第9話 よくまあ、ひどい職場ばかりあるよねー、K奈川県庁って。

次にぬんは、初めて農業という分野に異動した。

N業振興課という課で、ぬんが担当だったグループは、農業資金の貸し付けを行うところで、特に新規就農の人に金融機関を通して、融資する係だった。

ぬんは、N政策金融公庫という資金の貸し付けをしていたが、ぬんが異動する年度の初めから金利が無利子になるとのことで、申し込みは集中していた。

すると働きたくない私の前任者の中村さん(ちなみに中年のちょっと小太りの男性)は、4月から大量の申し込みがあったにもかかわらず、1件も手出しをせず、毎日、タバコをふかしに何時間行っていたことか・・・中村さんを知るこの所属の人からの話によると、です。

(私とは入れ替わりなのでよく知らない人なのですが。)

6月(知事選があったので、6月異動だった。)に自分が異動するまでの28件分をずっとぬんのために溜めておいてくれた(怒)。

(K奈川県職員って本当に働きたくない人が結構いるんだよ。公務員ってこれだからバカにされるんだよ。働かないってさ。勤務時間中は働かないで、それで残業はしていたらしい。時間外手当、稼ぎぐんですよ。)

がっくりした。

4月から地道にやっていたら、私が事務をするのは溜まっていても、6,7件だっただろうに。

(異動したばかりでよくわからないけど、聞いてみながらじっくりやろうっと。)

半分あきらめムードで「もう、やるしかないっ!」と、意味がわからない書類をじっくり眺めながら1件1件事務手続きを始めた。

それにしても、K奈川県で農業をやっているのなんて知らなかった(無知な私・)。

そして、私は、あちこちの生産者さんを訪ねて、いろいろ勉強させてもらった。

K奈川県では、いつ、どこで、どんな農産物を栽培しているかも知らなかったし、農産物の収穫のシーズンも知らなかった。

とにかく生産者さんには笑われたり、怒られたりした。そして、何しろ一番の困った問題は、「虫」がだった。

「蚊」すら天敵だった私にとって、「蜂」に追いかけられたり、「げじげじ」に遭遇したり、想像を絶する恐怖だった。

農業は、周囲の農業者に支えられ、大自然との関係の中、開放感がありだったので、頑張ることができた。

でも、所属の人間関係は、なかなか難しく、畑に出張に行っている間だけが心穏やかにいられる時間だった。

ぬんのグループは、半分が事務職、半分が技術職だった。最初の班長(主幹)は、女性だった。

塩山苗子さん。おかっぱ頭でブラウンのさらっとした髪をなびかせて歩いていた。

口紅はいつも薄いピンク色。

大きな唇にたっぷりつややかに口紅をつけていた。

でも、決して仲が良かったわけではなく、女性同士の小さなごく普通の上司と部下だった。

農業金融のことでわかないことがあって、塩山さんに聞くと、農業職次席(副技幹)の草田 直之さんに聞くように言われ、草田さんに聞くと、これがまた超冷たい。

銀縁の眼鏡の奥には糸のような細い目があり、いつも上目づかいで眼鏡が光っていた。

「K奈川県の農業について知らない人に何ができるのかな。M浦半島のキャベツと大根の連作とか、知ってる?」

「あ、ちょっとわからないのですけど。」

「そんなことも知らないで、よくこの課に来たね。ふふ、まあせいぜい頑張ってよ。」

眼鏡の鼻の部分を左の人差し指で上げながら、冷たい笑いをしながら言った。

隣の席の佐藤香奈さんは、眼鏡をかけ、細い目と太い眉毛、長い髪を適当に後ろで縛って優等生を醸し出していた。(だから、佐藤女史と呼ぶ。)

でも、その優等生は、大したことでない仕事話をちょっと聞こうと思って話しかけると、「霧野さん、要綱とか、読みました?私への質問は、それからしてください。要綱も読まないでおいて、聞いちゃえばいいっていう人って大・大・大っ嫌いなんですよね。」と言って、プイっと向きを変えて、机上の書類を読み始めた。

