第33話 高校からの通勤中、職場の高校生に転ばされた。でも。。。

4月は、半ば過ぎになっても忙しい状況は変わらず、会計の仕事をどう進めたら良いのかわからず、S納局指導課に電話して、会計システムの使い方を聞きまくる日が続いた。


20日ぶりに早く帰ることができた金曜日があった。

学校前の階段を下りて、カーブしている坂を1時間に数回しかないK大岡行きのバスに乗るのに帰り道の下りの坂道を焦って小走りに歩いていた。

前に6人のN谷高校の男子高校生が歩いていた。

みんな、スナック菓子を食べたり、スマホでゲームをしたり、一人がもう一人の背中から飛びついたりして「おい、やめろうよぅ。」と言いながら、だらだら歩いている。

うわー、これじゃあ、バスに乗れない。

細い歩道をだらだら歩いているこの生徒たちをうまくかわして、前側に行きたい。

ぬんは追い抜かそうとして、後ろからの車を確認して、ポンっと車道に降りた。

ちょっと、走った。

下りの坂道なので、加速した。

嫌な予感はした。

駐車禁止のポールがあって急に一人の生徒が片手で車道側にくるっと回った。

「あっ!この人の足に引っかかる。」と思った瞬間。

ぬんの体が空に浮いた。

左足の外側が車道の端にあるコンクリートとアスファルトの間の溝に挟まった。

ビキッと何か切れたような嫌な音が左足の膝から聞こえた。

その次に、ぬんは道路に伏せる形でバタッと倒れた。

「痛っ!」

しばらくは、そのまま伏せた姿勢で体を動かすこともできなかった。


向かい側の歩道を歩いて登ってきた近所の年配の女性がじろじろ見ていた。

1分ぐらいだろうか、ふっと我に返り、

とっさに

「恥ずかしい、早く起きなくっちゃ。」と思った。

頚椎症があるぬんは、力の入らない不自由な左手で体を起こそうとした。

転んだぬんはドクンドクンと動悸がひどく、震えている左手の力では起きられない。

「あっ、無理!」、また倒れた。


一瞬止まって見ていた、高校生も事の次第がわかったらしく、急に声を出し始めた。

「何、やってんの、このおばさん!」

「もがいてるよ、亀みたい。」

「立てないでやんの。」

「俺たち悪くないよね。勝手に○〇(聞き取れなかったが、足を出した男子生徒の名まえだったらしい。)の足にぶつかってきたんだろう。」

(違うじゃない、ぬんをチラ見して、わざと足出してきたよね。)

「バーカ。」

「おい、泣いてるぞ。」

「赤ちゃんじゃないの、ベロベロバー。」

恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいっ!!

