第8話 県庁は、すべてがJ事課が決める。そして、いじめで最悪の結末になった彼。

1年くらい経ってだが、たまたま庁舎の廊下で、山敷さんという同期の女性に会った。

県庁には、本課と出先機関があるが、いわゆる本課が入っているビルは大きな建物が4つある。

古めかしい本庁舎、その本庁舎と渡り廊下で結ばれた新庁舎、そのまた新庁舎から渡り廊下で結ばれた第二分庁舎、それから日本大通りという大きな道路を挟んで向かい側にある分庁舎。

他にも、県庁の周りの貸しビルの中に入っている部局を含むとかなり多くの県職員があの辺りで働いている。

どの庁舎もすし詰め状態で、部屋によっては席を立つとき、後ろに座っている人に「立ちたいので、椅子を引いてもらっていいですか?」と聞かなければならないところもある。


そのような県庁なので、庁舎の廊下で同期の人に会うことはよくあることだった。

新庁舎の3階で、同期の山敷さんに出会った。

「あ、山ちゃん、元気?」

「あ、霧野ちゃん、良いところで会えた。」

「私に何か用?」

「霧野ちゃん、元J事課の人たちの間で有名になっているよ。」

「何で?私が」

「霧野ちゃんが上司を売ったって。上司の悪口をJ事課に言って、『上司がパワハラをするのです。あの上司、辞めさせたいのですけど。』って言ったんだって?勇気あるよね。」

「えー、何それ。そういうことって誰が言うの?」

「うわさを流している人?」

「うん。だってそれだけよく尾ひれつけたことが言えるよね。それに、私が上司と何かあるのを知っている人。うーん、誰だろう。」

「よくわからないけどね、霧野ちゃん。おそらくだよ、おそらく山岡さんって話だよ。山岡さんって、霧野ちゃんは知っているの?」

「え、山岡さん知っているよ。でも、何で山岡さんがそんなこと言うんだろう。」

「思い当たることないの?」

「思い当たること…無くはない。」

「何?」

「うちの上司が超意地悪でね、もう精神的に疲れ切っちゃって。このままだと私、心、病むなあと思って、山岡さんが元J事課だって聞いていたから、上司のいじめを相談するところないかを聞いただけ。山岡さんって、かわいいし、優しいし、とてもいい人だよ。」

「う、もうぉ。そんなだから、霧野ちゃんは、山岡さんみたいに外面だけよくて性格悪い人に騙されるのよ。」

「うー、うん。でも、山岡さんが?信じられない。」

「霧野ちゃん、人良すぎ。」

「山岡さんがそんな人だと知らなかった。」

「今度から気を付けた方がいいよ。何しろ県庁って狭い世界だし、もとJ事課というのがねー。たち悪いよ。」

「うん。」

山ちゃんと別れた後、何だかすごく空しくなった。

菊田さんと二瓶さんに毎日いじめにあって、耐えに耐えて、トイレにこもって、泣いて、泣いて、もうこれ以上いじめられていたら、精神科行きだと思って、やっとの思いですがった山岡さん。

そして教えてくれたJ事課の「公正・透明」。

でも、そこも一応、J事課が「職員の上司や同僚からのパワハラやセクハラに悩んでいる人、相談に乗ります。」って形だけ作ったセクション。

結局、全く役に立たなくて、よりひどい菊田さんや二瓶さんのパワーハラスメント受けるようになってしまって、J事課の「パワハラやセクハラを受けている人、解決します。」のチラシも全くあてにならない。

それで、今度は「相談できるところないですかね。」と聞いた山岡さんが実はしたたかな性格で、みんなに「T気水質課水質調整班の霧野は、上司の菊田を売っている。」とみんなに言って歩いて、本当にひどい。

