元冒険者の"あの頃"レビュー~ラブ・グラス編~
雨水四郎
好感度の見える眼鏡
人魔融和を機に引退した元ベテランエルフ冒険者が”あの頃”を思い出して悦に浸るだけのシリーズコラム記事。
ご好評につき今夜も更新。
今回は創業100年を超す老舗にしてあの有名ゴーグルメーカー、シェパード・グラス社初期の名作にして迷作、好感度の見える眼鏡についてのお話。
魔法具については、この記事を読んでいる皆様ならある程度知っているかとは思います。
お貴族の家庭にはたいていある魔法かまどから、国宝に指定されるような貴重なものまで。
とにかく多様でその価値も強弱も千差万別。
今回紹介するのはそんな中でも指折りの迷作。
あのゴーグルシェア8割を超える有名メーカー、シェパード・グラスが誇らない汚点でありながら、詳しい者は社の救世主だと口を揃えるそんな商品です。
そもそも、今でこそシェパード・グラス社は冒険者向けの装備品、とりわけ安全保護ゴーグルについては圧倒的最大手ですが、創業して間もない「シェパード魔法具店」という創業者サルファ・シェパード社長率いる小規模な商店だった頃はむしろ「粗悪な魔法具」を作るメーカーとして知られていました。
たとえば”命中率が上がる!?”という触れ込みで弓使い向けに発売したスナイパー・グラスという商品は”弓を射ると、相手に当たった映像が流れるだけ”という有り様です。
要は、実際に当たっていなくても当たっている用に見える、というわけです。
もちろん、実際に当たっていない場合は視界が映像で塞がれるため非常に危険でした。
クレームを入れる者もいましたが、創業者はのらりくらりとかわして返金には頑として応じない、そんな企業でした。
「命中率が上がる!? であって、上がると断言はしていない。当たった映像を見て練習してもらうのが目的の商品だ」
そのようにサルファ・シェパード社長が嘯くのを私もこの耳で聞いたことがあります。
そんな企業ですから、当時の扱いは魔法具メーカーや、眼鏡・ゴーグルメーカーというよりは、ジョークグッズ屋とか下手をすれば詐欺師とか、そういったものでしたね。
お世辞にも、評判の良いメーカーではありませんでした。
今回紹介する「好感度の見える眼鏡」正式名称"ラブ・グラス"も、そんな時期に作られた迷作のひとつです。
このラブ・グラス、今回のタイトルにも書いてあるとおり、まさしく「好感度の見える眼鏡」として売り出されたものでした。
「かけるだけで0から100まで100段階で相手の好感度が見える眼鏡!? この眼鏡で意中の相手にアピールしよう!」
謳い文句は、こうでした。
また、”!?”がついています。この時期のシェパード製品はこれだけでもう胡散臭いと思っていいですね。
一方で、なんと、先ほど紹介したスナイパー・グラスと違い、こちらはきちんと好感度と思わしきものを測っています。
そういう意味ではスナイパー・グラスよりはよほどマシな商品と言えるでしょう。
ただ、少し考えていただきたいのですが、いくら魔法であっても、好感度って定量的に図れるものでしょうか……?
例えば、わたしは卵料理が大の好物です。
少なくとも食べ物という括りでは、卵が最も好きです。
しかし、わたしの知り合いの食道楽には、ドラゴンの卵を食べるために、ドラゴンを自ら討伐したものが居ます。
私もドラゴンを倒すことそのものは……全盛期であれば、きちんと準備すれば不可能では無かったとは思います。
でも、少なくとも卵を食べるために命がけで討伐しようとは毛ほども思いません。
一方で、ドラゴンを倒した友人は食事そのものに対する執着が強いだけで、とりわけ卵が大好き、というわけではないようでした。
この場合、私と彼の卵に対する好感度は、それぞれどのように出るのでしょうか?
