濁流の流れ

先程の張り詰めた空気とは一転して、綺麗に整えられた部屋に案内された私は、金髪の男性に渡された様々な種類の紅茶が描かれたメニュー表を眺めていた。

「お客様。遠慮なく仰って下さいね!菓子などもご用意できますので!」

「そうね…ダージリンでお願いしようかしら。ファーストフラッシュが好ましい。菓子の種類は問わないわ。」

メニュー表を閉じ、腕を組んで毅然と振る舞う。本当はこんな厚かましい態度したくはないけれど、先程の大男の様に舐められては困る。

「畏まりました!すぐご用意致しますので少々お待ち下さいませ!」

嫌な顔1つせずにっこり笑った金髪の男性は手をひらりと回して一礼して去っていく。

ハンティング専門店にも、こんな空間があるのね…店内で緩やかに流れるBGMが微かに聞こえてくる。…ここの音は殆ど店内には聞こえないみたいね。


暫くすると、金髪の男性がティーポッド一式と菓子が盛られたティースタンドを持って部屋に入って来る。ふわりとダージリン特有のすっきりした甘い匂いが部屋に広がる。


「お待たせ致しました!当店が御贔屓にしている紅茶店の人気商品になります!

お客様のお口に合うのではと思い、ご用意させていただきました!」

金髪の男性はニコニコしながら、楽しそうにティーセットの準備を進めていく。

ティーカップにゆっくり注がれていく夕焼け色の美しい紅茶は、爽やかな香りを立ち昇らせ、その匂いにより自身の緊張が少し解れていく感覚がする。

「…あら。北諸国では有名な”ホワイトスノー”の茶葉かしら・・?匂いに覚えがあるわ。」

私の家では小さいころから出されてきた紅茶だ。上品な味わいと甘さが好きでよく飲んできた一品であった。

「ご名答!流石お客様!他のVIPのお客様とは一味違うとは思っておりましたが、匂いだけで

店舗まで当てるなんて!いやいや、感激致しました!」

そう口を沢山動かしながら彼は丁寧にティーセットの準備を進めていく。

「貴方、私が北諸国出身だってわかっていたでしょう?一々持ち上げなくて結構よ。」

嫌な態度で突き返してみると、なんとも大げさな動作で落ち込み始めた。

「いや~手厳しい!仰られる通りでございます!北諸国フラルタリア大国の重鎮、ラトバンス=ミランジュ侯爵御令嬢、セリアーヌ=ミランジュ様。」

礼儀正しく一礼した彼は、金色に光る好奇心に満ちた瞳を私に向けた。


「ご丁寧に有難う。この店に縁もゆかりも無さそうなお嬢様の事なんてご存じないのかと思っていたわ。」

挨拶した彼が向かいの椅子に腰掛け、顔の前で手を組んでにこやかな表情を浮かべる。

「商売柄、"友人"は多い方が良いのでね!とは言えお名前を知っている程度で御座います故、今回の御来店目的等は全く存じておりません…」

やれやれと手を振り、首をがくんと落とす素振りをする。大袈裟な反応ね…と思いつつ暖かい紅茶を口に含む。

「では、改めまして…先程は当店の従業員が大変な御無礼を失礼致しました。お怪我の加減は如何でしょうか…?手当は必要無いと仰られておりましたが…」

そう言った彼の視線は、先程自ら宝石を剥がし窪んだ手の甲に向く。肌はまだ固まらず柔らかい地肌が見えている。

「問題ないわ。これは怪我では無いの。…それより其方の従業員の手当を先にしても良いのよ?」

「とんでもない!彼に手当は必要ありませんよ!!血が通っていないで有名なので…!」

金髪の男性はテーブルに身を乗り出し、コソコソと耳打ちしつつ扉の向こうに見える大柄な男性を指さす。

「…?問題無いのなら良いのだけれど。」


ニコニコと表情を浮かべながら席に着いた彼は、上着のポケットから金で出来た眩しい名刺入れを取り出し、綺麗な装飾が施された名刺を差し出す。

「ご挨拶が大変遅くなってしまい申し訳ございません!ワタシは”ハンティング用品専門店 Fundo do rio"のオーナーを務めております、ガリンペイロと申します!以後お見知りおきを!」

ガリンペイロ・・・彼は私の父の名を知っていたけれど、私は彼のことを知らない。父と面識が…?

