第21話 恐怖の流血事件。高森担当課長の肉体的パワハラ。
他には、実にくだらない話だが、休暇に入る前、高森さんはぬんに「霧野さん、私の机の上のツタの水を必ず毎日取り換えてね。絶対枯らさないようにね。」ときつい言葉を睨みつけながら言った。
前記したかもしれないが、高森さんの机上には、水に50cmくらいの長さのツタ一本が3枚くらいの葉をつけて直径、高さ5cmぐらいの小さなガラスの花瓶に刺さっていた。
高森さんがいない間、ぬんがきちんと水を取り替えていたにもかかわらず、夏の土日の部屋の温度が高かったのか、ツタが枯れた。
月曜日、出勤して少し弱っていたので、根っこを洗ったり、花が元気なる活性剤を入れたりしたが、どんどん枯れる方向に進んでいった。
とうとう3枚の葉っぱが全て茶っぱになって、2枚が下に落ちた。
「あー、これ、担当課長に叱られるだろうな。」と気分が暗くなった。
でも、捨ててしまうと、「私のツタはどこに行ったの?」と怒鳴られるだろうから、枯れた様子を見せた方がいいかなと思い、ぬんは、お水だけ取り換え、枯れたツタを刺したままにした。
C査課の本口さんのところにベトナム土産を持っていき部屋の戻った高森さんは、ふと、その枯れたツタに気が付いたらしく、「S湘きんじろう」の送料の話も聞いて、この上ない不機嫌のなっていた怒りが一気に頂点に達した。
60cmくらいしか離れていないぬんの顔めがけて、履いていたハイヒールを脱いで思いっきり投げた。
ぬんの左頬にヒールのかかとが直撃し、頬から血が噴き出て、血のしぶきの跡が机上の書類を汚した。
「痛いっ!」
まさかそんなことされると思わなく、前を向いて仕事をしていたぬんは、不意を突かれた。
何かお小言があるとは思っていたが、まさか武器を使って暴力に出てくるとは。
左手で頬を触ると真っ赤な血が手のひらにべっとり付き、左の手のひらから溢れた血が、手首に向かって垂れていた。
(左頭はやめてっ!!いつもそう言っているじゃないですか!!左頭は顎関節の手術もしていて、今でも頭痛がひどくて療養休暇を取って、ブロック注射をするために通院しているんです。お願いやめてっ!!これ以上何かあったら、ぬんは働けなくなってしまいます。左頭にこれ以上、怪我をさせないでください。すでに、いろいろ障害があって、私は障害者なんです。主治医からも「できるかぎり左頭部の神経を傷つけることはしないこと。」って言われているんです。)
課内はざわついていた。
流血事件なのだ。
しかし、部長の大川さんや課長の村田さんは、こちらをチラ見して、何もなかったかのように机上の書類に目を落としていた。
部下の高森Kながわブランド戦略担当課長が、故意に部下の顔を武器で傷をつける事件を本庁舎内で起こすという最低なパワーハラスメントを起こしたのに、状況も聞きに来ない、見て見ぬふり。
警察沙汰のことが起きているのに。
そうよ、ぬんがこの血だらけの顔で、警察に電話すれば良かった。
県庁で、「障害事件発生」と、110番に電話すれば良かった。
大川部長や村田課長は、自分たちの昇進・昇格のため、K光課で何か事件が起こってはならない。
自分たちの首がかかっているんだ。
この2人が、J事課に何か聞かれたら、
「あ、そんなことがあったんですか?気が付きませんでした。気がついたら、もちろん救急車を呼んで、J事課にも報告していましたよ。」
と言えばいいんだ。
その程度のレベルで考えていたのかもしれない。
部下の高森Kながわブランド戦略担当課長が本庁舎内の知事がいる部屋のすぐ下で、傷害事件を起こしているのにひどい人たちだ。
人間として、どういう神経の持ちなのかと思う。
傷害事件より、自分たちの昇進の方が重要なのか。
周囲は、ぬんのその血にびっくりしたようだったが、当の本人の高森さんは、血まみれのぬんを気にすることもなく、いきなり怒鳴った。
「霧野さん、私がいない間、ちゃんとツタ見てって言ったでしょ。何で枯れているの?水を取り替えなかったでしょ。ツタだって生き物なのよ。ひどいわね。」
ぬんは血だらけ。
植物のツタと人間のぬんとどちらが大切なんだろう。
びっくりした守山さんが白いハンカチをすかさず渡してくれた。
白いハンカチはあっという間に、全体が血で真っ赤に染まった。
そのハンカチからハンカチでは吸いきれなくなったちが血が首筋に垂れてきて、白いブラウスの襟をじりじりと赤く染めていった。
守山さんが高森さんに聞こえないようぬんに小声で言った。
「病院に行ってきた方がいいですよ。」と言った。
「はい。」
ぬんは、県庁近くのクリニックに行った。
医師は言った。「良かったね。傷は4cmぐらいだけど、傷が浅かったからね。もう少し深かったら縫わなければならないところでしたよ。今日はテープで傷をしっかり止めておくから、また明日も来てね。ところで、この傷、何の傷なの?まあ、県庁だからいろいろ事情があるから言えないよね。」とのことだった。
それで、傷を洗浄してもらって、傷が膿まないための抗生剤と痛み止めをもらって所属に戻った。
所属に戻ると、高森さんは、一時の感情の高揚だったのか、黙って席に座っていた。
そして、顔に貼られた絆創膏に血が滲んでいるぬんをチラッと見たが、謝罪の言葉も一つない。
何だ、この人?人に怪我させておいて、謝らないのか?
