第6話 趣・味・開・拓 6



 えー、結論から言うと。


 この度……我らが母艦『スー・デスタ10294』艦内の一区画に、念願のWi-Fi電波が飛びました。



「わぁーーーー!!」


「よーしよしよし。……いい子だなぁお前さんは」


「んへへぇ〜〜!!」




 異星文明製の跳躍通信機構と比較すれば、その性能差はそれこそスマホと糸電話程に大きく乖離しているとはいえ。

 しかしそれでも、地球文明製のスマートフォンに適応した電波通信という点のみで、値千金の価値があるだろう。

 管制思考スー頼みではあったが、イチから制御回路ならびにオペレーティングシステムの構築を完了させ……我々はとうとう、地表の通信基地と接続を確立するに至ったのだ。



 なお……地上側の送受信設備に関しては、うちの愛娘がまたしてもやってくれました。

 仔細は怖すぎてうろ覚えだが、確か『母艦スーのアンテナを日本国が所有している人工衛星の一つであると誤認させ、地上局のコンピューターをうまいこと騙して記録には残さない感じで、ひっそりと遣り取りさせている』とかなんとか……そんなとんでもないことを言っていたような気がする。


 どうやら私同様、擬似的な電子生命体であることを活かし……早い話が電波経由で、地上基地局にハッキングを仕掛けたということだろう。ヤバすぎる。

 それって要するに……電波(に乗せられた疑似電子生命体わたしたちの末端意識)が届き、それを受信してしまえる範囲であれば、あらゆる事象を好き放題ホーダイできてしまう……ということに他ならないのではないか。なんだそのプラン怖。


 私の意を汲み、してほしいことをしてくれるのは非常に助かるのだが……この子の行く末を考えると、なんだか末恐ろしいものを感じてしまう。

 この子がやりすぎた場合は、すぐに『めっ』てできるように……私がずーっと見ていてやらんとな。




 ともあれ、これで『地上から母艦』への電波通信は……まぁ、取り敢えず確立できた。


 そこに加えて、先日量販店で調達しておいた家庭用Wi-Fiルーターを、母艦発令所ブリッジ内の情報管轄区へと(外科手術を経て)設置。

 よって『母艦から我々のスマホ』までの通信環境が整い……つまりはこれで、晴れて『地上から我々のスマホ』までの通信経路構築に成功したわけだ。




「かあさま、かあさまっ! ワタシ、すまほ確認を希望します!」


「あー、えー…………うん。そうだな」



 恐る恐る画面を確認してみると……そこには危惧していた程の新着メッセージ通知は溜まっておらず、件の連絡ルームにおいても業務的な投稿がされている限りである。


 どうやらあの二人をはじめ、比較的良識ある子たちが根回しを頑張ってくれたようで、申請の嵐以降は静かなものだ。

 なんでも『アルファ宛の私的なメッセージの送信』を控えるようにと、釘を刺してくれていたらしい。


 やはりみんな根は真面目な、人々のためにと我が身を捧げるような『良い子』たちなのだろう。

 先輩達からの指示を律儀に守り、私が嫌がるようなことを避けるようにと、距離感を保って節度ある行動を心掛けてくれている。


 ……そういう『良い子』たちだからこそ、私らは守りたいと思えるんだよな。



 ともあれ、そんな微笑ましい彼女らとも、これでいつでも連絡が取れるわけだ。

 画面右上に表示された表記にはWi-Fi電波経由で通信が確立されていることを示すアイコンが表示され、試しにインターネットブラウザを開いてみれば……まぁお世辞にも『高速』とは言い難いが、許容できる程度の速さで検索エンジンが表示される。



