キトリニタス百貨店 ペイセリ
おさでん
邂逅
私は、宝石だ。
そこに存在するだけで価値があり、老若男女問わずその魅力に誰もが目を輝かせる。
子供の頃に発現したこの体質は、世界の誰もが幸せになる素敵な物なんだと信じて疑わなかった。
私が宝石を渡せば皆笑顔になっていたでしょう?お父様もお母様も、私のことが大好きでしょう?
でも気づいてしまったの。
世界に幸せをもたらしていたのは、私じゃなくて
私から出ていた"宝石"のようで。
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今日も色彩豊かな店達が活気を見せるキトリニタス百貨店。
いつもは甘味を求めに足を運ぶ百貨店だが、ずっと待ち望んでいた噂を耳にし5階へと足を踏み入れる。
目的の店はハンティング用品専門店「Fundo do rio」ここになら、この百貨店に通い始めた"目的"を果たせるかもしれない。
「ここね…。」
目的の店は階の中では奥の方で、扉の前から異質な空気が流れていた。なにより扉が大きい。2m以上はあるだろうか?この百貨店は様々な特徴を持つ人種が多く来店する事から、各店舗の扉は大体大きく作られてはいるものの、雰囲気も相まってとても仰々しい見た目だ。
ただでさえ目立つ見た目なので、目的の為あまり目立たない様に着ていたローブを少し正して、重い扉をゆっくりと開けた。
カロンカロン、と扉上部に付いているドアベルが軽快に音を鳴らす。入ると同時に何と例えればいいか分からない、鼻にツンとくる変わった匂いが私を包んだ。
開店と同時に入った為百貨店への客の入りもまだ少なかったとは言え、店の中には他の客はいないようだった。
入口付近にはキャンプ用品にサバイバルグッズ。それ専用の衣服など、他の店舗には無いようなテイストの商品が陳列されていた。
私自身もキャンプや狩りに多少なりとも興味はあったが、家の方針上で身の安全が完璧に保証されない趣味は禁止されていたので、見た事ないような目新しい品に思わず目移りしてしまう。
でも…私が探している物とは違う。
奥側を見ると、段々と薄暗くなっている空間が続いていた。生唾を飲み込み、ゆっくりと歩を進める。
「おや!これはこれは!いらっしゃいませ!」
急にかけられた声に思わず反応し縦に揺れる。
店員がいるなんて当たり前なのに…恥ずかしい…
振り向くとそこには大きな口でにっこりと笑う金髪の男性が立っていた。背丈は私と変わらないぐらいで、怪しげなサングラスが不安そうな私の顔を写していた。
「いや~!開店早々ドアベルが聞こえるなんてオープン初日以来始めてて御座いましたので思わず従業員かと…!どうぞごゆるりとご覧下さいませ!」
身振り手振りが大きく大袈裟に表情を動かしながら経緯を話す彼は、手をひらりと回し一礼する。
…元気な殿方だわ。
「…ええ。ご案内有難う。ゆっくり見させて頂くわね。」
そう言って軽く礼をする。店の雰囲気的にもっと大きくて怖い方が居ると思っていた私は、少しだけ緊張が解れる。私が驚いていたのを感じ取ったのか、金髪の店員は奥の方へとすぐに消えて行った。
「…ご挨拶もろくに出来なかった…しっかりしなければ。」
自分の頬を軽く叩いて、未だ鳴り止まぬ心臓の音を落ち着かせつつ私も奥へと進んで行った。
奥に行くへつれて、陳列されていた商品の雰囲気が変わっていく。
「サバイバルナイフに…双眼鏡…解体用セット…?見た事ない代物ばかりだわ。」
どんどん物騒になっていく陳列棚はショーケースに変わっていき、扱いを間違えると怪我をしそうな用品がぎっしりと飾られている。
しばらく見回っていると、一段と厳重に保護されたショーケースが並ぶ空間に出る。
「…!これだわ。」
目の前に拡がるのは、様々な種類の"銃"
丁寧な装飾が施された小口径のピストルもあれば、無骨に黒光りした大きい機関銃まで。あまりの数の多さに思わずたじろぐ
「おや。珍しいお客人だこと。」
低く、耳に深く響くような声がショーケースの間から聞こえてくる。先程不意に声をかけられた時よりは驚かなかったが、冷や汗がじわりと首筋を流れる。
コツ、コツ。とゆっくり近づく足音に身構えていると、大きな大きな黒い影が私の体をすっぽりと覆ってしまった。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しで?」
あまりにも威圧のあるその体躯に空いた口が塞がらなくなってしまった。表情は深緑色の髪で隠れ殆ど分からないが、私を見下ろした角度の所為か怪しげな瞳がこちらを覗いていた。
な、何か返答しなくては…
「え、ええ…少し探している"銃"が…」
「ほう?貴方様も"狩猟"を嗜まれておられるのですか。弥速、麗しい見た目に反して良い趣味をお持ちで。」
そう呟きながら彼はゆっくり歩き、並んだショーケースの間に設置されている作業机の様なものに腰掛ける。大きく椅子が軋む音が空間に響いた。
「私狩りには興味は………いえ。そうなの。子供の頃から親が好きでね。」
まだ"目的"は公にはできない。焦っては行けない。改めてぐっと気を引き締める。
「"ミラトゥルー製"の銃はこの店に置いてあるかしら?北部フラルタリア大国が原産の。」
そう言い、ローブのポケットから取り出した羊皮紙のメモ書きを大柄の彼に見せる。
「…………ほう。」
