさま、ワタシ帰還しました」


「はい、おかえり。……またゴツいの持ってきたなぁ」


「んへへ~~」




 それで、何だったか……そう、無線通信だ。


 現状として我々の所持する機材では、電波を用いた無線通信経由でネットワークにアクセスすることは不可能だった。

 我々が普段用いている通信手段は、量子テレポートを応用した跳躍通信が主たるものとなっており、当然現代の地球環境では互換性が無い。

 揚星艇キャンプや母艦には単純に『電波を送受信する装置』が備わっておらず、また資料も部品も無い状況で自作するなんて芸当が出来る筈も無く……これまではすっぱりと諦めるしか無かったのだ。




 …………が。



 そんな私の内なる欲望を察したのか、単純に私が『揚星艇ココから無線接続出来ればなぁ』などと溢していたのを耳にしたのか……まあさすがに後者だろうが。

 ともあれウチの可愛くて賢くて妙なところで思い切りの良い娘が、なんとやってくれ(てしまい)ました。



 思い起こせば……あれはそう、件の『親交計画』の第一段階。


 周回軌道上に停泊している母艦スー・デスタより発艦した重戦闘機装【ロウズウェル】が、その進路上に(※要出典)漂っていた『電波を送受信する装置』と接触、(※要出典)制御中枢を破壊した上で鹵獲に成功、そのままゴミデブリを放置するのも危険だからとの(※要出典)から母艦へと持ち帰り、落ち着いたらしようと保管していたのだという。


 いやいやいや、やってくれたわ我が娘は。

 確かにこの装置であれば、遠く遠く離れた地上と電波の送受信を行うことは可能だろう。なにせ家庭用の無線子機なんざ目じゃない高出力と高指向性を誇る、衛星通信用の設備なのだから。



 おわかりのことと思うが……ここでいう『電波を送受信する装置』とは、地上と無線交信するための高精度アンテナおよび高出力の通信機器であって。


 それを備え、かつ『周回軌道上に存在しているモノ』というのは……要するに、地球人類の科学技術の粋を結集して某国が必死の思いで打ち上げた、人工衛星なわけで。



 ……つまるところ、某軍事大国の戦略通信衛星をブン捕ってきたわけだ、このばか娘は!





「……? んぅ?」


「あぁ悪い、気が散ったか?」


「んーん。……んへへぇ、かあさま!」


「…………まったく」




 本当に……可愛い顔して、大変なことをしてくれたものだ。


 結局のところ、一時は大国どうしの殴り合い一歩手前まで緊張感が高まったのだが……例の『日本近海に落着した隕石』によるものだろうとの結論に至ったらしく、表向きは以前の関係性に戻ったようだ。

 まぁ尤も……水面下では引き続き牽制し合っていても可笑しくないし、実際にその『隕石』の処理に当たった我が国の周辺をが嗅ぎ回っていても驚かない。



 だがまぁ実際のところ、私達に火の粉が降りかかることは無いだろう。

 日本国政府は少なからず干渉や牽制を受けているかもしれないが……そこは政治家先生方に手腕を振るって貰えば良いだけだ。


 普段は『魔物マモノ』対策を若者に……いや『魔法少女』達に丸投げして、自分達は高みの見物を決め込んでいるのだ。こと『魔物マモノ』対応に至っては、他国よりも圧倒的にラクしていると言えてしまうだろう。

 だからこそ、こういうときくらい国のために役に立って貰わないと……本格的に存在意義が見いだせなくなってしまう。

 対外交渉に、某国による工作の抑止に、他国との協力関係の構築に……取れる選択肢は数多だろう。



 とはいえ某国とて、そこまで軽率で愚かな真似はしないだろう。


 日本の排他的経済水域内に落下した『隕石』は、どう処理しようと日本国の勝手である。

 ましてや件の『隕石』は、自国に危害を与えようとする意図が明確に見て取れる挙動を取っていたのであり……接近上陸を試みるそれを迎撃することは、専守防衛の理念に何ら反するところは無い。そういうことだ。


