第4話 事件が多い賑やかな所属
3年終わって、定期異動があった。
2か所目は、出先機関の窓口業務だった。
県民からの要望が集中する職場だったので、ストレス発散のためのランチは重要だった。
1時間窓口に出て、1時間執務室で県民から提出された書類のチェックを行ってというローテーションで動いていた。
1人にかける時間は、ほぼ1分40秒程度。その間に、挨拶からこちらが必要なことを聞き取る。
異動して窓口業務を覚えるのが1週間、そしてデビュー。
最初は、ドキドキした。そのうち慣れてきて、少しぐずった子どもを連れてきた人を見かけると、子どもに「どこ行くの?楽しみだね。」なんて声をかけられるようにもなった。
11時30分から12時30分、12時30分から13時30分の他の会社とずれた昼休みは、近所のレストランも空いていて、のんびり食べることができた。
窓口の緊張感から離れて、唯一の憩いの時間だった。
しかし、ここでもまたまた事件は起こった。
この職場は、新採の人が多く、窓口業務のせいか、仕事が早いしっかりとした人が多かった。
その中で、ある程度の年齢になって異動してくると、窓口で受付をしている最中に県民の人から話しかけられたりすると、書類をどこまで受け付けたのか忘れてしまうらしい。
挙句の果ては、窓口に出ている同僚は県民の人が一生懸命話しかけてくるのに対し、「ちょっとあなた、黙っていて。」とか「うるさいよっ。」と言ってしまっていた。
また、あるおばさん県職員は、神経が集中できないのか1人に40分もかかったこともあった。
その県民の人からは「何でこの窓口だけ遅いんだっ。俺にどこか怪しいとこがあるのかよ。」などと怒鳴られたりしていた。
窓口デビュー戦で、そんな悲劇があると、次回の時には恐怖で窓口に出られなくなってしまうらしい。
私の前に座っていた田中さんという男性もそういう人だった。
50歳代で主査だから、仕事が苦手だったのだと思う。
その人は窓口1日目でものの見事に挫折した。
まじめな人だったのだと思う。次の日から長―い休みに入った。
ぬんが、そこに異動した時、その人と同じ年代で同じ雰囲気の人が3人いた、もう1人の萩谷さんは、承認した書類を県民の人に渡す班に、あと一人の上村さんは、事務所管理・運営をする班にいた。
県民の人に渡す班にいた萩谷さんは、県民への書類を投げて渡したり、本人かどうかも確認せずに別の人に書類を渡すなど、県民から苦情が殺到し、管理運営をする班に内部移動となった。
年配男性組3人の異動同期組の最初の事件は、管理運営班にいた上村さんが起こした。
県民の人が書類を書くフロアから「キャー、人が、人が倒れてるよ。」という声を聞きつけ、ぬんたち職員は、その場に急いだ。県民が倒れていたら、ぬんの所属の落ち度で転んだり、滑ったりしていたら問題になるからだ。行くと、人が一人、書類をフロアの真ん中で倒れ、頭を強く打ったみたいで、頭から血を流し、仰向けで倒れていた。
県民の人がこぼれていた水かなんかで滑って転んだのかと思い、上司や同僚たちと青くなった。
「霧野さん、状況を見てきてください。」と上司に言われて、人だかりができている場所に、「すみません、すみません。」と入り込んでいった。
ぬんたちは恐る恐る「大丈夫ですかぁ?」と声をかけた。
くるりと一周回って、血が流れている頭に近づいて見ると、それは上村さんだった。
辺りには、アルコールの匂いが立ち込めていた。
「何でアルコールの匂い?」
もしや。。。
上村さんは、アルコール中毒で職場の3番目の引き出しには、一升瓶が寝転んで入っているという噂だった。昼休みには、大さん橋の待合室の椅子に行っては、アルコールを飲んでいるという話を着たことがある。
救急車が来て、上村さんは運ばれていった。
フロアには警察が来ていたが、しばらく経つと、何事もなかったかのように帰っていった。
