第1話 趣・味・開・拓 1




「ま、待て、ディン。……本気か? 本当に、また…………、する気か?」


「ゥ! ワタシ、気持ちいい、希望します!」


「そうかぁーーーー…………」




 惑星地球、日本上空。地表からはおよそ3万メートルもの距離を隔てたここは、宇宙の入り口たる成層圏。

 他の誰にも存在を知られることなく停泊を続けている、異星文明の揚星艇に入り浸るのは……ヒトならざる存在、異星文明製ヒト型アンドロイドである、私とディンの二人だけだ。


 管制思考たるスーを除けば、誰の目に付くこともない閉鎖空間。

 身内以外の誰の目を気にすることなく、気心知れた可愛い娘と(基本的には)平和で穏やかな日々を過ごす場所。


 しかしながら。

 滞在環境はそこまで悪くはない……とは思うものの、とはいえ決して娯楽に充ちているわけでもない。



 そんな環境で、多感な娘が。

 来る日も来る日も幾日もの間、私に付き合わされていれば。



「かあさま、かあさまっ! はやくはやくっ! ワタシ、戦闘態勢万全! 『どうぐ』も準備できました、完了済です! いつでも来てダイジョブ、気持ちいいの行為を待望します!」


「…………今回だけだぞ? まぁどうせ言っても聞かんだろうけどな、お前さんは」


「はい! ワタシ、気持ちいいので行為を好みます!」



 ……そうだな。

 こうしてが利かなくなっても……それは仕方のないことなのかもしれない。








「きゃ~~~~~~~~~~~~!!!」


「ホンットよくキャッキャ楽しめるよなお前さんはァーーーーーー!!」




 異星文明謹製の安全命綱ハーネス、新たに引っ張り出された【クレメンタイン】を握り締めて、平均時速900キロのスリルあふれる空の旅(※垂直)。

 高度3万メートルからのフリーフォール……この無料で何度でも楽しめてしまう絶叫アトラクションをお気に召してしまった娘の、可愛い可愛い『おねだり』に屈する形で。


 本日、私達はこうして……身も凍るようなスリルを味わいながら、地表へ『おでかけ』する形となった。




「かあさまーーーーー!! みてーーーー!! あっちーーー!! ひこーーきーーーーーー!! すごーーーーーい!!」


「はいはいそうだねすごいね!! でも私らいま隠蔽してるから!! 距離もあるから飛行機からは見えないからね!! あとどう考えても私らのほうがすごいからね!!」


「かあさますごーーーーーーい!!」


「ああもう可愛いなぁ本当に!!!」


「きゃ~~~~~~~~~~~~!!!」





 …………あぁ、今日も平和だ。






………………………………………




…………………………




………………





「…………はい、じゃあ確認事項、復唱」


「あい! 作戦名『いい子にする』適応です! 発言行為を極小化、また動作騒音を最小化! おさない、さわがない、みだれない、自己欲求表現を抑制! です!」


「うん…………うん? まぁ概ね合ってるか。よくできました」


「んへェ~~~~!」




 私やこの子の備える『基本知識』は、その殆どが惑星地球の原生知的生命体の死骸から抽出したフォニアルデータストリーム……まぁ要するに『前世の私の魂』からサルベージしたものだ。

 基礎レベルの学習内容や言語、一般常識やヒト種の生態なんかの情報は得ることが出来ても、どこまで行っても『私の魂が持っていた情報』しか得ることが出来ない。


 そのため……私が死んでから五十年程度の出来事や、あと何よりも『年頃の女の子』らしい言動や振る舞いに関しては、別の手段で『常識』をインストールするしかない。



 ……ともなれば、今回はだろう。

 様々な資料を紙媒体で取り揃え、集中してそれらを取り込むことが叶う場所。

 例によってエモトさんより、以前お世話になった書店と並べて紹介して貰った公共施設……ずばり『図書館』である。


 戸籍に紐付く利用者カードを持たない私達が『借りる』ことは不可能ながら……図書館館内において普通に資料を閲覧する限りでは、そこに一切の身分は問われない。

 それこそ現在の私達のように日本国籍を所持していない、たとえば海外在住の旅行者であろうとも、資料の持ち出しを試みたり汚損させたりしない限りは、閲覧に関する制限は無い。




「………………、……!! …………!!」


「……小声なら喋っても良いんだぞ?」


「ぅ……! かあさま、書籍! たくさん!」


「そうだな。好きなだけ読んで良いぞ」


「んぅ〜〜…………!!」




 館内案内図を前に向かうべき場所を吟味したかと思えば、ディンは脇目も振らず(しかし作戦名『いい子にする』を遵守して)書架の間を突き進み……やがて目的地へと到着する。

 そこは幼気な言動の彼女によく似合う、絵本や児童文学の纏められた可愛らしいコーナー……ではなく。


 怜悧な明朝体で『人文・社会学』と刻まれたプレートが掛けられた……非常に、非常に知能指数が高い、玄人向けのコーナーであった。

 ……少なくとも、私には向いてない。




「………………じ、じゃあ…………あのテーブル借りるか。自分で読みたい本を取って、あのテーブルに持ってって……私も本取ってくるから、一緒に読もう」


「あいっ!」


「………………待て待て待て待て。……一度に持ってっていいの、5冊までな。それ以上読みたかったら、一旦全部読んで、返してからだ」


「あいっ!」



 分厚いハードカバーの重たそうな本を何冊も何冊も抜き出し始めたディンに、あわてて『5冊まで』の制限を課す。

 私同様に人間離れした馬力を秘めた彼女は、そこそこの重量を秘めるであろうそれらを軽々と運び……書架の森の中に備えられたテーブルに着いて、ニコニコと表紙を開く。


 非常に知能指数の高い書物にさえ目を瞑れば……それは非常に可愛らしく、ほほえましい光景と言えるだろう。

 『いい子』に読書に励む娘の様子に安心し、私は――ディンの隣の座席をしっかりとキープした上で――自分の知的欲求を充たすための資料を探しに、深い深い書架の森へと出掛けていった。




 今回私が探そうと試みているのは……電気通信、もしくは宇宙工学に類するもの。

 服飾デザインを求めていた前回とは異なり、求めるものズバリな書籍が見つかる可能性は高くないだろうが……うまくいけば、待望の『電波通信』に介入できるかもしれないのだ。やってみるだけの価値はあるだろう。



 …………ま、まぁ……そこへ思い至った経緯はというと……およそ最悪の部類となってしまうのだが。


 あの子が私のためを思って、良かれと思ってやってくれ(てしまっ)たことなのだ。

 こうなってしまったからには仕方ない、幸いに私達の仕業だと露見しバレてはいない。

 幸いにも事態は沈静化の傾向にあるようなので……とりあえず山場は超えたということで、問題ない。



 ならば……うん、前向きに生きるとしよう。






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