第30話 K奈川県に障害者はいらないとされた日。

さて、3月末「意向打診」の日、ぬんは川崎に出張していた。

異動だとしても、副主幹に昇格(副主幹になると意向は聞いてもらえないので、異動命令は、3日後の内示一本になるので、主査以下の意向打診の日は何もないはず。)もさせてもらえるはずだし、今日はぬんには関係ないと思っていた。

16時50分過ぎ、川崎駅で、出張終了報告の電話を小港グループリーダーにかけた。

「あ、霧野さん、お疲れ様でした。特に私から霧野さんへの連絡事項は特にありません。大丈夫よ。でもなんか、多田課長から話があるみたい。ちょっと待って。」

小港さんが急にちょっと慌てた声になった。

多田課長がそばに来て、代わってほしいと言ったのだろう。

多田課長がすぐに出て、

「今、川崎ですか?直接会って話したいことがあるので、県庁に戻ってきてもらえませんか?」

「あの、もう県庁に戻ったら、定時を過ぎますから、所属に戻らず、直帰したいのですが。」

「でも、大切なことなんです。」

「異動のことですか?」

ぬんは、がっかりした。

今日意向打診で異動の話があるってことは、昇格しなかったということだ。

副主幹に昇格していたら、今日ではない、呼ばれるのは3日後だ。

今日の意向の打診はない。

今年も副主幹にならなかった。

多田課長の嘘つき。

KながわNSB戦略課の時、高森さんが副主幹にすると言ってニンジンをぶら下げられてから、7年目となった。

今、一緒のS業流通課の同期の沼上君は課長代理、ぬんは主査。

二人の間には、主査→副主幹→主幹→課長代理という格付けの差があった。

障害者と認められて16年。

去年の千田課長に言われたっけ、

「霧野さんは、障害者だから、もう昇格しないな。ずっと主任主事でもおかしくなかったのだけど。主査に昇格させてもらって感謝しなければな。」と。

障害者だと昇格すると、J事課に感謝しなければならないのか・・・健常者は普通に昇格していくことが、障害者だとJ事課のお慈悲を受けて、それに感謝して昇格させていただくのか。


T気水質課で障害者になるほど追い込まれてから、ずっと、KながわNSB戦略課でもK光課、S業流通課でも、頭痛がひどくても、首が痛くて毎晩眠ることができなくても、周りの若い人たちより働いてきた、走って仕事をしてきた。

病気があって、「療養休暇を取るという理由(ぬんの病気の場合、障害者で療養休暇を取っている。)=仕事ができない」と言われたくなかった。

意地になって働いてきた。

周りの誰にも負けたくなくて、毎日12時まで働いた。

土日の仕事も率先して手を上げて出た。

仕事が溜まっているのは、障害があるからだと誰にも言われたくなくて、ゴールデン・ウイークも出勤した。

だから、「病気=障害がある」はだんだん悪化した。

でも、健常者と比べられた時、「病気=障害がある」だからダメな奴と言われたくなかった。

でも、結局、人事の評価は、裏人事リストに載っている「霧野ぬん」は「病気=障害がある」ということだけで、働いているときの努力も見ずに障害者=ダメな奴と評価し、昇格もさせなかった。