上司の話だと、上村さんは、昼休みが終わって、職場に戻ってきて、お手洗いに行こうとしたとき、ふらついて倒れて、頭を打ってしまったのではないか、という警察の見解であったとのことだった。上村さんは、次の日に脳内出血で亡くなった。
仕事中に飲酒なんてことあるんだ、びっくり。
その次は、三人のうちの二人目の話である。
田中さんは、前記のとおり、最初の窓口で県民に怒られ、挫折。長―い休みに入っていた。
一年経って、一日出てこなければ、仕事を辞めるのを考えなければならないという日、出勤してきた。
そういうことに詳しい同僚は、
「やっぱり出てきた。うまいなあ、田中さん。いつ出てくれば辞めさせられないって、日数を数えていたんだね。」
「でもさあ、精神を病んでいる人だから、「冗談でも『うまいですね。日数を数えるの』とか言えないよね」などと話していた。
ぬんは同じ班だったが、そんなことは、どうでも良かった。
人数が一人でも多いと、窓口に出る人が多くなって助かる所属なので、一人増えて嬉しかった。
でも、お休みに入っていた理由も知っていたので、窓口に出てもらうこともしなかった。
田中さんは、机上で、受付で受け取った書類の審査をしていた。
久しぶりに出てきて恥ずかしかったのか、「久しぶりだと、戸惑ってしまって。」とぬんに話しかけてきた。
ぬんは、「私なんか毎日やっていても、戸惑いばかりですよ。」と言って、うんうんとうなずいた。
すると、田中さんは、「そうですか。そう言ってもらうと安心しますよ。」「はい。」
時間になると、田中さんは、「では、お先に失礼します。」と言って、ちょっとニコッとして帰っていった。
ぬんは、フロアの模様替えのチームに入っていたので、その話し合いがあり、残っていた。
「お疲れさまでした。」とあいさつをした。
次の日、田中さんは来なかった。
班長の植木さんは、「やはり田中さん、来なかったわね。」
同じグループの人は、「まあ、しょうがないよ。」というあきらめの感じで聞いていた。
それから、2、3日経って、窓口が閉まった後、月1回の課会議が行われた。
課員は15人くらい。
その課員は、班長もすべて窓口業務に携わっている。
外国人のスペルについて相談された時の対応とか、急いで発給してほしいと言われたときの対応とか、来所する県民からのいろいろな相談について、課員で考え方を共有していた。
課会議が終わり、課員みんなで三々五々と帰っていった。
ぬんも同じ方面の同僚2人ぐらいと、Y浜からK浜急行に乗ると、車内放送が、「19時〇分ごろ、G明寺駅であった人身事故のために、この電車は10分程度遅れています。お急ぎのところ、ご迷惑をおかけしてすみません。」と言っていた。
「人身事故だって、また、自殺かね。」
「G明寺って、快特(快速特急)、飛ばすもんね。」
ぬんたちが乗った快特がG明寺駅を通るとき、電車は徐行運転でスピードを落として、走っていた。
その時、ぬんたち3人のうちのドアの近くに立っていた一人が
「ねえあそこ見て、白いシーツに包まれたものがある。ちょっとシーツが赤く染まったところがあるよ。あれ、血じゃない?」
一瞬だったが、まるでミイラのような何かが包まれた白いシーツが見えた。確かに何か真っ赤な流血の後みたいな染みがあった。
K大岡駅に着くと、他の二人は電車から降りた。
二人は電車が出るまで、ぬんに手を振ってくれた。
二人も死体らしきものを見て、背筋が寒くなっていたのだろう。
ぬんは、先ほど見たシーツに包まれた何かの映像が頭にこびりついて離れない。
「あの人、一体、何があったんだろう?」という考えに進むことはなかなかできず、頭をよぎるのは白いシーツと赤い染みだけ。
家に着いたぬんは、「おかあさん、私、死体、見ちゃったかもしれない。」
「なに、それ?どういうこと?」
ぬんは同僚との会話と電車から見た風景を母に告げた。
母は、「その方、よほど辛いことがあったのね。気の毒に。でも、死んでしまってはね。」