 たとえ『自国の人工衛星を破壊した』疑いがある『隕石』だったとしても、だからといって引き渡しや調査を要求するのは無理がある。

 というか実際のところ、調査などそもそもが不可能であろう。くだんの『隕石』こと【ロウズウェル】はあのとき、揚星艇キャンプからの艦砲射撃で跡形もなく霧消したのだ。


 ……なるほど、こういった後々の面倒を予見して、あの子は証拠隠滅に踏み切ったわけか。

 やはり賢いな、さすがうちの娘だ。



 まあともあれ、確かに若干気後れする入手方法ではあったが……私達は晴れて地球規格の『電波を送受信する装置』を入手することができた。

 あとはソレをどうにかして、母艦あるいは揚星艇キャンプ制御回路に組み込んで扱えるようにできれば、私達のクオリティオブライフは爆上がりの見込なのである。



 気になる某国の『お返し』に関しても……まぁ報復の手段そのものがそもそも存在し得ないため、私達に実害は無いと言えよう。

 揚星艇であっても母艦であっても、地球人類の技術力で辿り着けるとは到底思えない。……というかそもそも、現在進行形でその存在さえ気付かれていないだろう。



 ただ、唯一気がかりがあるとすれば……日本国政府にシラを切られた(まぁ実際日本国は何も知らないだろうが)との印象を抱き、思考をこじらせ暴走した某国の末端のが、ウチの娘の大切なお友達にをしないとも限らないので……そこだけは警戒する必要があるだろうか。


 やはり『魔法少女』まわりの実戦型魔法構築システムは、従来型の武力での対処を余儀なくされている他国にとっては魅力的に映るらしく、実際色々と狙われているらしいのだ。

 現状、目立った技術流出が見られないということは、そのあたりのスパイやら工作やらの対策部門は優秀なのだと思いたいが……とはいえ妄執に取り憑かれた狂犬は、いったい何を為出しでかすか判らない。私達のほうでも気にしておくようにしよう。



 ……うん、うちの子が悲しむものな。


 もしあの子達に何かあれば、悲しむだろうからな。それは避けねばならないだろう。





(…………ぉ? 『人工衛星の通信手段』だと? まさにについて調べたいと思ってるわけで……いや、思った以上のじゃないか。借りられないのが悔やまれる)



 そうこうしている間に、思っていた以上の成果へと辿り着くことができた。

 ただ惜しむべくはこちらの書籍、貸出そのものは可能なのだが我々に借用の権利が無いわけで、つまりは持ち出すことが出来ない。


 ……もちろん、私の視覚経由で画像データとして盗撮することも出来てしまうのだが……前世で培った習性としてあからさまな犯罪行為には抵抗がある。

 加えて『作業しながら』『保存された画像データを呼び出す』という並列動作は、意外と手間なのだ。手元に置いておける資料を得られるのなら、それに越したことは無い。


 実際のところ、望みはまだ残っているのだ。先程通過した図書館入口のカウンター付近、そこには業務用サイズの大型複合機が設置されていた。

 つまりは『常識の範囲内での』コピーが赦されているわけで……お目当ての数ページを複写する分には、咎められることは無い。




「…………ディン、私ちょっと離れるから……ここで待てるか?」


「んぅ。ダイジョブ、肯定します。ワタシは読書行為による情報収集、好調と判断します」


「いい子だ。そんな時間掛かんないと思うから……大人しく、いい子で待ってるんだぞ」


「あいっ」




 私がこの場を離れている間、私はディンから目を離すこととなるが……しかし言動に反して理知的な行動が取れるこの子であれば、別段心配は要らないだろう。

 ニコニコ笑顔で難解な書物へ向かう彼女に安心し、やはり今日出かけたのは正解だったなと、私は自身を納得させる。


 せっかくの『良い日』を有意義に過ごすためにも……私は取り急ぎ複写を済ませてしまうべく、コピー機を目指しロビーへと足を向けるのだった。




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