1-4
「お姉さま、どうしてあちらの席でご一緒しないのですか?」
清潔感と暖かみに溢れた、日の光がさす窓際の席に、メイリたちが良く見知った黒髪の少年は座っていた。
「………それはね、今は彼女がいるからよ」
しかし彼は一人ではない。木製の趣深い茶色の丸テーブルに少年と向き合って座る、一人の少女。赤みがかった、肩口まで伸びた髪をカチューシャで止めた彼女は、長い時を生きているとは思えない程、少女然とした可憐さに溢れ、今は緊張できつく閉じられた口元も、綻ばせればきっと日を受けて咲き誇る大輪のように、見る者全てを魅了する輝きが彼女にあることをメイリは知っていた。
彼女の名前はミーシャ。仲間と共に世界の悪を打ち倒し、現代の礎を築いた者。彼女もまた神々に翻弄された一人の人間ではあったが、それでも現在の平和は彼女の活躍無しでは語れない程の功績があった。特にメイリたちは彼女に一言で言い表せない程の恩義がある。
「私はミーシャ様とご一緒でも構いませんけど、やはり、その………それは良くないのでしょうか」
「ふふ、ごめんなさいね、メア。あなたは何も気にしなくていいのよ。その方が“自然”なの――――それにほら、今時はジェンダーレスというのかしら。そのおかげで私達だけでもこの限定メニューを頂くことが出来るのよ」
メイリは丁度運ばれてきた二人の目的である、カップル限定メニューの特大パフェにスプーンを差し込みながらいった。
「うーん………そういうことじゃないのですが――――………はむ……んー!これとっても美味しいですよ!お姉さま!」
メアはまだ釈然としない様子だったが、メイリから差し向けられたスプーンをそのまま口に含むとその余りの甘美さに思わず感嘆の声を上げた。
「それはよかったわ」
幸せそうに口の中の甘みを堪能するメアにメイリも思わず笑顔になって、今まで抱いていたもやもやとした気持ちが少しだけ晴れるのを感じた。
(はあ、なにやってんだろ私――――)
メイリはそのもやもやの原因となっている、黒髪の少年を見た。
別にあそこに神妙な顔で座る黒髪の少年に「一緒にカフェに行きたい」と言えば済む話だったのだ。その方がメアも喜んだだろう。でも何故か言えなかった。
ミーシャと一緒が気が引けるのなら、日を変えれば良い、もっと言うなら、我が儘を言ってこちらを優先してもらうことだった出来ただろう。でも――――
(そんなの言えるわけない)
暖かな光が差す窓際に座る少年は、玲瓏館で見せるいつものしかめ面ではなく、どこか優し気な幸福を感じさせるものだった。
(こんなストーカーみたいなこと……今度こそ本当に訴えられても文句言えないじゃない)
あの日激写されたエルハルトのフリー素材は、しっかりとメイリのスマホのカメラフォルダに収められていた。この行為を正当化するためにいくつの罪を重ね、どれほど本人が不利益を負うのかをわからないメイリではなかったが、それでも自分を止めることが出来なかった。
「うー……やっぱりちょっと重いかもです……ほら、お姉さまもぼおとしてないで食べてください。とっても美味しいですよ」
今度はメアがスプーンをメイリの方に差し出して、メイリの口元へ寄せる。メイリはそれを口に含むと、口の中に生クリームとチョコのあの独特の甘ったるい風味が広がるのがわかった。
「美味しい……」
その暴力的な甘さはその味覚の持ち主がどんなに暗い気分でも明るい気分にさせる圧倒的な力があった。
「でしょっ?――――疲れた時は甘いものですよお姉さま」
「ふふ、ありがとう。メア」
さすがは姉妹。わかるものはわかるのだ。
(駄目ね……メアは何も知らないんだもの、せめてメアだけでも楽しんでもらわないと……でもその前に――――)
「メア、あの二人を見て何か思わない?」
「?――――うーん、ミーシャさんはちょっと緊張してるみたいですけど、お二人ともとっても楽しそうですよ?」
「そう……そうよね。楽しそうならそれで良いわよね」
「うん!そうですよ!エルハルト様の幸せは私たちの幸せ。こんな幸せな日々がずっと続けばいいのに」
メアは少し落ちてきたペースを取り戻すために、ぱくぱくとスプーンを口元に運んで、限りある、この瞬間の幸せを全力で享受しようとしていた。
(やっぱりそうだ。おかしいのは私。そう、私とそして――――あの娘だけ)
メイリがその少女に視線を移すと、先ほどメアが評した通りに緊張で顔を赤らめたミーシャがあたふたと忙しなく、手元のコーヒーを口元と行ったり来たりさせていた。
