第6話 複数の上司からのいじめによる発病①

そんな時、県庁に入って強烈なパワハラに合う職場に異動した。

ぬんが配置された班はT気水質課水質調整班と言ところだった。

その班は、40代の男性の班長の菊田さん、50代の女性の副主幹の飯村さん、40代の男性の副技幹、椎名さんと、主任主事のぬんだった。 

T気水質課は、ぬんが異動した時、ちょうど庁内引越をしたばかりで、段ボールに囲まれていた。

ぬんは、G併処理浄化槽の補助金が事務分担だった。

G併処理浄化槽とは、下水管のない家庭専用の汚水を処理する設備で、下水道が普及していない地域の家庭に設置するための補助金を出していた。

当時の補助金は1装置20万円だったが、数万円ずつ何年かにわたって、出していた。

ぬんの前任者は、その補助金の決裁文書(課長まで関係者が内容を確認して、押印したもの。ここでは「補助金書類」ということにする。)がとても大切な文書だったので、引越と異動で行方不明になってはいけないと思って、菊田さんに預けていた。

それをぬんをいじめられるから面白いと思ったのかと、その書類をわざと隠し、T気水質課の引越の様子も知らない、異動してきたばかりのぬんが補助金書類を見つけられないのは、ぬんの管理きちんとしていないからだということにしようとした。

「おい、霧野、G併処理浄化槽の補助金書類、どうした?」

「私はまだ前任者から引き継いでいませんが。」

「そんなはずないだろう。あれは、個人情報も入った大切な書類なんだよ。」

ぬんの前任者は、市町村交流で、A川町に異動してしまっていて、なかなか連絡が取れなかった。それも忙しいセクションになったとのことでなかなか連絡がつかなかった。

たまたま連絡がついた時、前任者ははっきり言った。

「ああ、霧野さん、その補助金の書類、個人情報もあるから、菊田さんに預けた。聞いてみて。」

しかし、菊田さんに聞くと、「預かってないなぁ、霧野さん、来て早々無くしただろ、きっと。来て早々、やらかしてくれるよな。」

菊田さんはロッカーの上にある文書保存箱を指さし、「あそこからあそこまで7箱がうちの班の箱。探して補助金書類があったら帰っていいから。徹夜と言わないけれど、少なくとも終電までは探してよ。」

文書保存箱には、文書がぎっしり入っていて、1箱が10㎏ぐらいあった。

「でも、菊田さん、私は異動したばかりで、本当にどこに何の書類が入っているか全くわからないし、どうしたら良いのかわかりません。」

「いい年して、甘えるなよ。霧野さん、今、俺が言ったこと、聞こえませんでしたか?文書保存箱7箱の中に補助金の起案がないかどうか、探してくれよな。すぐだぞ。」

飯村さんはうんざり顔で、男性の副主幹の椎名さんは顔色一つ変えず、チラッとこちらを見ながら、菊田さんとぬんとの話を聞いていた。

ぬんは泣きたかった。

異動した次の日からこんなやり取り。思いやられる。

菊田さんは、いじめの獲物を待っていたかのように、ニタニタしながら、次々、攻めてきた。

とりあえず、引っ越してきたばかりだから、自分の机を整えよう、と思って、席に座るか座らないかのうちに、菊田さんが「のんびり座ってないでさあ、新聞の切り取り、行ってきて。書類探しはそのあとでいいから。」と言った。

新聞の切り取りは、7班ある班から一人ずつ出てきてT気水質課に関係がある記事を切り抜き、A4の紙に貼ってコピーし、最後に管理職と各グループのグループリーダーに配る仕事である。他の班では、班の中で順番を決め、代わりばんこにこの当番をしていた。

しかし、わがS質調整班は、ただでさえ、4人とメンバーが少ない上に、菊田さんは「こんなの、一番下っ端の仕事だろう。俺たちに『やれ』なんて言って来たら、許さないからな。霧野、おまえ、分をわきまえろ、分を。」

