第15話 合川課長のおかげで、やっとぬんの仕事が認められた!

その年の人事でぬんは、S費流通・推進班が独立してできる新しい課に、J事課のシステムにあるプロポーザル型公募で異動希望を出した。

N業振興課に異動した時から希望していたK奈川県産品をPRする班、「S費推進・流通班」だ。

その班が、独立して課になるということで、その課に公募した。

そこの課長になる人は、ぬんがN業振興課F及・金融班でハラスメントでもがいているときから、ずっと気にかけてくれていた合川担当課長である。

民間採用でK奈川県に入った人で、県産品PRの専門家だった。

農林水産祭「実りのフェスティバル」で各班への協力要請があり、佐藤女史が「(霧野さんが行けば、)だって、暇でしょ。」と言ったそのフェスティバルのぬんの働きを見て、ぬんを評価してくれた人である。

チャンスは、いつ来るかわからない。

ぬんは、K奈川県の名産品の特徴を説明して販売する、そういう仕事が大好きだったので、2年目からは、K奈川県のスタッフとして、率先して手を上げた。

足柄茶の茶娘の姿に着替え、着物をきりりと着て、ビッグサイトで販売促進に励んだ。

その販売の様子を見ていて、是非、うちの課に来てほしいと言ってくれたのが、そのS費流通・推進班を担当するKながわ農産品販売戦略担当課長をしていた合川博人さんである。

しかしながら、合川担当課長がいくら「霧野が欲しい。」と思っていても、人事は難しかったので、合川担当課長の知恵で、ぬんは、プロポーザル型公募で、その課に行ってやりたい事業を発表した。

そして、面接を行った。

K境農政総務室の人事担当とN業振興課の課長と合川担当課長と面接をした。

合川担当課長は、ニコニコしながらいろいろな質問をしてきた。

ぬんの温めてきたK奈川県の販売戦略は、面接官の3人が「ほうっ!」と感心してくれるぐらいのレベルだったらしい。。

やはり、こちらの方の仕事が向いているのかも、ぬんは思った。

合川担当課長の応援のおかげで無事、異動となった。

そんなぬんでも親切に教えてくれる多くの生産者さん、各農協の方々、仲卸のY百辰さん、Tま正さん、小麦を精麦してくれるK子製麺屋さん。

いつの間にか畑は、私の居場所になった。


小田原下中地区の玉ねぎの生産者のところに玉ねぎの収穫に行った。

食べてみて、この生産者さんの玉ねぎをブランド化するために、キャラクターを考える、キャッチコピーを考える、段ボールのデザインなどを考える。

そして、最後は司法書士に頼んで登録商標。

それがこの生産者さんの希望だった。

味や食感などを知らなければ、売っていく言葉が考えられない。

青空の下、畑に座り込んで、土がついている玉ねぎの皮をむいてかじる。

(わ-、つーん。玉ねぎの辛さがしみる~。)

「霧野ちゃん、美味しいかい?おやつの時間にしようよ。」

「はい。美味しいです。」

「玉ねぎ、土がついたまま、平気かよ。おなか、壊さないか」

「全く、平気ですよ。青空の下、美味しい!ですよ。ちょっと(玉ねぎ)辛いけど。」

おやつの時間は、野菜を入れるコンテナをひっくり返して、円座を組んで農業者さんの奥さんが用意してくれたペットボトル茶を飲み、シュークリームやおせんべいを食べる。

(この時間があるから、畑についつい来てしまうんだよな。幸せ・・・)

農地の空気は、たまらなく清々しく、農作業をした後の心地よさは、大変な事務仕事を忘れさせてくれた。

玉ねぎの段ボールは出来上がり、「Kっくんのうるるん玉ねぎ」と玉ねぎのイラストは登録商標された。

やったあ、生産者が望んだ一つの希望が叶えられた。


ぬんは、あこがれのKながわ農林水産ブランド課(以下、「KながわNBS課」という。農水産物(畜産も含む)のブランド化を図るため、農業振興課の一班だったS費流通・推進班が課となって、農業振興課の合川担当課長は、KながわNBS課の課長になった。)の職員になった。