(ネームドは恋をしない)
それはモブ……いや今のほとんどを占める人類の誰かが書いた本の題名だった。
それを書いた著者はとあるネームドの女性に恋をしていた。彼は長い時間を掛けて、彼女を振り向かせるために、様々なアプローチをした。しかし、結果から言うとその恋は実らなかった。彼は短い寿命の大半を彼女に捧げ、何も見返りを得ることが出来なかった。それはただ単に脈が無かっただけとも言える。だが、それは彼に限ったことではない。本当にネームドは恋をしないのだ。
(それが創造主達が与えた“設定”)
ネームドは神に造られた故に容姿端麗の者が多く、ネームドに恋をした人類はもちろん彼だけではなかった。歴史上多くの者がネームドに恋をし、そしてその思いはいずれも実ることなく散っていった。
(私たちは恋をしない――――)
それは偏にネームドという存在が神の恣意的な都合によって作られた存在だからだろう。ネームドには基本的には自由意志があり、感情ももちろんある。だが、ネームドにはそれ以上に厳格に定められた“性格設定”があった。
(私たちはそれから逸脱できない)
恋は人を変えるものだという。恋をした時点でその設定は崩壊してしまうだろう。
(はずなのに――――)
ミーシャは飲み干したコーヒーのお代わりを店員に要求した。もう三杯目だ。彼女たちはもちろんあらゆる面倒事を避けるために、軽めの認識阻害の魔法を自らに掛けている。しかしこの調子では例え見ず知らずの店員だろうと、見抜かれてしまうかもしれない。
勇者ミーシャ。彼女は恐らく世界を救う者、もしくはその一人として造られた存在で、もちろん玲瓏館に住むダンジョンのボスと恋仲になるなどという設定は存在していないはずだった。
(これがあの勇者ミーシャ………?)
メイリが最初に彼女に会った時は、彼女の可憐な少女としての外見とは裏腹に、あらゆる修羅場をくぐった凛とした勇者の風格を保っていた。しかし、今の彼女は――――恋をするただ一人の少女だった――――
「うぃーす。おつかれー。君らもやっぱ気になった感じー?」
「ほら、やっぱメイメイ姉妹じゃーん。うぃすうぃす」
ミーシャとエルハルトと同じように、認識阻害の魔法を掛けていたはずの二人に話しかけて来たのは、ノリの軽い美男美女だった。ネームドの認識阻害の魔法が見破られるのは、使用者が特別に目立ってしまった時か、それなりに交流のある者と接触した時だけだ。つまり二人はメイリとメアの知り合いだった。メイリは話しかけてきた二人の顔の片方を見てあからさまに嫌そうな顔をした。
「何の用ですか。私たちはデートの真っ最中なんです。用が無いのでしたら申し訳ございませんが、全裸になってから首輪をして、馬に引かれながら町中を逆立ちでワンと三百回ぐらい言い終わるまで歩き回ってから帰ってください」
「ちょっ、それどーいう意味!?欲張りセット過ぎんだろ!?」
「ごめんねーメイリちゃんそんな邪魔しないからさー」
彼らはそういって、胡散臭そうな、金髪のやけに顔のつくりが整った色白の男は、メイリの毒舌に、その顔に似合わぬ堅実な突っ込みをいれ、そしてもう一人の少し気だるげな雰囲気を持つ褐色の肌の女は気にした風でもなく、柔らかな笑みを浮かべて、ごく自然に隣のテーブルを近づけて座った。
「あ、うち、エスプレッソでー」
「俺はどうしようかなあ………あ、じゃあこの特製にゃてあーとで」
「あっ、にゃてあーと!私も頼むか迷ってたんです!」
「やっぱメアちゃんも?絶対かわいいよねー楽しみだよねー」
「汚らわしい、うちの妹に話しかけないでいただけますでしょうか。大体なんですかその注文は。女受け狙った下心が透けて見えるんですよ。さあ、メア、今状態異常回復魔法(キュア)を掛けてあげますからね」
「う、うん………」
「ひ、ひどい!!別に俺から話しかけたわけじゃないのに!」
「もー駄目じゃーんクエリっちー。もっと下半身隠して隠してー?」
「汚らわしい!―――リアさん!早くこの男を抓みだしてください。この男が出続けると作品に年齢制限掛けないといけなくなるんですよ?」
「ええ!?俺ってそんなモザイク掛けられるような存在なの!?」
クエリと呼ばれた金髪の青年は、いわれもない誹謗中傷を受けつつも、突っ込みのタイミング以外はそのにやけ面を絶やさず、リアと呼ばれた褐色の女の対面の席で、その集中砲火を甘んじて受け入れていた。なかなかに威力のあるそれらを受けて、平然としていられる彼は、相当な精神力の持ち主か、もしくはただのドMだろう。