飯村さんは「あたし、いゃーよ。めんどくさい。なんであたしがそんな仕事しなきゃいけないの?」、椎名さんは「・・・・・」というわけで上三人が暗に嫌だと言ってやらなかったので、私が毎日、行くことになった。

でも、朝からぬんの仕事であるG併処理浄化槽の補助金申請した県民から電話がかかってくることがあって、ぬんが電話していると、他の班の新聞当番の人が「S質調整班の人、誰か出てください。」と言いに来た。

「あ、霧野さん、電話しているんだ、じゃあ、他の人でいいですから。昨日も霧野さんだったんですから、誰か他の人が出てくればいいんじゃないですか?」と言って去っていった。

そのあとすかさず、飯村さんが「あたし、いやーよ。あたし、忙しいんだから。」すると、

「おい、霧野。お前のせいで俺が怒られただろう、こんな朝早くから電話なんかしてんじゃないよ。県民なんか待たせとけよ。『私、新聞の切り取りって大切な仕事があるんです。』って断れよ。だいたいこんな朝早くから電話してくる県民も県民だよ。8時半から仕事時間なんだから、気を聞かせて、9時過ぎに電話して来いよ。そう言ってやれ。」

菊田さんはそう言いながらくすっと笑っていた。

(「全くぅ、これだから、県職員は県民に嫌われるのよ。」と心の中で思った。)

菊田さんが、大声で言ったので、電話の相手には何となく聞こえていたらしかった。

電話の向こうで、「県の人って本当に失礼だよ。何様だと思ってんだよ。姉ちゃんさ、今の誰?」

ぬんも電話をかけているときに、新聞の切り取り当番って言ってきて、それに対し何の対応もしないし、県民に電話かけているのに大声で聞こえよがしに、いつもの調子で嫌味たらたらで、うんざりしていたので、「今のですか?うちの班長です。」と言った。

すると電話の主は、「班長?名前はなんていうんだ。」

「菊田です。」

「まあいいや、そのご立派な班長さんに言ってやれよ。『県民を何だと思っているんだよ。誰のおかげでお前たちはおまんま食ってんるんだ』ってさ。『少し考えろ』ってね。また、霧野さんだっけ、あんたが都合がいい時間に電話してやるよ。

バカ班長に『バカっ!』って言っといてな。」

「はい。伝えておきます。今度はこちらからお電話します。ご都合がいいお時間はありますか?」

「いいよ、霧野さんの都合がいい時間でさ。」

「ありがとうございます。じゃあ、また電話させていただきますね。失礼します。」

ぬんが電話切ったとたん、菊田さんからの嫌味ったらしいねちねちした言葉が飛んできた。

「霧野っ!!おまえ、誰の悪口、言ってんだよ。県民に向かって、よく上司の悪口、言えるな。」

「わたし、菊田さんの悪口なんて言っていません。」

「ところで、お前、お前が無くした補助金の書類、見つかったのか?何日経っているんだよ。」

「探しているんですが、見当たらなくて。村木さんは、『無くしちゃいけないから菊田さんに絶対預けた。』と言っているのですが。」

「お前、班長の言うこととペーペーの前任者とどっちを信じてんだよ。」

「あのー、S質調整班の人、誰でもいいから、新聞の切り取り、一人出してくださーい。」と今日の新聞の切り取りのメンバーがこっちを睨みつけながら、誰かが叫んだ。

「おー、遅くなって悪かったな。霧野が失敗してな。怒っていたんだよ。今、霧野を行かすから。わりーな。」

(ぬんが、いつ怒られたの?菊田さんが悪いんじゃないの?また、いつものい・じ・め。パワハラ。菊田さんいつもこうだからな。)

