第10話 親友、山上くんのパワハラによる自死 

塩山さんが休みに入ってから、数回、他課の技術の課長代理をしているご主人が合祖さんのところに、塩山さんの状況を話に来ていたのを見た。

結局、手遅れだったんだ。

塩山さんのピンク色に染まった大きな唇の笑い顔が、目に浮かんだ。塩山さんと仕事以外にどんな話をしたっけ?

気が強い塩山さん、考えてみると、いろいろなことを言われた。

中でも一番ショックだったのは、大学のことを言われた時だった。

同じ課に、農産品の販売促進をしているS費・流通推進班があった。

ぬんは、K奈川県の農産物の勉強もちょうどしていたし、その班の仕事をしてみたかった。

その班がイベントをするときには、必ずお手伝いに行っていて、すごく楽しかったので、昼休みだったか、何気なく「S費・流通推進班に、行きたいな。小林由美恵さん(同い年で当時、副主幹だったと思う。)みたいにあの班でバリバリ県産品の販売促進をしたいな。」と何気なく言ったのだと思う。

そうしたら、塩山さんが爆撃のように「小林さんと霧野ちゃんは違うわ。小林さんはO茶の水女子大を出た才女なのよ。あなたみたいに地方の国立大学を出た人では人間の格が違うのよ。同レベルだと思わないで。S費・流通推進班に行きたいなんて生意気よ。」とのことだった。

塩山さんの学歴は最後まで聞いたことがなかったが、自分ではなく他の人を引き合いに出すとは。

そして、人が出た大学を何も知らず全面否定するとは。

ぬんが出た大学は、確かに地方にある。

超優秀かといえば、難しいところだが、1年生から2年生に上がるのに取得教科の厳しい縛りがあり、およそ半分が落ちる。

そしてまた、2年生から3年生に上がるときも厳しい縛りがあり、4年間ストレートで卒業できるのは、どのくらいの割合になるのだろうか。

勉強をせずして、簡単に卒業まで行きつかない辛い大学である。

経済学部は、昔は高商と呼ばれ、全国でも名だたる高等商業学校だったが、今もその地では有名な大学である。

その県の県庁は、ぬんが出た経済学部卒業生で成り立っている。

でも、その県に行って、塩山さんが同じことをほざいたら、周囲の人に、白い目で見られるだろう。

そういう大学である。

全国的に見れば、地方の国立大学というだけかもしれない。

私は、その地方の歴史を勉強したくて両親を「4年間だけ(実家を離れさせて)。」と説き伏せて行った、ぬんにとっては大切な大学だった。

何の状況も知らないのに、そんなことを言わなくても。

それが塩山さんとの一番の思い出話。

その時、起こった状況から私は、塩山さんに、心を割った話はしなくなった。

職場の上司だから、ラーメンランチもあくまでも気遣いでついて行っていた。

通夜やお葬式であった塩山さんのご主人もK奈川県職員。

技術屋さんであった。

人から聞いた話では、塩山さん夫妻は、再婚同士とか。

ご主人は、目に涙を浮かべながら、「とにかく明るい妻でした。新しく購入したマンションの居間の色合いに合わせた素敵なリビングセットが届くのを心待ちにしていました。」と静かに語っていた。

私には突き刺すようなことをガンガン言ってきた塩山さんだったが、ご主人とは仲睦まじく暮らしていたんだ、と心が熱くなった。

しかし、それから1年経つか経たないうちに、前回と同じシチュエーションで佐藤女史がこそっと隣の熊井さんに、「塩山さんのご主人、結婚したんだって。それが何と、塩山さんが県立Gんセンターに入院していた時、塩山さんの担当だった看護師さんなんだって。びっくりだよね。まだ(塩山さんが)亡くなって半年もたってないんじゃない。」と話していた。

その時、ぬんは初めて塩山さんに対して、「塩山さんって、かわいそうな人だったかも。」という感情を持った。

S谷さんが「すい臓がん」という病で苦しんでいるときに、ご主人は妻の世話をしてくれている若い看護師と付き合っていたのだ。

それからも、同じ部局にいた端正な顔立ちで小柄なご主人と、新庁舎の廊下で何回か出会った。

優しいご主人は、にこやかに「霧野さん、お元気ですか?」などと話しかけてくれたが、ぬんの心には、なぜか許せないというようなわだかまりがあって、ぬんは、「あ、はい。」と言って逃げるように立ち去った。

やがて死にゆく妻の面倒を一生懸命見るふりをして、妻の担当の看護師さんと愛を深め合っていたのか、何か汚い。

たくさんの小さな横暴で、ぬんを振り回してくれた塩山さんだったが、亡くなってみると、こんな形で最愛のご主人に裏切られていたとは、女性同士として同情したのかもしれない。


そして、塩山さんが亡くなった5月は、同期の山上君も亡くなった。

異動して1年間勤務していた県立Kども医療センターという職場でいじめに合い、精神がおかしくなってしまったとのことだった。

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