転んだから、おばさんと思われたくない。

何とか起きなきゃ。

そうだ、バス、バスに乗らなきゃ。

「あ、おばさん立ち上がったぜ。」

「死んじゃったかと思ったよ。」

「俺の足に引っかけて転ばせたこと、教頭にばれないかな。」

「このおばさん、俺らのこと、知らんだろう。」

「さ、行こーぜ。だれかきてばれる前にさ。」

「そうだな。」

「うん、やばいから早く行こう。」

「事件、事件、○〇、よくやったじゃん。楽しかった。ははは。」

「サツ、呼ばれたら、やばいから、早く行こうぜ。」

今までだらだら歩いていた6人の高校生は、まずいことということに気が付いたらしく、走っていなくなってしまった。


からだ中が、転んだショックで何ともいわれぬ緊張感でぶるぶる震えていた。

具合が悪い心臓もバクバク鳴っていた。

歩道のふちに手をかけ、何とか右足で立ち上がった。

転んだところから普段だったら5分ぐらいのバス停まで、歩道の柵をつかんだりして、よれよれと歩いた。

何分かかったか、わからない。

転んだのが恥ずかしくて、感覚がない足を引きずってバス停まで何とか着いたらしい。

左の膝が四方にぐらぐらしていた。

転んでこすったので、手のひら、肘、膝おまけに頬まですり傷だらけの血だらけだった。

よほどひどい顔つきでいたのだろう、バス停で並んでいた他の人がじろじろと見た。しばらく経って、K大岡駅行きのバスが来た。

順番が来て乗ろうとしたが、なかなか、バスの高い段が登れない。

後ろにいた中年の女性が、「ねえ、まだ?」

「すみません。。。」

ぬんは、やっと小声で言った。

運転手さんが「大丈夫ですか?」と聞いてくれた。

「はい、そこで転んじゃって。大丈夫です。ありがとうございます。」

バスの中は通勤時間で混んでいて、終点のK大岡駅に着くまで、立っていた。

まだ、心臓がドキンドキンしていた。

転んだショックで、痛いとか、そういうことは全く感じず、ぐらぐらの左膝を右足で踏ん張って、かばうだけで精いっぱいだった。

K大岡駅で降りる時、運転手さんが「気を付けてください。」と言ってくれて、降りてきて、手を差し伸べてくれて何とか降りた。

運転手さんは時間の縛りがあったのか、チラッと腕時計見ながら

「大丈夫ですか?」と気にしてくれていた。

「ええ、何とか。ありがとうございます。」

でも、左膝のぐらつきは気にはなったが、あまり痛いとは感じなかった。

ただ、血が出た擦り傷と地面に打ち付けた打撲が痛かった。

いつもなら、5,6分で歩くことができるK浜急行のK大岡駅までの道を20分近くかけて一歩一歩歩いた。

左膝に力が入らず、とうとう歩けなくなって、K大岡駅から、母に電話した。

「ママ、高校生に転ばされた。ケガしちゃった。」

「え、何。転んじゃったの?大丈夫?歩けるの?骨は折れてなさそう?それで、高校生にわざとされたの?」

「足を出されて、その足に引っかかって。下り坂だったから、結構勢いよく転んじゃったの。痛くて歩けないの。K大岡まで迎えに来てくれない?」

「病院、行った方がよさそう?」

「よくわからない。湿布、貼っておけば大丈夫のような気がする。傷だらけだけど。」

「とりあえず、すぐ迎えに行くから、ちょろちょろしないで待ってなさいね。」

「うん。」

待っている時間が数時間に感じた。

あっちこっちが全て痛い。

痛いから、心臓の動悸が止まらない。


まず、頭に浮かんだのが、「異動したばかりで、転んだの?今からバリバリ働いてもらおうと思ったのに。」と事務長とか校長、副校長、教頭に言われたくないなと思われるんじゃないかなということ。

決してそんな人たちではないのに、異動したばかりだったので、そう思ってしまった。

ただでさえ、障害があるせいで昇格しないと上司に言われているのだから、これで、自分の勤務先の高校生に転ばされて、ケガをして、仕事ができなくなってしまったら、何と言われるだろうか。

「障害者だから転んだ」とバカにした言い方で、人事課は言うだろう。

何としてでも、飛ばされたN谷高校から、本庁に戻してもらわなければ。


母が迎えに来た。

「どれ?あーあ、血まみれね。ぶつけたところは青くなっている。あとは?」

「ちょっと膝が変なの。ぐらぐらするの。」

「病院に行った方がよさそう?」

「ううん、今、ベンチで休んでいたら大分良くなった。それに、異動したばかりで、ケガしたの?って言われちゃう。」

(ずっと職場でパワーハラスメントに合い続けたぬんの心は、なぜか周囲の反応ばかり気にするようになっていた。)

「でも、高校生に転ばされたんでしょう。N谷高校の生徒が悪いんじゃないの?

ママは、病院に行ってもいいと思うけど。」

「とりあえず、大丈夫だから。」

迎えに来てくれた母に、ホッとした気持ちと転ばされたときの恐怖とでついつい八つ当たりしてしまった。

母が迎えに来た車に乗ったとき、ぬんの気が抜けた。

これで、何とか家に帰れる。

安心感で涙が出た。

母が「そんなに痛いの?それなら病院の救急で診てもらう?」

「ううん、痛いけど、擦り傷とうちみが痛いけど、とにかく家に帰りたい。」

「あ、そう。」

しかし、その時のぬんの判断が、その後のぬんの運命を変えるとは思わなかった。


家に帰って、傷を消毒して、打ち身には湿布を貼った。

左膝は相変わらず、ぐらぐらして、痛みがあったが、不自由だったが歩くことができたので、湿布を貼り、包帯でしっかり止めた。

次の日の朝は、体中が痛かったが、身体中に湿布を貼って、膝は包帯できっちり巻いて、母に学校まで送ってもらい、事務室にたどり着いた。


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