普通、民間会社の社内でこんな暴れたら傷害罪でみんなに取り押さえられて、警察行きじゃないの?それも神奈川県の社長室の下の階で。
高森さんは、目線を下に落とし、ツタが入っていた小さなガラス瓶を持って、部屋から出て行った。
ぬんは、頬の痛さよりも、高森さんの悪魔のような目が怖くて、ドクンドクンと心臓の動悸が止まらなかった。
何か心臓が変だな。動悸が治まらない。
この日は、3年間ぐらいぶりに定時退庁した。
家に帰ると母が
「あ、ぬんちゃん、顔どうしたの?」
「あ、仕事中に転んじゃって、顔を4cm切ってしまったの。」
「お医者さんは行ったの?」
「うん、行ってきた。」
「でも、顔、打ったみたいよ。青あざができているけど。」
母が近くに寄ってきて、傷を見ようとした。
ぬんは、母に「転んだんじゃない」とばれるとまずいと思って、
「大丈夫。今日のご飯は何?」と聞いて、何とかごまかした。
その夜は、頬の痛さと心臓の動悸、そして、ぬんに素直に謝れない高森担当課長のかたくなな顔を思い出して、悶々としながら寝た。
左頭をヒールで傷つけられた時、とっさに思った「左頭はいろいろ障害がある」という心の叫びは、現実となった。
頚椎症という障害があるのに、瞬間的に、よけようとして首を強くひねったらしく、むち打ち状態になったらしい。
座っても、横になっても、首が痛くて眠れない日々が1か月続いた。
そして、頭を動かすとめまいが止まらなくなる。
首の神経がおかしくなってしまったかな。
主治医が「それだけは、やらないよう気を付けてね。」と言ったことをやってしまった。
そして、高森さんの日々の肉体的・精神的パワーハラスメントより、左頭から左手にかけて痛みと震えが残っていた。
知らず知らずのうちに、ぬんは毎日起こるひどい高森さん他2名以下によるパワーハラスメントが相当なストレスとなっていたようだった。
時期的に考えて、高森さん、そして小野さん、細川さんとの日々がきっかけだったと思う。
パワーハラスメントを受けても、誰もわかってくれず、反論できなかったぬんは、ストレスで狭心症になり、そのわずか数年後には、ぬんは心臓病で障害者手帳をもらうことになってしまった。
高森さんは、怒鳴って満足したのか、座席に戻ってきてからも静かだった。
そのあと、守山さんが小声でもじもじしながら
「先ほどの続きですが、JA-KながわS湘から「S湘きんじろう」の運賃のこと言ってきていて、高森担当課長が言うほど、簡単な問題ではないんです。」と言った。
「何で?Kながわ西湘に払うって約束したんだから払ってよ。」
「そういう予算は、取っていないのです。」
「何、言ってんのよ。あなたねえ、グループリーダーなんでしょ。何とかしなさいよ。」
「それは無理です。」守山さんが聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「ふざけないでよ。」と高森さんは言った。
そして、今度は、高森さんがニヤッと笑った。
JA-KながわS湘の運賃の鈴野さんに電話しているようだった。
「『S湘きんじろう』でKながわ西湘の「S南ゴールドとか柑橘を売り込んできてあげたんだから、Kながわ西湘で支払ってもいいんじゃない?え、ダメなの。何で?もういい、切るわよ。」
それからすぐ、高森さんは席を外した。
きっとまたC査課の本口さんのところに行って、二人で次の作戦(悪だくみ)を話していたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます