第14話 新しく隣に異動してきた人は多重人格者。
N業振興課で3年目がやってきた。
これで、この嫌な課からも逃れられる。
まだあの嫌な合祖さんは副課長として残っていた。
でも、もう、どん底まで行った身だ、どう思われてもどん底はどん底。
よく思われることはない。
いいんだ、柱の向こう側に座っているし、見ないようにすればいいんだ、と思っていた。
班編成も少し変わり、ぬんの上には、そろって嫌味な2人の技術屋さんだけでなく、事務屋の斉藤浩太さんという人がやってきた。
これで、ぬんが事務屋的な班長の仕事をやることはない。
N業金融だけに集中できる、と思った。
ぬんの隣に座った斉藤さんは身長が185㎝ぐらいあって、がっしりした体つきの大きな人だった。
黒縁の眼鏡をかけていたが、目は細くてどこを見ているかはわからない少し怖い感じだった。
数か月間は、静かな日が続いた。
忙しくて、時間外をする日も多かったが、仕事に集中できていた。
ある日、隣の斉藤さんが「霧野さん、忙しかったら、何でも言ってください。僕が霧野さんの仕事、何でも手伝いますから。僕、霧野さんのこと、好きなんですよ。」と言ってきた。
「あ、ありがとうございます。うれしいです。」
(合祖さんのことでは嫌な思いをしているが、決して悪いことばかりだけじゃないな。このまま、1年間過ぎて、そうしたら異動だから。)
斉藤さんは、本当にやさしかった。
仕事も手伝ってくれた。
(こんなに手取り足取り手伝ってくれてちょっと気持ち悪いくらいなんですが。話をするときの顔が近い。でも、合祖さんみたいなパワハラ上司よりずっといい。)
そのような日が続き、秋くらいになったある日、職場に行くと、斉藤さんとぬんの間にクリアファイルを何枚かセロテープだけでくっつけた、今にも、くにゃーとひっくり返りそうな壁ができていた。
(え、何?)
「斉藤さん、これは何ですか?」
「あ、これ。霧野さんと話していると仕事がはかどらないので。霧野さん、やたら話しかけてくるでしょう。私にとっては、うるさいのですよね。仕事の邪魔というか。」
(はあーっ???どちらかというと斉藤さんってぬんの苦手なタイプで超おしゃべり。しゃべりだすと止まらないし、聞いていないのに笑顔でうなずくのもなかなか苦労していたのだけど。だから、斉藤さんと一緒に、仕事のことで話すのは1日3回くらいだったかしら。そのような感じだったので、ぬんからは、1回も話かけたことないですよね。)
「あの、私、斉藤さんに話しかけないようにしますから、このよれよれの壁、外していいですか?周りの人、皆さん不思議に思われるでしょうし?」
「いやー、だめだめ。おまえと話したくないし、顔見たくないんだよ。」
(えっ?!なに?この人、人が変わった。もしかして二重人格?なの。昨日までの普通の会話が、急に言葉遣いも悪くなったし。こわーい。まあ、今日はご機嫌悪いのかも。。。そっとしておこう。)
しかし、次の日に職場に行くと、斉藤さんとぬんの間には、廃棄処分のA4の紙の文書が天井まで積み重なっていた。
出勤してきた周囲の人は、みんなじろじろ見ていた。
ぬんは斉藤さんに
「おはようございます。斉藤さんこの書類は何でしょうか?」
「見りゃわかるだろ。自分はこのぐらい仕事忙しいんだよ。霧野に仕事押し付けられても迷惑なんだよ。今まで、気が付かなかった?俺が霧野のこと大迷惑って思っていたこと。」
「はあ、もう話しかけたりしませんから、この文書は片付けてください。倒れそうで危ないし。」
事実その文書は紐で縛ってあるとはいえ、高さが高さだけに人が歩くたびにゆらりゆらりとしていた。
菊田さんに無理させられて、頚椎が悪くなったぬんにとっては、このような文書が万が一倒れてきたら、首にもっとひどい損傷を追って、障害がより重くなる恐怖があった。
最近、頚椎が悪いからか、左手がだんだん不自由になってきて、ボタンがはめられなくなりつつある。
それを気にしていたのに、これはひどい。
出勤してきた班長の岩井真さん(今年異動してきたかなり嫌味っぽい上司)が
「霧野、あれって、なんだよ。」
「さあ、私もよくわからなくて。」
そこに例の大玉明夫さんが「霧野が生意気なこといったのかい?」東北弁になまった言い方で言った。
斉藤さんは、誰に何と言われようと決して片付けることなく、ゆらりゆらりと揺れる書類の隣で仕事をしていた。
ぬんは、急に変わった斉藤さんにあまりかかわりたくなかったので、黙って隣で仕事をしていた。
班長の岩井さんも、気が付いていても見て見ぬふりをしていた。
そういうことがあっても、誰もみな聞いてくるのはいつもぬんで、斉藤さんに聞くことはない。
例の副課長の合祖さんからも「霧野、何かしでかしたのか?」と既にぬんが悪人にされていた。
本当に県庁ってパワハラ?セクハラ?ばかりで嫌になる。
常に女性が悪いわけですか?
まただ、うんざり。
それから数日した朝、突如、斉藤さんは立ち上がり、「F及・金融班の班会議しまーす。真ん中の打ち合わせ机に集まってくださーい。」と立つと高い場所から、細い目でにらみをきかせてF及・金融班をぐるっと見まわし、みんなに大声で言った。
岩井さんと大玉さんが「斉藤さん、何か、話し合いすることありましたか?」と言った。
すると、斉藤さんは、「うちの班で、ちょっと重要なことで皆さんにご意見をお聞きしたいと思って。」と言った。
ぬんもわけもわからず立とうとすると、「あ、霧野さんは来なくていいです。霧野さんはF及・金融班じゃないから。」と言った。
(え?なに?ぬんはF及・金融班じゃないの?ぬんは関係ないの?)
