第31話 障害者ぬんは、とうとうC事部局から追い払われた。

ぎゅうぎゅう詰めのK浜急行に乗った。

はっきり言って、もう何もかもどうでも良かった。

うちの組織 神奈川県、信じていたのに。。。嘘つきばっか。


自宅に帰り、異動のことは母に告げた。

「副主幹にできないんだって。またなの、障害者差別、おまけにN谷高校だってさ。」

「あんなに遅くまで仕事して、心臓が余計ひどくならないかとハラハラしてた。良かったじゃない。学校の方が少しは楽なのでしょう。」

「ママ、そんなもんじゃないのよ。障害があるってバカにされたんだよ。県庁なのに、人権を守ろうとしなかったんだよ。おかしいでしょう。」

「しょうがないじゃない。K奈川県庁の組織の上の人の考え方が、『障害があると仕事ができない。』って思っているんでしょう。上の人がみんなそう思っているなら、ぬんちゃんがいくら言ってみても変わらない。ママのお友達も『あんなに一生懸命仕事しているぬんちゃんを粗雑に扱うなんて、神奈川県庁はダメね。県民として、恥ずかしいわ。』と言っているわ。みんな、そう思っているのよ。でもね、ママは、ぬんちゃんのからだの調子が悪くならない方が大事。」

「ぬん、今日はご飯いらない。もう寝る。」

一人で暗い部屋に閉じこもり、悶々とした。

不思議と涙は出なかった。

「どこまで人権を無視するんだ、うちの組織は。」

夜は長かった。

結局、一睡もしないで日の出を迎えた。


次の日、所属に行くと、鐘木さんが部屋の端に呼んで、

「何で外に出ることを希望したの?」と言った。

「多田課長に騙されたんです。私は、希望していません。S業流通課から出たくないって言ったのに、飛ばされました。N谷高校に。異動するとしてもS業労働局内って約束したのに。副主幹にもするって約束したの、です。」

「何でっ?N谷高校???希望もしていないのに、おかしいだろう。」

多田課長が近づいてきたので、話は中断した。


「霧野さん、僕は今から人事に行ってくるから。何度でも行ってくるよ。霧野さんとの約束があるからね。」

「無駄じゃないですか?どうせぬんの異動なんて、人事にしてみたら屁とも思っていませんよ。N谷(高校)でいいではないですか。人事にとって、私の頑張ってきた実績なんてどうでも良かったんですよ。」

「そんなことないです。霧野さんの実績、人事はわかっていると思いますよ。まだ、あきらめてはダメです。人事だって話せばわかってくれますよ。」

「無駄だと思いますよ。一度異動を決めたら変えないですよ。」

「じゃあ、何のための意向打診ですか?意向を聞くためでしょう。今なら嫌だって言っていいのですよ。嫌だって言ったら、人事が考えることが意向打診っていうのですよ。人事が考えないなら意向打診とは言わない。僕は、動物愛護の前は、J事課にいましたからわかっているつもりです。」

「じゃあ、お願いします。N谷高校ではなく、S業労働局のどこかの課に。」

「はい、わかりました。」

多田課長はニコッと笑って部屋を出て行った。

昼休みを挟んで、多田課長は童顔の顔を曇らせながら、うちの課を出たり、入ったり、何時間もいなかったり繰り返していた。そういう日が3日間続いた。


多田課長は、次第に暗くなっていった。

課の中では、「課長の決裁が溜まっているんだけど、課長、何かあったの?」という話がされていた。

ぬんは、知らん顔をしていた。

多田課長が嘘をついたんだから、困って当然である。

4日目、内示の日の2日前に、多田課長がぬんを呼んだ。

「はっきり言います。。。人事はわかってくれなかった。N谷高校へ異動しかないと言われました。」

「なぜですか?何か私、しましたか?」

ぬんは、ただただ悲しかった。

「はっきり言って、霧野さんは何もしていません。何の落ち度もありません。でも、人事は今からでは動かせないと言いました。」

「仕事上の失敗もない、態度も悪くない、成績も悪くない、なのになぜ?異動でN谷高校に飛ばす、昇格もさせない。やはり、療休を取って通院する、障害者でもある。そこですかね。やはり、障害者差別ですかね。前の課長が言った通りですね。神奈川県を見損ないました。何が「ともに生きる」なんでしょう?

あなた達(障害者)とは生きている世界が違う。『(あなたたち(障害者たち)とは)共に生きていけない』でしょうかね。」

「僕はどうしたらいいのでしょうか。霧野さんに対し、とんでもない過ちをしてしまった。霧野さんが異動したくないって言ったのに、無理やり異動するようにしてしまって。一生懸命、頑張っている霧野さんの足を引っ張ってしまった。どうしたらいいんだろう。」

多田課長はものすごく悔しそうに言った。

「後の祭りじゃないですか?N谷高校には行きますよ。人事ですから。でも、課長、一筆書いてください。今回のことについて、どういう経緯でこうなったのか。紙に書いてください。」

「紙に書く?」

「どうしてこういうことになってしまったか。きちんと紙に残してください。私が下書き書きますよ。」

「わかりました。僕も今回のことは納得がいっていないので、霧野さんが希望するとおり書きますよ。」

次の日、多田課長は、S業労働S務室の人事グループと人事課に、N谷高校に異動することを告げに行った。

その際、ぬんが書いた今回の経緯の文書をS業流通課長名で出すことを告げたとのことだった。

S業労働S務室の人事グループは、S業労働S務室名では何か出すことはできないと言ったそうだった。

でも、多田課長は、ぬんに対し、紙面で、今回のことを書くと言った。

そして、S業労働S務室の人事グループが書くことを拒んだ紙面を、多田課長は書いた。

ぬんが下書きに作った内容は、総務室によってかなり書き換えられていたが、ぬんはぬんが信じた多田課長がその内容で総務室に良いと言ってきたとのことだったので、その紙面をもらうことにした。

紙面には、多田課長の自筆のサインがしてあったが、個人名ではぬんには意味がなかったので、多田課長には「S業流通課長」という役職名と「神奈川県」もを書いてもらった。

これで、公的に今回の異動について人事がやったことがこの紙面が認められたことになった。

不本意だったが、多田課長がここまで頑張ってくれた人事だったので、ぬんは受け入れることにした。

S業労働S務室の人事担当、J事課は、病気で通院しているぬんをC事部局から追っ払った。

障害があるぬんを追っ払えてさぞすっきりしただろう。

何も知らないS業流通課の同僚は、なぜ、ぬんが学校に行くことになったのか不思議そうだった。

でも、ぬんは何も言いたくなかった。

病気があって通院している障害者だから、人事がいらないって飛ばしたなんて、言えなかった。

ぬんは、何も悪いことをしていないのに、そういうことをされたことが、なぜかすごく恥ずかしかったからだ。

本当だったら、ぬんが恥ずかしがることではなく、そういう差別をしている神奈川県という組織の人事が恥じるべきだと思うのだが。

それから2,3日、多田課長はぬんと目が合うと笑おうとしていたが、ぬんが目が合わないよう、合わないようにしていた。

ぬんは、多田課長を見るのも嫌だった。

この人が異動の話を持ってこなければ・・・という思いから逃れることができなかった。

そして、ぬんは、3月末にすうーっとS業流通課を去った。

ぬんは何も悪いことをしていないのに。


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