しばらく紙を見つめた彼は、椅子にゆっくりと凭れる。
「……"ミラトゥルー製"の銃は、現在"狩猟用"の流通が禁止されていた筈。それこそ一昔前はよく出回っていたと聞くが。」
男は頬杖をついて羊皮紙をトントンと指さす。
「……『金属に使用されていた"素材"が入手困難になり19○○年に量産不可能となるが、2○○○年に代わりとなる"鉱石"発見により一部にのみ流通へ』ほう…?その様な背景があったとは。……この調査書には、わたしが知らない事ばかりが記されている様だ。」
顎で手を組み興味深そうに記された内容を読む彼は、僅かに上げていた口角を下げて背もたれに凭れ掛かる。
「…大変申し上げにくいのですが、貴方様がお探しになっている銃はここには御用意が無い。ここに置いてある物は基本"狩猟"専用の物が殆どで御座います。」
作業机の右に設置された大きな本棚から、使い込まれた本を何冊か取り出した彼は、バラバラとページを捲り手早く中を確認していく。ピタッととあるページを見て動きを止めた彼は、分厚い本を片手で持ち上げて私に見せる。
「…貴方様が探しているのは、"戦争銃器"に該当する。魔術革命の最中であっても、需要があったのは驚きだが、古い記述には残っている。」
「そう…ここには無い。のね。」
軽く俯いて、ぐるぐると回る頭を整理する。動揺はしない。動揺はしてはいけない。
「…調べて下さってどうも有難う。とても良い店に出会えたわ。…そうね、折角だからなにか購入させて頂こうかしら。…あんな護身用の小さい銃など用意出来るかしら?」
くるりと周りを見渡し、先程目に付いた装飾が施された小さい銃を指差す。
「用意しよう。…その前に。」
座っていた彼はのそりと立ち上がると、壁に貼られたお知らせのような紙を指差す。
「全ての銃器の御購入時にはライセンスの呈示をお願い申し上げています。…ライセンスのご呈示を。」
「…?ライセンス。…ごめんなさい。それはどういった物かしら。」
静かな時間が流れた。
すると大柄な彼は小さく溜息をついた。
「…ライセンスをお持ちで無い方に銃器の販売はしておりません。御足労して頂き大変恐縮ではありますがお引取りを。」
い、いま溜息を付かなかったかしら…?!
「…では、ライセンスを購入したいのだけれど。」
「大変申し上げにくい事に、ライセンスの販売は致しておりません。」
再び静かな時間が流れる。
「……銃器を扱う全ての生物は皆々知っている当然の事だと認識していたが…弥速、世の中わたしの知らない事に満ち満ちている。
ライセンスを取得されてからまたお越し下さい。」
つらつらと出てきた皮肉が私にグサグサと刺さる。な、なんなのこの方は!流石に頭に来た…
「無知な私が全て悪いわ。…でも、何も知ら無いから知りに来たのよ!」
そう言って距離を詰めようと大柄な彼のネクタイに掴みかかろうとした刹那。
手首を瞬時に掴まれる。黒いスーツからすらりと伸びた大きな手は、完璧に私の動きを止める。
「おや。手先まで麗しいとは。目を奪われて力加減を間違えてしまいそうだ。」
そう言って口の端を上げる彼の目が、髪の間からギラリと覗く。
「離して。」
一層その顔に腹が立った私は、手の甲を少し力を入れ宝石を少し剥がす。
剥がれて突き出た切っ先が、彼の手に刺さり、少し力が緩んだ彼の手から素早く逃げた。
「…これはこれは…手痛い仕置だこと。」
「気安くレディの肌に触れると怪我するって、全ての生物の皆々様が知っている当然の知識よ?」
剥がれた宝石をローブのポケットにしまって、強く睨み返す。
「こ、こらーーーーーー!!!!」
ドタドタと飛び込んできたのは先程入り口で挨拶をしてくれた金髪の男性だった。
「ま、マデラくん…!?一体何をしてるんだね!?!?!?!」
私と大柄な男性の間に入りダラダラと汗を流す彼は左右に首を振って慌てふためいている。
「おお、お客様…!うちの従業員が大変な御無礼を失礼致しました…!!お怪我等はございませんでしょうか…!?」
そういった金髪の男性は瞬時に跪き、先程掴まれ宝石が剥がれた方の手を手に取る。
…!?な、何なのかしらこの体勢は…!手を、殿方に取られている…
「…跪くのはやめて。…ええ。元はと言えば私が銃器ライセンスを持ち合わせていなかったのが悪いわ。…少々態度に問題はありそうだけれど。」
他所を見て何も悪びれていなさそうな大柄な男性は、一礼し立ち上がった金髪の男性にげしげしと足を踏まれている。
「そーーーなんですよ…本当に申し訳ございません…。ワタシからも常々指導はしているのですが…マデラくん!いい加減にしてくれたまえ!」
他所を向いていた大柄な男性はゆっくりと首をこちらに向ける。
「…オーナー殿。新しい革手袋の手配を。丈夫な物が良い、何時何処で猛女の怒りを買うか分からないと学ばせて貰ったのでな。」
そう言ってまたもや口の端をゆっくりと上げ、もっとやるか?と言ったような目でこちらを覗く。
「彼の言う通りだわ。オーナー。きっと手袋1枚じゃすぐ穴だらけになってしまうわよ。沢山用意しなきゃ。」
目には見えない閃光が、大柄な男性と私の間に走った。
「マデラくんも…お客様も…仲良くしてーーーーーーーーッッ…………!!!」
episode1「邂逅」 end
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