いや、今は深く考えないようにしなければ。彼の視線が見ている先が、読めない。

目がこんなにも合っているはずだというのにまるで腹の中を覗かれているかのようでとても気持ち悪い。

「有難う。折角だから其方の従業員の方も御紹介して頂いても?」

「ええもちろん!彼は当店のガンスミス、マデラフロタンテと申します!先程の様に口も愛想も悪い男ですが、腕は確かでございます!ワタシが知る限り、この業界において銃の扱いで彼の右に出る者は居ないでしょう!」

ほんの少しだけでも、彼と対峙してかなりの手練れだといううことは理解したが、銃の扱いに

長けているのね・・・要注意だわ。


「以上2名により当店は運営させていただいております!ワタシは外商なんかで外へ出ていることがありますが、マデラ君は常在している事が多いので、是非とも困った時はお声がけ下さいね!」

テーブル脇に置かれている小棚から、『Found do rio』のことが書かれたチラシを取り出したガリンペイロは、同じ棚に収納されていた黒い封筒の中に綺麗に折ってから入れてくれた。

「ご丁寧にどうも有難う。ここはあくまで”ハンティング用品店”・・・なのね。じゃあ、奥のショーケースに格納されていた”銃”は模造品か何かかしら?」

「いいえ?当店に置かせていただいている品々は全て本物の”銃器”にございます!銃器ライセンスが必要になったのがその証拠、こちらの説明不足によって不快な気持ちにさせてしまい大変申し訳ございませんでした…当店で販売させて頂いている商品のご購入時には銃器ライセンスのご呈示をお願いしております!」

またまた小棚の引き出しから取り出したのは「gun license」と描かれたカード。カードの右下にはサンプルという文字が黒い文字で記載されていた。


「成程…。こちらも無知でごめんなさい。銃の購入はまたの機会にさせて頂くわね。」

カードを持ち上げ、表裏を眺めていく。これを丁寧に説明してくれる辺り、ここは情報収集の場としては少し信用しても問題は無い…かしら。


「いえいえ!とんでもない!こちらこそお客様がお探しのものをご用意出来ておらず申し訳ございませんでした…宜しければ次回来店された際に迅速に対応出来るよう、お求めの品を具体的にお伺いしても宜しいでしょうか?」

胸ポケットからメモを取りだしたガリンペイロは、身につけていたサングラスを頭にかけ聞く体勢を取る。

まだ完全に信用はしていないが、従業員マデラフロタンテに見せた内容迄は聞いても問題無いと判断した私は、懐にしまっていた羊皮紙のメモ書きをテーブルに広げる。

「…じゃあお願いしようかしら。この紙に描かれた内容の物を探しているわ。従業員の方によると、もう取り扱いはしてないと聞いたけれど。」

「ほう…ほう……。」

ガリンペイロは紙を見て興味深そうにペンを走らせつつ凝視している。

「成程成程!把握致しました!ふむ…こちらの製品、何処かで目にした気がするンですが~…はて、どこの"お得意様"だったか…」


「どこにあったの!?!」


思わず、テーブルに激しく手をついて声を荒らげてしまう。ガリンペイロが呆気に取られた顔をして固まっていた。

「あ………ごめんなさい。…少し、事情があって探してる物なの。驚かせてしまったわね。」

血の気が引いて少し震える手をぎゅっと握って、椅子に座り直す。落ち着いて、落ち着け…。

やっと"道"を見つけたのよ。今機会を失うわけにはいかない。

「……何かのっぴきならない事情がありそうで…

とは言え、ウチは"ハンティング用品専門店"なので、戦争銃器として扱われてた品物は取り扱っておりません。少ォ~し、お探しの製品の名前を耳にした程度の情報ですので……」

サングラスをかけ直し腕を組みながら話す彼は、耳だけで聞けば残念そうな声色をしているが、

目はニヤリと笑っている様に見える。


「……お幾らかしら。」

「おや!!滅相もございません!信憑性の欠片も無いこんな情報に、お客様の財布を開けさせるワケにはいきません!!」

と、大袈裟な身振り手振りをしながら言ってはいるものの。私には分かる。

長年見てきた、私と目が合っているのに"宝石"に向けられる視線。完璧に狙っている訳では無さそうだけど、微かにそれを感じ取れる。


「ごちゃごちゃと五月蝿い。私が情報に対して対価を支払うと言っているの。答えなさい。」

そう言って、間抜けに隙を見せているガリンペイロのネクタイを引っ張る。目を大きく見開き、両手を上げて彼は固まる。

「……おやおや…マデラくんの言う通り、なんとも手強い。ワタシはつくづく運が良いのか悪いのか分からなくなる時がありますねェ…」


「200。御用意頂ければ確実な情報をお教えしましょう!それと、是非ともウチのお得意様になって頂ければ、なんて!」

上げた手を「2」と変え、ニタリと口の端を上げる。

「分かったわ。毎日通ってあげる。

貴方達のこと気に入ったわ。これからも仲良くして下さるわよね?」


ここから始まるのは

濁流を強く泳ぐ2人の魚人と、脆く弱い宝石のお姫様が世界の闇と向き合うお話。

大きく輝く百貨店の片隅で、誰も知らない戦いが始まる。

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