ぬんが新聞の切り取りに行ったとき、切り抜きをA4の紙に貼る佳境の作業になっていた。

「じゃあ、あとは霧野さんに任せるね。」

6班の人たちは、各班に散っていった。

ぬんは、同じ内容の切り抜きの1枚ずつにスティックのりで貼り、貼り終わると、管理職5部と班で回覧してもらう7部、計12部をコピー作り、配布して、ハイ終了。

やっと終わりにして座ると、また、菊田さんの怒号が襲ってきた。

「霧野!引越して持ってきた段ボールの整理は終わったのか?」

「まだ、どこに入れたら聞いていないので、教えてもらってやります。」

「バカ、霧野、何やってんだ。うちの班だけだぞ。ロッカーの上に置きっぱなしなの。本当にお前、グズだよな。見てて、イライラするんだよ。ばーか。」

「まだ異動してきて2日なので、理解できてなくて。」

「言い訳してるんじゃないよ。何か言えばすぐ言い訳。イライラするんだよ。」

(あー、本当に辛い。ずっと、見てられてちゃ、お手洗いも行けない。あ、菊田さんの大の仲良しの副課長の二瓶さんが来た。今度は、何、言うのだろう。)

「あ、副課長。霧野は本当に気が利かなくて。いちいち反抗するんですよ。」

「霧野さんさあ、菊田さんに反抗しちゃ、ダメだよ。今から反抗するなんて、10年、いや、50年早いな。良い根性してるなあ、今の若者って。なあ、菊田さん。」

「そうなんですよ。」

「はい。」

(まだ、来て2日目、反抗どころか、自分の事務分担と探し物があることと新聞切り、それしかわからないのですが。)

そして、3日目の朝。

「おい、霧野。みんなの机、拭いたか?」

「あ、皆さんの机、拭くんですか?」

「おまえ、勤めて何年?そんな常識もわかんないの?本当、おまえ、生意気だしバカだし。使えないな。」

「じゃあ、拭きます。」

「なんだ、じゃあ拭きますって。本当は拭きたくないのに、班長に言われて仕方なくて拭いているって感じだぞ、おい。」

(何だ、このいじめ。高校生のいじめみたいだ。)

「それから、書類、探してんのか?昨日も俺が言った通り、終電まで探したんだろうな?」

「はい。無かったです。」

「おまえ、まじに懲戒免職だぞ。補助金の決裁書類だぞ。個人情報だぞ。重要さわかっているのか?今日も探せよ。終電に間に合うまででいいから。しょうがねえな。」

(私が無くしたわけじゃないでしょう。私が来る前の引っ越しの時に無くしたんでしょう。)

班の机を拭いて、新聞切りに行った。

「S質調整班、来るのがいつも遅いよね。」

「ごめんなさい。」

「霧野さんに言ってもしょうがないんだけどね。他の人、全然来ないよね。」

7人で、カサカサ、バリバリ。新聞を読んで、はさみで切る音だけが響いていた。

この新聞切の仕事が好きな人はいない。

思わず黙ってしまう。

「この記事、どうかな?」

「えらんで、いいんじゃない。」

30分の静かな時間が終わった。

「霧野?S質調整班のファイリングに書類が入ってなかったぞ。おまえ、早くやれよ。仕事ができないじゃないか?」

「はい。」

(もうこの人には「はい。」だけで済またほうがいい。何か言ったらこっちが傷つくだけだ。)

ぬんの机の上は、引っ越してきてそのまま書類が山済みなっていたが、ぬんは見て見ぬふりをして、椎名さんが下ろしてくれた段ボールからS質調整班のファイリングに、ファイルを入れていった。

椎名さんは、化学の技術屋さんでまじめで物静かだった。

自分の仕事をひたすら熱心にしている椎名さんと、定年まであと数年だからと仕事は適当に暇があると、課の他の人と話している飯村さんだから、菊田さんが何か言っても二人は相手にしない。

