或る女魔術師達の悩み
おめがじょん
或る女魔術師達の悩み
「眼鏡かけてると真面目そうに見えて良いよね」
大学近くのファミレスで千ヶ崎真央がそう言うと、西園寺美鈴はカレーを食べながら「そうですか?」と訝しげな返事をした。 真央と美鈴は偶にこうして学校終わりに会うと、揃ってファミレスに行く事が最近多くなってきていた。
「あたしもあまり目が良くないんだけどさ。ほら、空とかよく飛ぶから眼鏡したくてもすぐ落ちちゃって危ないからコンタクトなんだよね」
ああ、と納得する。千ヶ崎真央はよく空を飛んでいる。
彼女の扱う天候魔術は風を自在に操って飛ぶ事ができるのだ。
通常魔術でも空は飛べるがあまりに制御が難しく、魔力消費も激しいので研究が進んでいないのが実情だ。現実的に空を自在に飛べるのは風を操る血継魔術か真央のような天候魔術の使い手ぐらいであった。
「血継魔術も便利だけど、結構制約もかかるんだよね。スカートなんか滅多に履けないもん」
「丸見えになっちゃいますからね。しかし、こういう話も新鮮ですね。皆さんも私みたいに魔術の悩みがあるとは知りませんでした」
「えっ? 美鈴ちゃんにもあるの? 狂化だっけ? 鬼みたいな体になっても別に支障なさそうだけど」
「意外とありますよ。服によっては体が膨張した時に裂けますし、それに見て下さいよこれ」
美鈴がぺらりとTシャツを軽くめくった。見事に割れた腹筋がそこにはあった。
アスリートのような鍛え抜かれた体だ。真央はカッコイイと素直に思ったが美鈴はそうではないようである。
「色気が皆無です。血継魔術を使ってなくても肉体が狂化状態に耐えれるようになっちゃうんですよ。どれだけ食べてもこんな感じです」
ここまでマッチョなのも考え物かもしれない、と確かに真央も思った。
自分の理想のスタイルというものが真央にもあるが、流石に美鈴程の鍛え抜かれたのは求めていない。
「おお……。確かにそれはちょっと困るかも。言われないと気がつかないもんだね」
「ええ。私も天候魔術ってとても便利だなって思ってたんですけど、確かに眼鏡とか危ないですよね」
「うん。──っていうか今気づいたんだけど一つ聞いて良い?」
「ええ、どうぞ」
「肉体が強化されてるのに、美鈴ちゃんって眼鏡かけてるんだね。そこは強化されないんだ?」
真央の疑問に美鈴が黙った。もしかして触れてはいけない所だったかと不安になってくる。しばしの静寂の後、美鈴は俯きながら声を出した。
「いえ……。私、やはりというか視力悪くないんですよ。両目とも2.0以上あります。これは伊達です」
「えぇ……。じゃあ、何で眼鏡かけてるの?」
尤もな疑問に美鈴はしばし俯いた後、周囲を伺う。
昼時を過ぎているのであまり人は居ない。知り合いの先輩や同級生達も居なさそうだった。それを確認した後、美鈴は顔を耳まで真っ赤にしながら眼鏡を外した。
「──私、眼鏡外すと顔が凄く薄いんですよ」
眼鏡を外した美鈴の顔は確かに特徴がなくなっていた。
街で会ったら絶対に気が付かない程の変わりようである。
ハイブランドのフレームに特徴のある眼鏡をかけている理由がこれ以上なくよくわかった。
「……ごめんね。変な事聞いて」
「いえ……。事実なので」
魔術の悩みかと思いきや、自分の顔へのコンプレックスだとは思わなかった。
真央は気まずさをどこかにおいやる為に店員を呼ぶインターホンを押した。
「美鈴ちゃん。パンケーキ食べる? 今日はあたしが奢っちゃうぞ」
「いいんですか? では、折角なのでいただきます。ここのパンケーキ美味しいんですよ。昨日も、山崎先輩達に奢って貰いましてね」
美鈴は流星寮の面々にとても可愛がられているのは真央も薄々気づいていた。
流星寮のあのハイカロリー料理を難なく食し、連日のパンケーキでもあの体つきである。自分がこれを消化する為に夜どれだけ走らなくてならないのかを考えると嫌になるが今更辞められない。こういうギャップがこの子の可愛いとこなんだよなーなんて思いながら、真央は店員にパンケーキを二つ注文した。
或る女魔術師達の悩み おめがじょん @jyonnorz
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