第5話 仕事ができない上司との遭遇とストレスの始まり

そのあとのS害児教育課の時の班長の濱岡太さんは優しい人だった。

しかし、濱岡さんにはあまり仕事が与えられていなかったのか、いつも右と左に積み重ねている書類の束を、右にしたり、左にしたり、整理?しているだけで1日が過ぎていた。

何か相談しても「ふーん、ふーん」とうなり声を上げ、困ったような顔をして、手の甲で額の汗をぬぐいながら、

「やあ、私は忙しいので難しいなあ。」

「あのー、その書類を見ていただけないぐらい忙しいのですか?決裁もしてもらいたいし。」

「あー、印鑑ですか?いくらでも押しますよ。中身は私はわからないので、皆さんで、チェックしてくださいね。」という感じ。

何のための班長なんだ。

あるとき、雑誌の紹介文の修正をお願いする。

すると、養護学校の温室プールの説明を書くことがあり、編集者が「キラキラとした太陽の光が生徒に降り注ぎ・・・」と美しい文章を書いてきたものを、濱岡さんが「ギラギラとした太陽が生徒に容赦なく照りつけ・・・」というひどい表現にしてしまってびっくりした。

私たちの班でも、これはひどくないかと言っていたが、やはり国語の先生に見てもらおうということになり、隣の班の国語の先生に見てもらうと、国語の先生は、言葉を失うほどびっくりとして、

「濱岡さん、これどうしてこんな表現にしたの?」と言った。

すると、濱岡さんは「すごく良い表現になったと思います。」とまじめにニコニコと笑いながら答えていた。


ぬんと同じ班の二人の若者は、その仕事ができない悲しい大きな図体を見て、イラつき、毎晩のように三人で小料理屋に行き、まずビール一杯の後、一升瓶(ほとんどがお酒に強い一人が飲んでいたのだが。)を空にしていた。

そのあとぬんと同じ電車に乗る一人は、駅のホームの床に座り込み、「濱岡のバカ野郎っ!」と大声を出し、くだを巻いていた。リ

ぬんはと、言えば、同じ班にいたリタイアした二人の非常勤校長先生が休み時間にたばこを吸いに行くとき、濱岡さんの変な行動や濱岡さんからのわけのわかない無理難題を、泣きながら聞いてもらっていた。


その時のストレスか、S害児教育課を卒業する頃、ぬんはストレスで耳の前側の顎関節が痛くなり、口が1㎝しか開かなくなっていた。

「口が開かないなんて何かおかしいよ。」と二人の日本酒仲間に言われ、県庁の中にある「職員健康管理センター」に行った。

「そりゃ、おかしい。それ絶対ストレスによる顎関節症よ!」と受付にいた看護師さんに言われた。

センターの中には、たまたま口腔外科があり、T見大学歯学部の助教授が来ていた。

そこで、「重度の顎関節症」ということになり、「病院でないと、治療できないな。」とのことで、通院が始まった。

ぬんの顎関節症は、ぬんが考えていたより難しい状況だった。

何か月もの間、濱岡さんのダメダメな発言を聞いたり、何も仕事をしないだらしない所業を見ていてものすごくイライラしていたが、濱岡さんは上司なんだから、いくらやっていることがひどくても、「物申してはいけないんだ、いけないんだ。」と我慢していた。

ずっと無意識に歯を強くくいしばって仕事をしていたため、顎関節の関節円板(上あごと下あごのクッションの役割をする繊維組織)が崩れ始めていた。

毎日、スプリント(マウスピース)をして、食いしばらないようにして、少しずつ顎関節を調整していくしかなかった。

その結果、週一日、病院に通わなけれなければなくなり、通院する日は一時間ほど療養休暇を取る生活が始まった。

しばらくは、おせんべいのように固いものは食べられなく、まして、イカや鶏のから揚げのように顎関節が横にずれたりするような食べ物も食べられなかった。

しかし、食事のとき以外、寝る時もスプリント(マウスピース)を一日中して、半年くらい治療のため通院しているうちに、「このペースで行けば、近いうちにおせんべいを食べることができるようになるだろう。油断は禁物だけど。」と主治医に言われ、ホッと肩をなでおろしていた。

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