第13話 取立てを強要する合祖副課長。できなきゃ、成績最低。   

ぬんの担当の一人の新規就農者(仮に、「Ⅹ氏」とする。)で、農場で事故が起こり、借金だけ残った人がいた。

そのような相談を受けてしばらくは、「1万円ずつでもいいから返納してください。」という話していた。

そして、最初は、Ⅹ氏も1万円とか5,000円とか返納していた。

しかし、数か月たつと全く返納が止まってしまった。

班長の吉野さんに相談して、Ⅹ氏の自宅に話に出掛けた。

10円でも100円でも返してほしかった。

その誠意を見せてほしかった。

Ⅹ氏は、神奈川県の西部の田園地帯に住んでいた。

家も新築したばかり、奥さんももらったばかりだった。

最初、会いに行った頃、Ⅹ氏は、農業の夢を捨てきれず、また頑張ると言っていた。しかし、数か月経つと、姿を見なくなってしまった。

そのような中、吉野さんの上司の合祖副課長から、とにかく取り立てに行って来いと言われ、県庁から片道1時間30分かかるⅩ氏の家に、毎日毎日行った。

朝、出勤すると、その合祖さんから「霧野、今日も取り立てに行って来いよ。」と毎日のように圧をかけられた。

(もう2か月近く行っているけどいないよな。今日もいないんだろうな。)

結局、いなかった。

毎日来る怪しげな人に近所の人もさすがに何だろうと思ったのだろう。

近所の人が、家から出てきて、ぬんをじろじろ見ていた。

ぬんから見ても、怪しいと思う。

家の周りをうろうろして、電気や水道の数字が動いているかなど見て、不法侵入甚だしい。

仕方なく、ぬんはこちらを見ている近所の人に話した。

「Ⅹさんご夫婦と仲良しなんですが、Ⅹさん、急にいらっしゃらなくなってしまって。心配しているんです。連絡取りたいと思っているのですが。」と言った。

すると、重い口を閉ざしていた近所の人の話が「Ⅹさん、奥さんの実家の北海道で農業を始めたみたいですよ。」と、そして、しぶしぶだが、北海道の住所も教えてもらえた。

所属に戻り、吉野さんにⅩ氏のことを報告した。

さて、どうするのだろう。

ぬんは、17時過ぎの所属に戻り、遅れているほかの仕事を毎日12時過ぎまでやっていた。

吉野さんがⅩ氏の今後どうするかということを合祖副課長と話したらしい。

ぬんは2億円を返還してもらうべく、北海道の田舎まで取り立てに行った。

新千歳空港からバスで2時間半。バスから降り立ったところは、歩けば100mくらいで終わってしまう町だった。

やっと本人と会うことができた。でも、現在は農業はやっているが、奥さんの知り合いの農場で勤めさせてもらっているだけだという。

色が焼けた顔を真っ黒な爪の手で、泣いている顔を首に巻いているタオルで拭きながら、「暮らしていくのがやっとで返済はもう少し待ってもらいたい。」と言った。

しかし、ぬんは「K奈川県からここまで取りに来たんです。例え、1万円でもいいから払ってください。」と言った。心が痛かった。でも、何の成果もなかったら、宮志さんに怒鳴られてしまう。全て私が悪いことになってしまう。責められる。宮志さんが怖い。

また、パワハラが始める。

X氏は、財布の中身を見せてくれた。札入れは空だった。小銭入れには10円玉1個しか入っていなかった。

「でも、これだけで暮らしているなんて、ありませんよね。」

「いや、それだけなんです。野菜や牛乳は、働いているところからもらってきているんです。

あと、母ちゃんのパート代。俺たちだって生きていくために食わなければならないんだよ。霧野さん、わかってくれるよね。」

(うーん、どうしたらいいんだろう。例え、合祖さんの矛先になって殴られたとしても、人の道は外れることはできないし。)

少しの沈黙が流れた。

日帰りという約束なので、今日、帰らなければならない。帰りのバスの時間が迫っていた。

そして、やっと10円、受け取った。

(2億円じゃないけど・・・1万円でもないけど・・・、良かった。これで「時効の中断」になる。)


でも、やっぱり合祖さんはそんなぬんを許さなかった。

「霧野、やり方がてぬるいよ。それともお前が(Ⅹ氏に)バカにされているんだろ。女だと思って甘く見られているんだろ。お前じゃなくて、熊井、行かせればよかった。そうすれば相手も2億円を一発で払ったかもしれない。」

「女だからって、ひどい。そんなことはありません。『10円もらえば時効の中断になるからと。とにかくそれだけでも、やってみてきてください』。」と、県の弁護士さんからに相談して、どうしたら良いのか指導も受けているのですよ。

毎日毎日、Xさんの住んでいる(神奈川県の)Y町も行きました。やるだけやっていると思います。北海道の地方のアパートも行ってきました。10円も預かってきました。」

(何年間かはわからないが、K奈川県を出るまでの何年かは、K奈川県の住民だったのよ。K奈川県職員として、理解をしてあげなければ人の道を外れてしまう。

そういう考え方ではいけないのですか?)