「んゥー! でんぱ、すまほ接続による更新を確認しました!」


「……そうみたいだな。良かった」



 とりあえずは……電波の受信そのものに、問題は無さそうだ。

 これで今後は『緊急連絡』とやらも受けることができるだろうし、対応の幅が広がることだろう。



 ……まぁ、尤も。

 昨今の状況を見る限り……『私が出ないほうが良い』というパターンも、あながち無いとは言い切れない状況なわけなのだが。




「かあさま、かあさま。ワタシ、すまほ貸与を希望します」


「ん? あぁ……はい。どうぞ」


「ゥ! ありがとう!」




 思い起こすのは先日の一幕、ディンと海鷂魚エイ型『変異種』が交戦した際のこと。

 魔物マモノの現出を予知できた私達は、予測地点である河川へと『転送』にて急行したわけなのだが。


 ただでさえ危険が伴う『魔物マモノ』駆除の現場、しかも推定深度Ⅳ相当の『変異種』相手という状況であるにもかかわらず。

 私達の『転送』先へと……発光を目撃したであろう人々がどんどん集まってきてしまうという、非常に厄介な事態へと発展してしまったのだ。



 幸いなことに、今回現出した魔物マモノは水棲系の性質を備えた『変異種』であり、川から大っぴらに出てくることは無かったが。

 これが例えば鳥類を模したものであったり、普通の陸上生物型であったり……最悪なパターンとしては、機動力の高い四足獣型なんかであった場合、多くの被害が生じるだろうことは想像に難くない。


 ……これまで極力姿を隠してきたことが、完全に裏目に出てしまった形であろう。

 危険を冒してでもカメラに収めたい、それ程までに稀少なモノ。……今現在の私達の評価とは、概ねそんなところであるらしい。



 これでは、全く……どう動けば良いのやら。




「かあさま、かあさま。リサおねえちゃん所在、図書館にあるを確認しました!」


「ん? あぁ、そうか」


「ゥ! ワタシ、リサおねえちゃん! お願いあるを所持していますので、図書館いってきます!」


「ん、わかっ…………ん? リサ……【星蠍スコルピウス】か!」


「あい! ワタシ、相談事を所持しています!」



 ……そうだ。なにも私達だけで……この時代の一般常識に欠けるモノ達だけで、解決策を考える必要は無いのだ。


 私が魔法少女らの危機を見逃せないのと同様に……彼女たちもまた、私の苦悩を解決する手助けになりたいと思っているのだと。

 生真面目で、まっすぐで、ひときわ強い責任感を備えた彼女たちは……そう言っていた。



 ならば……お言葉に甘えてみても、良いのかもしれない。

 ディンの『相談事』に乗っかるようだが、私も『相談』してみても良いかもしれない。

 他でもないソノダさんであれば……前回の図書館でのことも把握していることだし、安心して事情を打ち明けられそうだ。




「……ディン、今から行くのか?」


「あい! リサおねえちゃん、図書館行く予定します!」


「わかった。…………私も行く」


「……!!! っ、かあさま、かあさま!」


「ホラホラ、落ち着け。…………そんなに嬉しいか?」


「はい! ワタシ、歓喜します! かあさまとお出かけ! いっしょします!」


「…………そうか」




 早くもスマホを使いこなし、ソノダリサさんと連絡を取り、自らの意志で『相談事』を打ち明けるとの判断を下した……賢く可愛い私の娘。

 この子が心から安心して、のびのびと出掛けられるように。……その環境を整えてやることが、私のやるべきことだろう。


 それに。私と一緒にお出かけすることを、こんなにも喜んでくれているのだ。

 そこは単純に嬉しいし、悪い気はしない。





「かあさま、かあさま! ワタシ『どうぐ』用意の支度は完了です!」


「えっ?」


「ワタシ、気持ちいいの準備は出来ました! かあさま、はやくっ、はやくっ!」


「あっ、」


「ワタシ、歓喜、嬉しい所感を共有します!」


「………………うん、そうだな」









「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


「いいなディン!!!! 絶ッッッ対にスマホ落とすなよ!?!? 落としたら拾いに行けないからな!!?!?」


「ダイジョブ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


「おっっま!? はしたない! 何してるの! そんなトコ見せつけるんじゃありません!! ……いやなんてトコに仕舞ってんの!?!?」


「かあさまには無いトコ〜〜〜〜〜〜!!」


「はーーーー!? これ見よがしに谷間を見せつけるんじゃありません!! 私は別に悔しくないが!! ぜんっぜん悔しくはないけど『お仕置き』が必要なようだな!!!」


「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」






 時速900kmの自由落下中とは思えぬほどに、それはそれは気の抜けた遣り取り。……どうやらも、だんだんと慣れてきてしまっているようだ。


 本当にこの娘ときたら、何がそんなに嬉しいのやら……このアトラクションを相当お気に召してしまったらしい。



 そんな嬉しそうに騒がれてしまったら。

 ……断るなんて、出来なくなってしまうじゃないか。


 


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