課長は、ぬんをプロポーザル公募で選んでくれた合川博人さんだった。

合川さんは、県トップのM沢さんから能力を見込まれて民間からの採用された課長だった。

直前までN野県で木材の販売戦略の部長をしていた。

そして、K奈川県に来る直前まで、自分で農産物販売会社の取締役をしていた。

白髪で色が黒く、色が黒く、そして声は大きい、細身ですっきりした人だった。

気迫に満ちていて、時々、ぬんは、そのいつもその激しい気迫に負けそうになっていた。

以前いた、N業振興課が担当していた時の農林水産祭「実りのフェスティバル」の時から、合川さんは、Kながわ県産品の販売を一生懸命行うぬんの意欲と実力は認めてくれていたが、それでも物足りないらしく、「霧野さん、俺が選んで、プロポーザルで入ってきたんだから、人の数倍も努力し、どんどん新しいブランドを作り上げていってほしい。」としばしば喝を入れられた。

でも、それは今までのパワーハラスメント的なものではなく、ぬんの才能を買ってくれた上司としての愛情の喝であった。


また、合川さんは、自分が民間企業の集まりに行くときは必ず連れて行ってくれた。

時には、この集まりって、本当に意味があるの?と思ったこともあった。

H根のホテルや美術館の民間会社の人たちが行政をあてにしないで、自分たちの力で箱根に集客を図るという「H根プロモーションフォーラム」というグループがあったが、合川さんから、「その人々たちとも交流をしてきなさい、ものすごく勉強になるから。」と言われた。

そのグループの事務局をしているN嶋さんに連絡を取った。

「来てもいいけど、基本的には行政の人は入ってもらいたくないです。だって、仕事で来ているだけでしょう。」と言われた。

そのことを合川さんに「課長、相手は私に来てもらいたくないと話しています。」と言った。

すると合川さんは、「霧野!あなたはそんないい加減な気持ちで、この課に来たのか?見損なったかな?とにかく行ってこい。みんながどのような気持ちで自分たちの施設の集客に当たっているのか。聞かしてもらいなさい。何事も勉強なんだよ。」とのことだった。

そして、会議の会場に行った。

最初の会合は、H根町役場の一室だった。

N嶋さんに「KながわNBS課の霧野です。」

「あ、そう。N嶋です。様子を見に来ただけでしょ。役所なんて所詮そんなもんだよ。会員ではないから席はなくていいよね。」

「え?あ、はい。」

2時間の会議中、かばんを持ったまま、ずっとみんなの話を聞いていた。

帰ろうとすると、

「席ぐらい片付けて行ってよね!」

「あ、はい。」

帰りに、所属に出張終了報告をした。

班長のO茶の水女子大市出身の例の小林由美恵さんは、状況を聞いて、「ご苦労様。大変だったね。」と言った。

奪うように電話に出てきた合川さんは、

「よくやってきた。最初はそんなものだよ。追い出されなかっただけ良かったな。ご苦労様。」と明るく言った。

電話の向こうの合川さんの大きな声で、ちょっと元気になり、箱根湯本駅のカフェで、箱根登山鉄道を上から見ながら、コーヒーを飲んで一息ついた。

その後の定例会も、席がないときが2回続いた。

帰り道はいつも、「もうずっと受け入れてもらえないのかな。」と思っていた。

でも、毎回終了報告の時、小林さんの後、必ず合川さんが出てきて、「霧野さん、お疲れ様。頑張れよ。気をつけて帰れよ。」と言ってくれた。

4回目に定例会に行ったとき、N嶋さんが

「霧野さん、今日は席に座りなよ。霧野さんは、この集まりのメンバーの一員なんだから。役所でも本気っていう人がいるってわかったよ。」と言ってくれた。

本当に嬉しかった。

それから、ずっとN嶋さんやH根プロモーションフォーラムでは、ぬんのことを大切にしてくれて、民間企業の厳しさや販売戦略など直の声を聞かせてくれた。

また、その頃、H根プロモーションフォーラムでは、地産のものを食事で提供するという活動をやってくれている施設がいくつかあって、ぬんはN業振興課で得た地域の農産物や生産者さんの話をして、販路拡大を図っていた。

そのうち慣れてくると、いろいろなホテルや美術館の人たちから、

「霧野さん、せっかく来たんだからうちのレストランも寄っていきませんか?」と言われて、すごく嬉しかった。

ぬんは、H根に行っては自分のお小遣いが続く限り色々なものを味わった。

合川さんが言った「霧野ちゃん、民間企業を知った方がいい。県庁の中で仕事をしているだけでは、井の中の蛙(かわず)になってしまう。見てごらん、周りは県庁のことしか知らないかわいそうな世界の人ばかりだろう。県庁なんかで偉くなっても何の価値もない。民間になったら使い物ならない人ばかりだ。」

確かに、合川さんのおかげで世の中を知った気持ちでいっぱいだった。



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