だから、菊田さんが私を標的にするのはわかる。二人に何か言っても、「暖簾に腕押し」、でなければ、逆にやり込められる恐れもあるからだ。

異動して1週間経った。結局、補助金の書類は見当たらなかった。

菊田さんが「はい、霧野。懲戒免職決定!」と言った。

椎名さんが聞くのに堪えかねて、ぼそっと「菊田さん、それはひどいだろう。

霧野さんは、異動してきたばかりで、その書類がどのようなものかも知らないんだよ。せめて、どんな厚さはどのくらいで、最後いつまで誰が見ていたのかくらい、きちんと教えてあげなきゃフェアじゃないと思うよ。」

すると菊田さんがしぶしぶ「普通の起案用紙の起案だよ。決裁済み、厚さは12,3センチくらいかな。霧野、わかったかよ。」

「はい。」

「明日まで見当たらなかった、課長に報告するからな。覚えとけよ。」

この一週間、帰宅時間は毎日1時すぎ。

さすがの母も「今度の職場って、何、そんなに忙しいの?毎日、終電じゃない。夕食も食べないで、毎晩帰ってきて。朝は机吹きがあるからって6時半に出て行って、何なの?異動したばかりで、上の方は、何か言ってくれないの?今日は早く帰りなさい、とか。」

ぬんは、思わず無口になった。

7時半に出勤して朝の机吹き、新聞切、およそ600人の合併処理浄化槽の補助金の仕事、ファイリングの整理、終われば、なくなった起案探し、毎日終電。

母に言う言葉もない。決して忙しくて終電なのではない。

見たこともない書類を探すために時間外をしているのである。

挙句の果て、毎晩仕事を強要しているのは、菊田さん。

上の人は、「何か言ってくれないの?」どころではない。

パワハラの張本人なのだ。

そして、極めつけは、「霧野、お前が探し物をしている時間は、お前のせいなんだから、時間外(手当)は申請するなよ。」とのことだった。

とても母に言える状況ではなかった。


ところが次の日になって、ぬんが出勤すると、その補助金の書類らしきものが、ぬんの席の隣にあるごみ箱に刺さっていた。

恐る恐る引っ張り出して、眺めると確かに「平成○〇年度、合併処理浄化槽補助金申請について」という12,3センチメートルある補助金の書類、大切な起案だった。

席に座って、初めて見る書類のページをめくりながら、内容を読んでいた。

しばらくして、課内がにぎやかになってきた頃、菊田さんが出勤してきて、なぜか、知らないはずなのに、

「霧野、あったんだって。それも、ゴミ箱に捨ててあったらしいじゃん。おまえさぁ、俺に当てつけかなんか知らいないけどよ、大切な書類、ゴミ箱に捨てるかぁ。ほんと、霧野、信じられないよ。」

わざと、課中に響き渡る声で言った。

その声を聞きつけた副課長の二瓶さんがやってきた。

「霧野、お前、また何かやらかしたの?」

すかさず、菊田さんが「あれほど大切だって教えてきた補助金書類を、こいつ、ゴミ箱に捨てていたらしいです。」

「私、今日初めて見たし、早朝にゴミ集めの方がいらっしゃって、捨ててくれるはずだから、そのあとに誰かが見つけて置いてくれたんだと思います。」

「見つけた人も本当に親切だな。大切な書類だってわかるものをゴミ箱の中に置いといてくれて。」菊田さんと二瓶さんが顔を合わせて、ニタっと笑った。

菊田さんが「霧野、命拾いしたなあ。このままだったら、懲戒免職、間違え無かったのに。」

何だか残念そうに言った。

「まあ、気を付けてくれよ、霧野ちゃん。しっかりとした菊田さんの元で、仕事頑張ってくれ。頼むよ。」

二瓶さんが両ポケットに手を突っ込んで、笑いをこらえながら席に戻っていった。

菊田さんのいじめは、毎日、毎日、留まることなくずっと続いた。

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