本当にこんな感じ悪い班でやっていけるのだろうか。

毎日、誰とも話すことなく、ただただ貸付の仕事に立ち向かっていた。

楽しみは、農業者のところに行って、変わった農作物に取り組んでみた、という話を聞きながら、農作物のなっているところを見る、作り方を聞く。

農作物を食べさせてもらう、そんなことだけだった。

秋になって、S費推進・流通班(ぬんとは違う班)から農林水産祭「実りのフェスティバル」で各班への協力要請が来た。

「霧野さん、行って来たら。今、暇でしょ。」と隣の佐藤女史が言った。

「ひ・ま?」

同じ主査でも、ちょっとこっちが先輩なのにいつもこの人は上から目線。

どうにかならないの?この性格。

ちょっとムッとしたが、こちらがムッとしたところで、佐藤女史のこの性格が良くなるわけではなし。

「じゃあ、霧野さんが行ってくれるの?」と塩山さんが言った。

「はい、私、行きます。」

この冷たい人たちの中で悶々と仕事をする日々からちょっとでも離れて、いろいろな人と触れ合ってみようかな。その方が考えただけでも絶対楽しい。

毎日のちびりちびりとしたいじめから逃れられるかも。

そんな気持ちで、準備を含めた3日間、農林水産祭「実りのフェスティバル」に出かけた。

茶娘の格好をして、K奈川県のブースで足柄茶を淹れて、お客さんに飲んでもらっては、販売する。

足柄茶の他にも、梅干しやかまぼこを売る。

S費推進・流通班の土出朋久さん、

古沢智之さんと商品を並べて、大きな声でお客さんを呼び込んで、休み時間には他県のブースを見て販売の研究をする。

本当に楽しい時間だった。

このN業振興課でこんな楽しい仕事ことがあるんだと思った。

是非この班に変わりたい。私の気持ちは、それしかなかった。

でも、K奈川県庁という組織は、決して得意分野を生かしてくれる人事配置はしない。

周囲から聞こえてくれるのは、「何でこんなところにさせられたのか分からない。」という話ばかりである。

意向申告書(氏名、住所、通勤経路、所属、仕事が変わりたいか、班が変わりたいか、自分の状況、異動したとしたらどういう所属に行きたいかなどを書いて人事に提出する申告書)には、毎年書くが希望通りになったためしがない。

これを書けば適材適所に異動させてくれるのかと思って、毎年、熱心に書く。意向申告書は、形骸化している。人事課の個人の意見を聞いたという、満足のために聞いてだけである。とともに、ブラックリストに載せるための職員探しか。。。

10月に意向申告には書いた。同じ課内なら、比較的動かせやすいのだ。

でも、副課長の合祖石雄さんには、「お前、生意気なんだよ。2億円を取り返せもしないくせに、自分の希望が叶うと思っているのかよ。バカか。唖然としたよ。こんなことをぬけぬけと書いてきやがって。自分の分をわきまえろ。2億円取り返してから、意向申告に希望を書くんだな。」

またすっごいパワーハラスメント。

露本洋二課長に対する態度とは180度を飛び越して、540度ぐらい違う。

合祖さんは、本当に上向き。

偉い人への態度とこちらに対する態度、特に年下の女性には全く違う。


ある日、班長の塩山さんからランチに誘われた。

「霧野ちゃん、ランチに一緒に行かない?」と言われれば、嫌だなっと思っても、

「はい。」とごく普通に行く。

K奈川県庁本庁舎近くの海が見えるちょっと高級な中華料理店に五目そばを食べたことは、何だかはっきり覚えている。女性好みの店内は、くねくねっと曲がった猫足がついているテーブルと椅子が、主に2人用に数テーブル置いてある。4人掛けは、2席あったかなかったか。

「ここの五目そば、美味しいわよね。」

「はい。」

髪の右側を左手で押さえながら食べていた。

そのお店は、かなり量が多かったので、私は少々持て余し気味だったが、塩山さんは、スープを半分ぐらいまでしっかり飲んでいた。そして、デザートの杏仁豆腐もしっかり食べた。

「あー、満腹。」

「はい。午後、眠くなりそうです。」

「フフ、そうね。」

2階の店から下りて、点滅を始めた横断歩道をパンパンのおなかを抑えながら、走った。

「間に合ったぁ。」

二人で息を切らして、笑いながら、ギリギリセーフで自席に着いた。


でも、次の日から塩山さんは、席にいなくなった。

合祖さんから「塩山さんは、理由があってしばらくお休みです。」という話があった。

昨日まで、あんなにスープを思いっきり飲んでいた塩山さん。

病気だったなどとは考えられない。

情報を得ることがとっても早い佐藤女史が、その隣の熊井篤実さんにぼそぼそと話しているのを聞いた。

「塩山さん、すい臓がんらしいよ。県立Gセンターに入院したんだって。」

(え、あんなにがっつり五目そば食べていた塩山さんがすい臓がん・・・あの五目そばを食べていた時、自分の病気のこと知っていたのかな。)

誰も座っていない班長席を見ながら、ぼーっと考えた。

3か月くらいして、合祖さんがわが班にきて「K理・金融班の皆さん、塩山さんの通夜と葬式のお手伝いに行ってください。自分のところの班長が死んだんだから、みんなで2日間とも分担して行ってください。」と少し投げやりに言った。。。

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