「霧野さんは関係ないんだって。」と隣の佐藤女史がくすっと笑いながら、冷たく言った。
ぬんは、ポツンと席に残った。
班長の岩井さんは、「霧野さんもうちの班だろう。」と言ってくれないのか?上司だろう。
そういう時、意見するでしょう、普通。
この班の班長なんだから。
斉藤さんより格が上なんだから、きちんと采配をしてください。
しかし、岩井さんは、自分より一回り大きい大柄な斉藤さんが言ったので、威圧感を感じたのか、何も言わず、ただぬんの方をきにしながら、こちらを向き向き、話し合いについて行った。
さすがに、その奇妙な状況は、課内でも気が付いた人が多かったいたらしく、周囲がざわついた。
でも、斉藤さんのした行為は、俗にいうパワハラの例に挙げられている。
「『仕事の場において、故意に仲間外れにすると行為』は、パワーハラスメントという。」である。
班長の岩井さんは、パワーハラスメントの例を知らなかったのか、部下がやりたい放題、パワーハラスメントを同じ班の人にやっているのを目の前で見ていて、自分もその輪の中に入っているのに、注意することもできなかった。
うちの組織は、この程度なのか。
班会議も大した内容でなかったらしくすぐ終わったようだった。
要は、斉藤さんがぬんにパワーハラスメントをしたかったというだけのようだった。
ぬんも、何となく、「まただ。また、こういういじめが始まった。」と思って、班会議の内容を聞く気にもならなかった。
7人もいる班なのに、会話もない。
話し声もない。
農業者に貸付けもしながら、延滞整理を淡々としていた。
延滞整理と言えば、ぬんの担当としていた延滞の農業者は約6人だったが、自ら少しずつ支払ってくれたり、訪問すればやっと払ってくれたり、滞ったままだったり、変化はないけど、それなりに追われていた。
佐藤女史からは、相変わらず冷やかな細い目で睨まれ、ヒステリックな甲高い大声で、「霧野さん、今日も取り立て行くんですよね。行ってお金を受け取ったら、すぐ農協で入金してくださいね。」
(3年間も毎日同じこと言わなくてもいいんじゃないの。バカじゃあるまいし。この佐藤女史も格上のぬんに対して、みんなのまねしてパワハラかあ?)
2,3か月経っても、斉藤さんの机の端に積み重なっている書類の山は、相変わらずだった。
しかし、以前ほど、ぬんへの対する嫌がらせも少なくなったかなぁという感じだった。
斉藤さんがいくらいじめても、ぬんが「はい。」ぐらいしか言わないから、つまらなくなったのだろう。
しかし、その頃から、パソコンで打った怪文書がぬんの机上に置かれるようになった。
内容は「あなたがこういう立場になっているのは、みんな××さんのせいです。あなたはそのことに気づいていると思います。私は、××さんがあなたに対する妬みでこういうことをやっていると思います。私は、あなたが帰った後、あなたのパソコンを××さんがいじっているのを見ました。でも、他の人が来たのでやめたようです。・・・・・」というような内容だった。
(××さんって誰?(××さんは、本当に××さんと書いてあり、実名標記はされていなかった。)この手紙は誰から?気持ち悪い。みんなに来ているのだろうか?ぬんだけ?何の意味があるの?)
キョロキョロ周りを見回した。
周りの人の机にはそういう紙はのっかっていなかった。
そして、特にこちらの様子を見ている人はいないようだ。
だからこそ、気持ち悪かった。
内容は、別にいじめとか嫌がらせとかそういうたぐいのものではない。
言葉遣いも丁寧。
でも、不気味である。
(誰がぬんの机の上に置いたの?)
でも、何となくそういうことをやった人はわかっていた。
どうせ斉藤さんだろう。
今、こんな手紙を机の上に置くなんて、急に表立ったパワハラをしなくなったこととタイミングが良すぎる。
怪文書は、2,3回来た。
でも、内容はいつも意味がよく分からなく、内容も薄く、どちらかと言えばぬんの味方のふり?であり、良い言葉遣いで書いてあったが、気持ち悪いだけだった。
(ちなみに、ぬんは、この手紙を今でも記念としてずっとしまっている。)
そして、その後、何が起こったわけでもなく、終わった。
合祖さんのひどいハラスメントのせいで、ぬんの病気はだんだんひどくなっていった。
直接、ぬんを叩くというような肉体的な暴力はふるわないものの、言葉の暴力は度を越していた。
それからも、合祖さんは後ろから静かに急に近づいて、机をバンっとたたいておいて、急に耳元で「霧野!成績を悪くつけたからって俺にやつあたりすんなよなっ!」と脅かしてみたり、「あれ、成績表。霧野だけ渡してなかったよな。おまえの大切な成績表なんだから早くとりなさい。」と成績表をわざと手が届かないファイリングシステム(奥に深い3段か4段重ねの文書の引き出し)の間に落として、ぬんがかがんで定規を使って手を伸ばしてやっととることができるようにしてみたりした。
顎関節の手術の後、菊田さんや二瓶さんに夜遅くまで無理な仕事を強いられたり、文書専用の約20キロ近い段ボール箱を文書を運ぶ事務分担に入れてみたり、今度は、合祖さんに厳しい取り立てに朝早くから夜遅くまで、10数キロもある重い貸付書類を持って、毎日出かけるように言われたり、肩の骨を脱臼したり、頚椎も軟骨がすり減ったりして後ろの首が曲がらなくなるようなひどい頚椎症になっていった。
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