第5話 目覚めた先は……

 気が付くと、ベッドの上だった。

 生きて……いた?

 一体何があったのか、私は思い出してみる。そうだ、篠宮君を庇って車に撥ねられて、それで……。


 そして、気が付いたら、ここは、病院のベッド? いや、にしても凄い豪華な病院なんですけど。今まで現実でこんな豪華な病院の部屋なんて見たことがない。

 すべて夢、だったのかしら。確かにあれだけ可愛い後輩から言い寄られるなんて、私に限ってそんなことがある筈ない。

 天井に下がっているのは円形で金色のチェーンや曲線の装飾がついたシャンデリアである。そしてそのシャンデリアが吊るされている天井にもまた、西洋の神殿の様な煌びやかで複雑なレリーフが施されている。このベッドもふかふかを通り越して、ふっかふかだもの。ふっかふかの、ふわんふわん、だわ。

 これが病院? 超豪華な病院だったらこれくらいあるのかしら。

 どこかの企業の社長や令嬢様なんかが入院する為の、セレブ病院? 事故にあった私を受け入れてくれる病院がここしかなくて、更に病室も個室しかなくて、仕方なく……って感じ? え、入院費用、払えないって。


 ――早く退院しないと! 私、何日寝てたのかしら!!


 慌てて起き上がろうとした所で、可愛らしい声が私の耳を撫でる。


「お目覚めですか、姫様。流石に馬を三日も駆ければお疲れでしょうね。深夜に帝国から荷物を乗せた馬車がつきましたので部屋に運んでおきましたよ。でも私は驚きました。姫様はこの王国が用意した、どんな危険があるかも分からない新居ですっかりお休みになられてしまわれまして。用心深い姫様にしてはかなり珍しいことですよね」

 長台詞。色々な単語が耳に引っかかってしまい、あまりまともに内容を理解したとは思えない。だから、私は目の前の人物に、こう尋ねることしか出来なかった。

「ええと、あなたは?」

 そう、私の目の前に立っているのは看護師さんではなかった。

「ザ・メイド」といった、ゴシック風な、レースにフリルのついた黒い服を着た、赤髪を三つ編みにした女性に尋ねる。女性、だとは思うが、正直な見た目は少女に近い。

 もの凄い美少女である。

「ええ!? 私のことをお忘れですか? 姫様に幼いころから仕えている、姉妹の様に育ったというのに……」

 そう、私は彼女のことを知っていた。私のことを「姫様」と呼ぶ彼女。知り合い、という意味ではなく。

 いや、知り合いとしての記憶も、ある。そこが妙に混在していて複雑なんだけど。

 だから、手っ取り早く、答え合わせの為に、試しに彼女の名前を呼んでみるのだった。


「セバス、チャンヌ?」


「はい、その通りです姫様」


 そう言って、セバスチャンヌはニッコリと笑ってスカートの端を持ち、実に可愛らしく首を傾けてみせた。

 正解だったのだけれど、喜んでいる場合じゃない。え? 目の前にセバスチャンヌがいる? セバスチャンヌって言ったら、あの?


「セバスチャンヌ……セバスチャンヌ? え? セバスチャンヌって、セバスチャンヌ? え? あのセバスチャンヌ? セバスチャンヌ・ガリレオ・ソシオンヌ? 元はソシオンヌ侯爵令嬢で、幼馴染で学友だった。だけど、卒業後に専属メイドとして屋敷に居ついた?」

「ええ、その通りですよ。『貴族崩れの変わり者』セバスチャンヌですよ、お嬢様?」


 姫様呼びとお嬢様呼びを使い分けるこの細かな設定。やはり、セバスチャンヌなんだ。それなら私は、誰なのか。決まっている。彼女が「姫様」「お嬢様」と呼ぶ人物は一人しかいない。

 決まっているんだけど、だけど……!!


「それなら、私は?」

 答えを他者に委ねたくて、おそるおそる、聞いてしまった。

 私の質問に、セバスチャンヌは、はあとため息を吐く。

「まったく、流石の魔眼の戦姫も、ほんの少し戦場から離れていると衰えてしまうんですかねぇ」

「魔眼の戦姫……」  


「そちらにいらっしゃいますよ。鏡をご覧になられたら直ぐに会えますから。さあ、今すぐお会いして下さい。私の愛しいプリンセス」


 そのなんとも芝居がかった言葉を合図に私は、大きなベッドを弾かれた様に飛び降り、これまたフカフカで煌びやかな刺繍が施された鬼デカ絨毯を踏み分けて進み、その先にある宝石が散りばめられた艶のある木材で作られた、ど派手で間違いなく高価な鏡台を開ける。




「………………ああ」




 そして、そこに映ったものを見た、私の口から、思わず溜息が漏れる。



 鏡の前に映るのは、目が覚める程の綺麗なシルバーブロンド。翡翠の色に真っ青なブルーを混ぜ合わせた上に透明を縫い合わせたかのように煌めく瞳。ぷっくらとしてキュートでセクシーな唇。水晶の様に美しく、きめ細やかな白い肌。完璧を軽く超えたその容姿に、私は完全に目を奪われてしまう。


「……なんて綺麗なの。美しくて、可愛くて、それでいて……完璧すぎる。なにこの生き物? こんな完璧な生き物が、この世に存在するものなの?」

「その意見には同意しますけど、自分で自分のことそんなに自賛されましたっけ? 姫様」


 私はそれから十数分、鏡の中の人物(まあ、自分自身なのだけれど)を見つめ続けながら賛辞の言葉を呟き続けた。

「あの、お嬢様? 大丈夫ですか?」

「え。ええ…………私は、ヴィオランテ。ヴィオランテ・マーガレット・グランセイバー……」


 確信した。


 私は今『ロンリネスプリンセス』の世界の中にいて、そして主人公のヴィオランテになっている、ということ。

 それは間違いない。見間違いようのない事実が目の前、鏡の中に存在する。

 つまり、ここはゲームの中、ということだろうか。


 これは、巷で流行りの「ゲーム内転生」ということで、よろしいでしょうか、神様?

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