神奈川県の人事は、そんなものだ。基本、障害者差別の上に成り立っている。

周りで働いている直属の上司がつける成績はいつもよかった。

頑張っているのをその場で見ていてくれているからだ。

意欲などという3項目、オールAで平均3.5か3.67だった。

でも、、、それでも、病気だからとか、障害があるから、昇格をさせない。

ぬんの働きを見ていない昇格を判断する人(J事課)は人事の裏リストに載っている「障害者」ということで判断しているにすぎない。

本当に、本当に、悔しい。

「昇格しないのはなぜですか?」上司に聞くと、「運でしょう。」とか、「霧野さんには霧野さんの特技があるんだ、いいじゃないか昇格しなくても。」と言ってごまかされた。

まじめにやっているんだから、障害者で病院に通院するための療養休暇を取っていても、人事の決まりに抵触するほどの日数はまるで取っていない。

そのことは、上司たちに障害があって通院しているから昇格させないのですかという質問を何回も、「決して、そのようなことはない。」という回答を得ていた。

他の人同様のレベルで仕事しているんだから、公平に認めてほしかった。

最近の人間ドッグで、ぬんは心臓が悪いと言われた。

でも、これ以上、障害が増えると、人事に何をされるかわからない。

下手したら、仕事中に何か怪我をして、公務災害に該当する状況になっても、「持病のせいでは?」と言われかねない。

総合病院に行って調べた。

やはり心臓は悪くなっており、通院しなければならなくなった。

これだけ立て続けにパワーハラスメントやセクシャルハラスメントの連続では、いくら健康な人でも心臓ぐらい悪くなるだろう。

精神がおかしくならなかったのが不思議なくらいだ。

しかし、心臓が悪いことは、組織には絶対言いたくない。

言うべき時が来ない限り、絶対言わない。

K奈川県は、T久井やまゆり園事件以来、「共に生きる」を掲げてきて、「障害者差別をなくそう」とアピールしてきた。

そのK奈川県が内部での職員に対しては、「激しい障害者差別」とは、おかしいのではないだろうか。


さて、話は元に戻るが、今年も副主幹にならなかったわけだが、多田課長のぬんの異動に対する必至感に対し、ぬんは、恐怖を感じた。

「そうです。異動の話です。」

「どこに異動ですか?」

「N谷高校です。」

「高校?私、教育局で出先っていう希望を出しましたっけ?高校とは全く希望を出していないと思いますが。。。。希望のS業労働局でもなく、副主幹にも昇格しない。課長、すごい嘘つきですね。」

沈黙がしばらく続いた。

「それで、僕も納得できなくて、霧野さんには会ってきちんと話した方がいいと思って。」

「多田課長、会って、話して、何か変わりますか?副主幹になりますか?S業労働局に異動させてくれるんですか?」

「いやぁ、それは・・・。僕がこれからS業労働S務室の人事担当とJ事課に話します。」

「それで、何か変わりますか?」

「わかりません。でも、期待はできます。」


話し合い場所はぬんの帰路のK大岡に変わった。

でも、これ以上、多田課長とは話したくなかった。

N谷高校へ行くことは、変わらないだろう。

そんな中、話し合う必要はあるのだろうか。

K崎から話し合いの場、K大岡までK浜急行で悶々としながら、あふれ出る涙を止めることはできなかった。

ドア扉のガラスに映った自分を見るとすごく哀れに感じた。

嗚咽が止まらなかった。

周りの人が、じろじろ見た。

全てがどうでも良かった。

裏切られた。またも、人事に裏切られた。

最低な組織だ。

ここまで人格を否定するんだ。

16年間、誰にも負けたくなくてひたすら頑張ってきたのに。


K大岡のカフェに来てほしいと言われた。

結局、勤め人のぬんは、上司の言うことを聞くしかなかった。

超小物の自分に腹が立った。

多田課長は既に来ていた。

こっちを見て、手を振ってきた。

やめてください、手を振るのは。

希望に沿わない人事の話をするのに、笑って手を振るのはやめてください。


多田課長の延々と長い話を聞いた。

明日は、S業労働局S務室のS藤担当課長に、話に行くから、絶対、霧野さんの希望に沿うように言うからと言うようなことを言った。


ぬんは、言った。

「副主幹にもならず、S業労働局に異動させてくれないなら、せめて、S業流通課にいさせてください。」

「それは無理なんです。」

「なぜですか?」

「S業流通課に来る人がもう決まっているんです。」

「また、どうせ中小企業診断士ですか?」

「いいえ、違います。交流で来る市の人です。」

「ひどい・・・市の人を入れるために、私をS業流通課から出てくれって言ったんですか?私はK奈川県職員の試験を受けて、もう約25年も県職員をやっているんですよ、ずっとまじめに仕事をやってきた。それで、今の所属のいたいと言っている県職員を所属から追い出して、なぜだかわかりませんが、市の人が来たい所属がこの課と言ったからって、そのために邪魔な私をN谷高校にしたんですか?ひどい。ひどすぎる。これって差別ですよね。障害があるからですか?その障害だって元は、次々出会う上司のひどいパワーハラスメントでなったこと。それで、結局バカにしたんですよね。そして、最後に邪魔だから捨てる。」

「いや、それは何とも・・・。」

「否定できないのですね。」

「J事課が決めたことですから、霧野さんが障がい者だから異動させたかもしれない。それはわからない。」

「では、障がい者差別ですね。来る方は、男性ですか?」

「はい、たぶん。」

「ってことは、女性はこの課のこのグループには、いらないということ。それってまた小港リーダーがこのグループには女性は自分だけでいいって言いましたか?女性同士のセクハラですね。小港リーダーのご主人は県のお偉いさんですものね。それは、人事も気を遣いますよね。」

仕事中にゲームをしてても、お偉いさんの奥様なら許される。

「何なのJ事課は?」


多田課長との話では言葉に詰まり、時々沈黙が襲った。

沈黙は、最悪の場面を作った。

「もう、いいです。帰ります。」

「まだ、話の途中です。霧野さん、仕事、辞めませんよね。」

「わかりません。こんなひどい組織。障害者差別を平然とするような組織ぐるみで、それも行政で。ブラック企業ですよ。もう信じられないではないですか。現状で、何も解決はしません。多田課長と話すだけ時間の無駄です。失礼します。」

「霧野さん!!」後ろの方から、多田課長の声が聞こえた。

周りに座っていた人達が課長とぬんを一斉に見た。

ぬんはもう、どうでも良い、ただそれだけだった。

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