次の日、出勤すると、所長、副所長と2人の課長と各班の班長が立ったまま、真剣なまなざしで、話していた。
始業時間になったとき、「A班の人、集まって。」と奥山班長が言って、7,8人の班員が集まった。
奥山班長は、「田中さんが亡くなりました。お通夜は明日の夜です。行くことができる方は、行ってください。場所は、後ほど回覧します。」
情報が早い何人かがこそこそ話していた。
「田中さん、自殺だって。K浜急行に飛び込んだらしいよ。」
「え?」
「いつ?」
「昨日の課会議の終わった時間ぐらいかな。」
昨日?課会議が終わるころ?K浜急行?。。。
ぬんもちょっと混ざって聞いた。
「ねえ、場所はどこ?」「あ、霧野さん、K浜急行だもんね。昨日の帰り、人身事故だと言っていたけど、大丈夫だった?」
「場所は、どこ?」
「よくわからないけど、G明寺だと言っていたよ。」
「えっ?G明寺」
ぬんは、「あのシーツに包まれた人・・・田中さんでは?」頭の中を灰色の雲がもやもやとしていた。
夕方に、前の日に帰りが一緒だった二人がぬんのところにやってきた。
「ねぇ、霧野ちゃん、聞いた?田中さんのこと?」
「昨日のさぁ、G明寺駅に寝かされていたシーツにくるまれた人、田中さんだったんじゃない。」
「時間的にも合っているよね。」
「うーん。。。そうだよね。きっと。」
三人で沈黙の時間があって、そのまま無口のまま、それぞれ散って帰っていった。
次の日、ぬんは所属の何人かとお通夜に出かけた。
葬儀場の田中さんの写真は、おととい職場に来て照れ笑いをした時のような顔だった。
(田中さん、電車に飛び込んで。死を選ぶなんて、仕事はそんなにつらかった?)
葬儀場は座っている人も数人で、職場の人がお焼香に代わりばんこに入っては出て行っていた。
静かな夜だった。
三人のうちの三番目の人は、少し変わった人、萩谷さんという人だった。
最初は、書類を受け取りに来る窓口担当の課にいた。
しかし、受け取りに来た県民に書類を投げて渡したり、違う人の書類を渡したりして、内勤に変えられた。
その次にやったことは、「盗み」だった。
窓口担当の職員が窓口に出ている時間に、その職員たちのお財布を盗んできて、自分の机の引き出しにきれいに並べていた。
財布盗難はまずい。犯人が見つかったら本来だったら警察沙汰だ、というということを話していた時、副課長が見張っていたら、萩谷さんが怪しげな行動していたので、事実が判明した。
上司が萩谷さんを呼んで叱ったが、本人曰く「持ち主本人に了承を得て、どんな財布があるのか見せてもらっているだけだよ。」と開き直り、盗み癖は止まらなかった。
これには、上司も頭を悩ましていた。50歳過ぎの男性が職場で公然と盗みをやっている、だからと言って、簡単にやめさせるわけにはいかない。
20、30歳代の若い人が多い職場で、見張っていては盗みをすると叱り、見張っていては叱り、の繰り返しだった。最後には、本課のS務室の人事担当にも相談したようだった。
ぬんが次の職場に異動するとき、萩谷さんもどこかに異動みたいだが、その後、1年くらい経ったころ、風のうわさで、「萩谷さん、急死」という噂が耳に入ってきた。
県民との交わりが多い、とにかく人間関係が忙しい職場だった。
所の中の職員もあったが、いろいろな人が海外に逃亡するために来所するということもあった。
白い服を着た人達の集団が数人ずつに分かれて、フロアを隅から隅まで一人ひとりの顔を覗き込んで探していた。
そのためか、警察官や数人の刑事が出入り口から見張っている時もあった。
とにかく毎日がエキサイティングだった。
若いメンバーと和気あいあいと同じ仕事をして、時間がずれるランチ時間だけを楽しんでいたるつもりだったが、人の出入りが多い分、いろいろな事件に遭遇するという経験ができた職場だったと思う。
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