最悪の組織だ。

山岡さんもそれだけの人だった。信じた自分が悪かったんだ。

元J事課なんて、所詮ブラックリストに載せる人を常に目を光らせて探していて、J事課への報告する係なんだ。


毎日、毎日いじめられ、手術をしてよくなるはずの顎関節も痛みは残ったまま、1秒でも早くお別れしたいと思っていた菊田さんとは結局、丸3年一緒だった。

毎年毎年、意向申告書に「班長のパワーハラスメントがひどいから早く異動させてください。」って書いたのに。

J事課は、結局変えてくれなかった。

J事課のせいで、障害がある身になってしまった。

J事課のパワーハラスメントに対する認識が甘すぎる。

こういう職員の話をきちんと聞かないから、県庁は心を病む人の製造会社になっていくんだ。

山岡さんもそれだけの人だった。信じた自分が悪かったんだ。

元J事課なんて、所詮ブラックリストに載せる人を常に目を光らせて探していて、J事課への報告するというしたたかな係なんだ。

そして、良い人事情報を報告すれば、自分の出世の道は安泰。

ひどいなぁ。


その次の職場は、Y浜駅近くの変則勤務の出先のセンターだった。

基本的に県民相手で、ボランティアを応援したり、会議室を貸したりする職場だった。

自由に使える9階、10階、11階(この当時)は、机といすが置いてあり、元に戻しておけば、動かして使ったりもできた。

だから、本当にいろいろな人が来ていた。

やってはいけないことだったが、謝金を取って外国の人が日本人に外国語を教えたり、また、逆のパターンもあった。

他には給湯室の流しで染色をしたり、また、山盛りの白菜を運びこんで何をするのかと思えば、漬物をつける人もいた。

漬物樽を置いていったおばあさまにお叱りも込めて、話に行ったところ、

「あんた、何しに来たんだい。ここは何をしてもいいところだろう。」

「基本的には、ボランティア活動をするところです。」

「わたしゃ、ボランティア活動しているんだよ。」

「えーと、うーん。何のですか?」

「捨てられていた白菜をさあ、拾ってきて、漬物にして、近所に配っているんだよ。ECOってやつ、かい、素晴らしいボランティアだと思うんだけどさ。」

「でも、こういうことは、おうちでしていただけると、とてもいいボランティアかと思いますが。ちょっと、ここでは。匂いもありますし。ニンニクの匂いがすごいのですが。」

「そうだよ、にんにく、入れているからさぁ。唐辛子も入れているよ。ニンニクもとうがらしも体に良いんだよ。いいボランティアだろ。近所の人、健康にしてやるんだよ。良いことじゃないか。」

「体には良いのかもしれませんが、ここにいらっしゃてる方には、ニンニクアレルギーやニンニク嫌いの人もいらっしゃって。」

「へぇ、体に良いものが嫌いだなんてね。かわいそうな人だね。まぁ、そちらさんの言うことはわかったよ。でも、さあ、ここに置かせておいてよ。持ってくるのも大変だったんだよ。それにここ、冷房も暖房も効いていてさあ、漬物にはちょうどいいんだよ。」

「ここは、みなさんの場所ですから、ご自分のものは必ず持って帰っていただくのが決まりですから。」

「置いておくだけ。いいだろう。置いておくだけなら、ニンニクの匂いしないだろう。蓋、開けなきゃいいんだから。」

そこへ、他の男性が血相を変えて来た。

「うるせえんだよ。ババア。さっさと、このゴミバケツ、持って行けよ。くせえんだよ。おまえ、ここの職員かい。ちゃんとこういうババア取り締まりなよ。こんなの、ボランティアでも何でもないだろう。」

年配のその男性の話に、このおばあさま何て言うのかな、とぬんは見ていた。

すると、いとも簡単に

「わかったよ。持ってかえりゃ、いいだろう。男に言われると辛いよ。」とおばあさまは言った。

「わかりゃ、いいんだよ。」男性はくるりと向きを変えて、仲間のグループのところへ戻っていった。

そして、ぬんは台車を貸してあげて、1階の玄関まで一緒に運んであげた。

そのあと、そのおばあさまはどうするのかなーとぬんが見ていると、なんと、タクシーを止めて、運転手さんに漬物樽を運ばせ、帰っていった。

毎日来ているおばあさまだけど、「いったい何者?」とぬんは思いながら、思わず笑ってしまった。

想像を絶するここでもいろいろあったが、どちらかというと、所属の人間関係の問題というより、県民相手の職場だったので、こんな感じの対応の忙しさに振り回されていた。

県民相手はいろいろな事件はあるけれど、結構エキサイティングしていて楽しい。

県民は、県にこんなことを望んでいるんだと思うと、それはそれで勉強になる。

ぬんは県庁に入っているわけだから、県民の人が起こす事件も楽しく受け入れなければならない。


しかし、ここでも、同じ班にいる個性的な50代のおばさんのいじめの標的にはあった。

でも、情緒不安定だったのか、そのおばさまは全く自分の気分で機嫌が良い日と悪い日があった。

ぬんも菊田さんのひどいいじめに合ってきたばかりだったので、力も尽きていて「今日はどっちかな、機嫌が悪かったら話さないようにしよう。」という感じだった。

毎日、「これ、門前仲町で買ってきたお菓子なのよ。」という感じで、あちこちのお菓子を買ってきてくれたりした。

ただ、お店は違うのだが、今週は毎日、みたらし団子。

今週は、豆大福週間という感じで、毎日、大きな和菓子を必ず食べなければならなかった。

でも、機嫌が悪いと口も利かない。

理由は不明。

ぬんとだけ口を利かない。

外線の電話も全くでない。

お菓子もぬんの分だけない。

でも、菊田さんの3年間毎日の特に理由もなく行われる徒党を組んだパワーハラメントに比べたら、おばさんの気まぐれとレベルの低い話だった。

まあ、それでも自分の気分で、人を振り回すって、何なのよって思うけど。


この所属では、私の隣が山上君という同期の男性だった。

山上君は、「結婚して―よ。」ばかり言いながら、毎日MEN‘S NON-NOを読んでファッションの研究をしていたが、決してぬんのことは「結婚したい」相手には考えていなかったらしい。

ぬんをじろじろ見ながら、「霧野ちゃんは、友達だからな。恋人にするなら、俺は俺より頭が悪い方がいいな。霧野ちゃんは何でもできすぎるんだよ。」と変な言い訳をしていた。

そして、横浜駅近のほわわんとした人間関係の所属で、帰りがけには、「美味しいケーキのお店ができたよ。」と同僚に言われると、その日の帰りには寄ってというような穏やかな3年間を過ごし、また異動の時期がやってきた。

1年先に出た山上君は出先希望だったので、県立Kども医療センターに行った。

ぬんは本庁希望だったので、本庁に異動した。

そういえば、山上君から連絡がこなくなったなあ。何だか寂しいな。



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