「うーん……!メアちゃん!これ見た目だけじゃなくて味も最高だよ!」
「――――キッ」
「ひっ、ごめんなさい」
運ばれてきた可愛らしい猫の絵柄のラテアートを皆で一通り眺めて楽しんだ後、カップに口を付けたクエリがそういって、メイリに睨まれるとようやく話が本題に入った。
「やっぱあの二人全然進展なさそうだねー」
カップの中身をすすりながら、リアが遠目に窓際の席に座る少年と少女を見つめた。
「もう、じれったいなー………ミーシャも魔物を倒すときみたいにもっとこう、がっといってがっといっちゃえば良いのに――――っていたっ………なんで!?」
「あはは、クエリっちデリカシー無さすぎー。エルっちはもう敵じゃないんだよー?」
メイリがクエリに小粒程度の魔法の塊をぶつけたのは、たぶんそういう意味ではなかったがリアはメイリの心情を何となく察してそういった。
「ああ………その、ごめんなさい………」
「……ええ、こちらこそ」
「――――てかさ、あの二人何話してんだろーね?一応なんか会話はしてそうなんだけどねー………」
「さあ?なんだろうね――――あ、俺良いこと思いついちゃった!聞きたい?聞きたい?」
「うっざ………どうせ魔法で盗聴しようとか、そんなものでしょう?」
「おお!さすが玲瓏館の有能メイド長!!この大賢者たる俺に遜色ないレベルの頭脳を持っていると褒めてあげよう!」
「ああ!お姉さま落ち着いて!!ほらまだパフェ残ってますよ!!」
暗にこの男と同レベルの思考回路と言われたメイリは、妹から差し出された甘味の暴力で最後の一線を踏みとどまった。
「はあ………はあ………ふう………ありがとうメア、間違いを犯さずに済んだわ――――こほん……大賢者様、私はその意見には反対でございます。お二人は実力者でありかつ、魔法にも造詣が深いお二人ですので、当然そのような魔法、勘付かれてしまいますし、第一我が主であるエルハルト様のプライベートに関わることでございますので、そういった人間の最底辺のような、下世話な詮索はおやめください」
「――――ふうん………でもそういう割には、俺が見る限り、お二人さんも主様のプライベートが気になっっちゃったからここにいるように見えるけど?メイド長様なら主様のスケジュールは当然把握してるよね?それにそもそもその敬愛する主様をフリー素材にしちゃう人に言われてもね………」
「ッキ――――………!!」
「お姉さま!!生クリーム!チョコ!生クリーム!チョコ!」
「あはは………まーまー、クエリっちもその辺にしときなー?」
リアはそういって相変わらず気だるげな雰囲気でへらへらと笑っていたが、唐突に居住まいを改めて、雰囲気を引き締めるとメイリに向き直った。
「ねえ、メイリさん。でも一度冷静に考えてくれないかな?私たちにとってこれって重要な事……だと思わない?………ネームドは恋をしない…………私もクエリっちもメアっちもそしてきっとあなたも――――」
リアがその目じりの垂れ下がった柔和な印象の目元をメイリに向ける。だけど彼女のその瞳はその印象を吹き飛ばしてしまうほど威圧感をもって、鋭く、まさしくその眼光は多くの修羅場をくぐってきた勇者パーティの戦士、リア・グラエキアその人に相応しいものだった。
「俺はいつも全世界の女性に恋してるけどねー」
「あはは、クエリっちのはたぶんただの女好き設定じゃん。賢者は元は遊び人って大体相場が決まってるっしょ?」
そしてここまで一切そんな雰囲気を出していないが、一応このへらへらと笑うこの金髪の男もまた勇者パーティの一人、賢者クエリ・トーラスその人で間違いはなかった。
「――――恋をしない。だけど彼女だけは、ミーシャだけはどうやら違ったみたい。ねえ、私達、どうなるんだろうね、変わってしまったら。私たちは私たちのままでいられる?私たちは生きていられる?…………私たちにとってミーシャは大切な仲間なんだよ。でも彼女は今変わろうとしてる。私たちは心配なんだ彼女が。君はどうかな?主様の事、気にならない?」
「…………」
「お姉さま…………?」
「それに、私達だってきっと他人事じゃない。いつ自分が変わってしまうか。変わってしまえばどうなるのか………知っておくに越したことはない。もちろんこんな事、良くないと思う。でも彼女を一人にしておくよりずっとましだと思うんだ…………私はね。――――君はもしこのまま主様が変わってしまったらどうする?何があったかもわからず目の前から彼が去ってしまったら…………?」