「俺は、霧野、お前は能力がないと思い知ったよ。本当に、能力もなければ、やる気もない。霧野。最低だな。」

「でも、私たちは、K奈川県の職員でもありますし、K奈川県民に対しあまりひどいことはできません。」

「いいよ、わかった。でも、結果がすべてだ。これしかできなかったお前のことはそういう評価しかできない。」とのことだった。


それから数か月経ち、期末勤勉手当の評価が合祖さんから手渡された。

今までに見たこともないひどい評価だった。

何と2.5だった。(県庁の人事評価は、5段階制だが、通常の人は3.25ぐらい、努力して3.75くらいである。2.5なんて、毎日欠勤しているのと変わらない評価である。。)

面接のとき、合祖さんから「お前の仕事の評価はこんなもんだよ。2億円取り立てられないなんて、仕事を満足にしてないってことだろ。おまえ、できないやつなんだよ。それだけだよ。」

「取り立てた金額は少ないですが、取り立てのために頑張った努力は、評価されないのですか?」

「努力していないだろう。努力していたら、相手から2億円札束そろえて返してもらってだろう。10円しか返してもらえなかった奴を2.5という評価してやっただけありがたいと思えよ。本当は評価は0だよ。いない人間と同じだろ。給料、払っているだけありたいと思え。」とのことだった。

「私、この評価、返します。」さすがにこれはないと思った。

女性だから、というバカにしている気持ちもあるだろう。

セクハラ、そしてパワハラ。

「何でっ(怒)!評価して書いてやったんだぞ。ありがたいと受け取れ。そして、申し訳ないと思ったら、2億円、札束そろえて、返してもらって来い。」

「もう無理です。あの農業者さんは、もうそんなお金を持っていませんよ。これで、最悪の事態になったら、K奈川県の責任を問われますよ。」

「いや、俺わさ、Ⅹさんを責めろって言っているわけじゃないんだよ。ただ、お前の努力が足りないって言ってんだよ。この評価、『ははあ、ありがとうございます。自分の2億円返してもらえなかったのに、こんな良い評価してもらって。』って、受け取れよ。」

もうぬんの仕事は、評価されない。

完璧なハラスメントだ。

この人のハラスメントの標的になったんだ。

仕事ということを武器に、露本洋二課長に「霧野ちゃんのこの成績はどういうこと?」と聞かれても、合祖さんは言うだろう。

「霧野は、決められた仕事していないからです。事務分担で霧野に与えられた「農業金融の延滞整理について」って仕事をきちんとやっていないからです。」という、誰にでもわかる仕事という名のもとに、表立っていじめを仕掛けてきたんだ。

もうだめだ、と思った。

何を言っても、この人はぬんをいじめるんだ。

合祖さんがいじめることができる相手はぬんだけ。かわいそうな人。

でも、ぬんは、合祖さんにあからさまにハラスメントされた。

しょうがなく評価の表を受け取った。

「はい、霧野、評価の表、受け取ったぁ!霧野は、自分で自分が仕事をしてないって認めたんだよ。だから、受け取ったわけ。わかる?はい、ごくろうさん。」

と言って、下を向いて口に手を当てながらくすっと笑った。

心臓が急にドキンドキンし始めた、そして、その動悸はしばらく止まることはなかった。

上司による陰湿ないじめ。

誰も救ってはくれない。

成績という、ある意味、県庁の人事の闇の世界。

民間企業にように努力して実績を上げ評価されるという基本的なラインはなく、上司の機嫌、気分によって、

「こいつ女のくせにやりすぎなんだよ。課長や部長に『霧野さん、頑張っているね。』なんて言うのを聞いているだけでむしずが走る。これじゃ、こっちが仕事をしてないように思われてうざいんだよ。」

という感じなんだろう。

合祖さんがぬんの成績をつける立場だった。

落としめられてまった。

その冬は、数万円も下がった期末・勤勉手当をもらって、ただグレイな時を過ごした。

その後も合祖さんからの残酷な言い方をポロリポロリと言ってくるの言葉のいじめは続いたが、F及・金融班の班長の吉野さんの優しい言葉で何とか延滞整理の仕事を地道に続けることができた。

亡くなった山上君が見えない姿でもそばに寄り添ってくれていなかったら、精神的におかしくなっていたかもしれない。

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