仮に魔法で感情の機微を読み取ったとしても、それを数値として、統一した規格で図るなんてことは、どだい不可能なのです。
当然、シェパードもその事はわかっていました。
では、どのようにこれを解決したのか。
答えとしては簡単なもので、「初期値を50とする」それだけでした。
つまり、好感度の高い人間を見ても、好感度の低い人間を見ても、変わらず中央値である50スタートです。
そこから相手から更に好かれれば数値は上がっていくし、嫌われれば下がっていく。そんな仕組みでした。
それでも有用そうに見えるのですが、ここからがこの商品の詐欺的なところです。
シェパードはこの商品を”この眼鏡で見る相手は一人に限定しないと、本来の計測ができない可能性があります”
と言って売り出しました。
もちろんこれは最初の好感度が50固定であることをごまかす浅知恵と、一人に複数買わせようとする浅知恵の2つの浅知恵が重なった愚かな方針です。
しかも説明書にはこの商品の好感度50は「知り合い程度友達未満」などと書かれているのですから救いがありません。
普通に「初期値は必ず50」といって売り出していれば有用性はあったでしょうに。
この頃のシェパードにはコンセプト通りに完成していないものをコンセプト通りのものとして売り出す、という悪癖がありましたが、ラブ・グラスはその極みのような商品でした。
結果として、騙されて買った人間のほとんどが怒りとともにシェパードにクレームを入れました。
単純に誰を見ても50しか指さない、というものもあれば、おしどり夫婦だと思っていたのに50としか表示されず気まずくなった、などもあったようです。
冒険者であればシェパード製という時点で詐欺商品だと鼻で笑って相手にしないのですが、今回は性質上、悪評を知らない平民の富裕層や貴族が多く購入していました。
そして、それらのクレームは冒険者とは比にならないほど苛烈です。
結局のところ、サルファ・シェパードはクレームに対し、返品と返金ということで対応しました。
貴族を怒らせたことを考えればかなり寛大な処置といえますが、それでも当時のシェパード魔法道具店はかなり大量のラブ・グラスの在庫を抱えるようになったようでした。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
廃業直前とも思われたある時から、冒険者に大量にラブ・グラスが売れるようになります。
理由は単純で、最初に固定で好感度が50と表示されることを除けば、かなり敏感に好感度の上下を読み取ることにありました。
戦闘中、特に知能の高い魔物や魔族と戦う際、相手が嫌がる攻撃をすると、目に見えて好感度が下がるのです。
逆に、好感度が上がればそれは相手の都合の良い行動だということ。
その性質を利用して、冒険者に重用されました。
ほかにも魔物使いなんかは、魔物の調教の際にも利用したようです。
仕様さえ本当のことを理解していれば、実に有用な道具でした。
実際、ラブ・グラスの機能を発展させ、魔物の感情を読み取るのに特化したものが、現在のシェパード・グラス社製ゴーグルには標準で搭載されています。
ラブ・グラスは冒険者の必需品とも呼ばれるほどに売れに売れ、経営が立ち直るどころか、それを元手に大きく会社を広げることになりました。
社名をシェパード・グラス社に変えたのもその頃です。
一方で、最初に述べた通り、シェパード・グラス社は社を大きくした商品であるラブ・グラスについてあまり触れません。
一度社史を見せてもらったことがありますが、1行だけさらっと商品名が書いてあるだけでした。
欠陥商品から始まった、というのが外聞が悪いというのはあるでしょうが、何より今のシェパード社に合わないからではないか、というのが私の感想です。
なにせ、シェパード・グラス社がその名前になってからの社是、「信頼と誠実」ですからね。
反省したからそうつけたのか、それとも反省してないから厚顔なことが言えるのか……。
今となっては確かめようもありません。
ただ、創業時から見てきている私としては、あのサルファ・シェパードが反省なんてそんな殊勝なはずがない。
そのように、色眼鏡で見てしまうのです。
元冒険者の"あの頃"レビュー~ラブ・グラス編~ 雨水四郎 @usuishiro
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