リアの言葉はメイリの心の奥底の、一番柔らかい所にすっと忍び込んで、そのざらざらとした猫の舌のような感触で、それを舐めた。
「――――――………わかり、ました。良いでしょう。今回だけ特別に………その……聞き耳を立てることを許可しましょう」
「お姉さま………?よろしいので――――」
「じゃーあ、善は急げだー!クエリっち!例の魔法を!」
「善………?あ、ああ!仕方ないなー、これは人助けだからなー、本当はこんなことしたくないのになー、ミーシャ今助けてやるからな!!」
なんだか神妙な雰囲気を放っていたリアを、ぼけーと眺めていたクエリはリアの合図を聞くと、流石の瞬発力で秘蔵の“盗聴魔法”を信じられない速度で詠唱して、窓際の二人ではなく、盗聴を試みようとする自分を含む共犯者四人に掛けた。
「うわっ何ですかこれ!私はともかく、メアは含めないでください!!」
「まーまー、メアちゃんも気になるよね?」
「えーと、その、はい………?」
「出来るだけあの二人に集中してー。そうすれば聞こえてくるはずだからー」
どうやらクエリの使用した魔法は掛けられた者の聴覚を強化する種類のものであるようだった。そして、どういうことか強化された聴覚は指向性を持って、意識を集中した場所の音声がクリアに聞こえてくる、非常にハイテクな魔法だった。
「これってたぶんあの娘の作った魔法ですよね?そういえば今日は彼女は一緒じゃないんですか?」
「ああ………まあ、今日はちょっと体調悪いみたいでさー………あー、その、まあ、察してよ」
「え?ああ………はい」
勇者パーティにはもう一人、魔術師の少女がいたはずだ。そして彼女はミーシャを非常に慕っていた。
「しっ、喋りそうだぞ」
――――――……
『あの、エル君………さん………?』
『どうした?』
『きょ、今日は良いお天気ですね』
『ああ、そうだな』
『最近暖かくて……その……良い気分ですね?』
『ああ、春だからな』
『えーと……あの、その………あっ、ご趣味は何ですか?』
『ダンジョン経営だ』
――――――……
「「「「………………」」」」
一時皆が集うテーブルは凪のような静けさに包まれ、その思った以上に深刻な事態に、誰もが口を噤み、これから自分がどのような態度でこれらの事態に向き合えばいいのか、必死に思考を巡らせる必要があった。
「…………あーあれってエル君の趣味だったんだー」
「いや、そうじゃないでしょ!!なんだよこれ!今日初めて会ったのこいつらは!?ていうかたぶん今時お見合いでもこんな会話しないよ!!」
「どうしたんでしょうエルハルト様………ミーシャ様とはあんなに仲がよろしかったのに」
「…………」
しかし、聞こえてくる二人の会話に盗聴者たちのメンタルがどれほど乱されようと、彼女たちの地獄(デート)は終わってくれない。
――――――……
『あ、あのエル君………?』
『ん、どうした?』
『えーと、その――――あっすいません!もう一杯コーヒーお代わりで!あ、はいブレンドで』
――――――……
「いや、コーヒー飲みすぎだろ。夜寝られなくなるぞ」
「あはは………普通の人だったら病院行きだねーこの量は」
「限定パフェもあんなに美味しかったのに全然手を付けていらっしゃらないなんて………」
「…………」
――――――……
『それ……』
『ひゃい!!な、な、なに?』
『食わないのか?それ、食べたかったんだろ』
『あ……そうだよ、そうだよね!食べなきゃね!』
――――――……
「いや、今度は食べすぎだろ。お腹痛くなるぞ』
「あはは……これじゃあエル君の分なくなっちゃうよー」
「さすがに、あのパフェを独り占めするのはどうかと思いますよ!ミーシャ様!」
「…………」
――――――……
『あの、そのごめんね、なんか何話せばいいかわかんなくなっちゃって……』
『いいや、いい。僕の方こそすまなかった。ゆっくり一つずつ話せ』
『え、エル君…………!じゃ、じゃあ……その、ね……ご、ごめん……その、もう少し待って――――』
『ああ、ゆっくりでいい。ゆっくり深呼吸して、心が落ち着くのを待つんだ』
――――――……
「いや、なんかおかしくない?職場のカウンセリングみたいになってない?深刻な悩みを持つ部下の話を聞く上司みたいな!」
「あはは、その前にミーち、そのクリームまみれの顔何とかしよう?」
「ああ!あのクリーム、拭いて差し上げたいです!せっかく綺麗なお召し物ですのにあれじゃあ――――ああ!クリームが服にっ!!」
「…………」
――――――……
『あの、エル君………さん………?』
『どうした?』
『あの、その………あっ、ご趣味は何ですか?』
『ダンジョン経営だ』
――――――……
「あれっ?ループしてる?え……?無限ループって怖くね?」
「あはは、エル君も根気強いね……玲瓏館は案外良い職場なのかも……」
「はい!エルハルト様はすっごくお優しくて、よくああやって皆さんの悩みを聞いてらっしゃるんですよ!」
「…………」
――――――……
『あ、あのエル君………?』
『ん、どうした?』
『えーと、その――――あっすいません!もう一杯コーヒーお代わりで!ってええ!?メ――――さん!?』
――――――……
「あれ?あいつ何やってんだ!」
「あはは……メイち我慢できなくなっちゃったか……」
「お姉さま……!?」
気付けばメイリは席を立って、エルハルトに悟られぬよう店員を装ってテーブルに近づき、ミーシャの腕をひっつかまえて、彼女を店の暗がりへと押し込んでいた。
『しっ―――黙って。エルハルト様にバレてしまいます――――』
『ど、どうしてメイリさんがここに……!?』
『そんな事どうでもいい!!』
『ひゃ、ひゃい!』
『とにかく!――――もっと気合をお入れくださいませ。あなたは勇者でしょ?』
『え?今はそんな事関係な――』
『つべこべ言わない!』
『ひゃ、ひゃい!』
『――――――……』
『…………メイリ、さん……?』
『――――……いつもは真っすぐで素直なあなたが……』
『…………』
『――――何故今は素直になれないのです?……ありのままのあなたで良いんです。あなたならきっとエルハルト様は受け入れてくれる……』
『…………!!』
『あなたなら大丈夫です。あなたならエルハルト様を…………だから気合をお入れくださいませ勇者様――――』
――――――……
「メイち……」
「ええ……?なにこれ?てかあんな物陰のひそひそ話も聞こえるって、この魔法やばくねえか?それよりあの制服どうやって用意したのよ。すげえよ、なんか普通にバレてなさそうだよ」
「ええ、お姉さまはすごいんです!かっこいいです!」
――――――……
『ごめんね、戻ったよ』
『さすがに怒られたか。ちょっと飲みすぎたな』
『え……?あ、うん。次から気を付けなくちゃね――――って、そうじゃなくて…………!』
『ん?』
『その、あのね……私ね――――』
――――――……
「……戻りました」
「おつかれ。メイち」
「あーなんかすごいの見てる気がするー。これが青春ってやつ?なんかジャンル違うくない?」
「……!!お姉さま……一体どうなさって……」
「メア、悪いんだけどパフェ食べさせてくれない?まだ少しだけ余ってるでしょ?」
「え、ええ―――はい、あーん」
「ふふ……甘い――――……」
――――――……
『あのねエル君、実は私ね、君にはすごく感謝してるんだよ?』
『ああ、僕もだ』
『…………!そう、なんだ――――……ねえ、エル君はさ、あの日の事……憶えてる?――――あの日、また一人、私のお友達が寿命で亡くなって……でも私は何も変わらなくて…………私、とっても悲しくて……でもその気持ちも長続きしなくて……で、いつもの私に戻ってる……私は空っぽだった……そんな時ね……村はずれのあの大きな木が生えてる…………うん、あの村を見下ろせる場所……どうしてだろう……あの日、あそこに行けば君に会える気がしたんだ。どうして君に会いたかったのかわからない……でも本当に君はあの場所にいて……それでね……エル君はあの日私になんて言ってくれたか憶えてる?』
『…………すまない』
『ふふ……そうだよね……良いの!……あの日ね、私はエル君にね、ずっと眠ってられたら楽なのにねって言ったの……私疲れてたんだろうね……そしたらね、エル君はね、こう言ったんだよ。それは困る。お前がいないと玲瓏館は立ちいかなくなるって……ふふ、酷いよね』
『その……あの時は、すまない』
『うん……でもね……私はその言葉が、その事が嬉しかったんだ……ふふ、なんでだろうね……だって一生この小生意気な少年に利用され続けるってことだよ?』
『悪かったな、小生意気で』
『ふふ……うん……ねえ、エル君、この先、一生玲瓏館を手放す気は無い?』
『ああ、この先、一生玲瓏館を手放す気は無い』
『……!ふふ、良かった……!』
『…………』
『…………』
『――――あの……そのね……だから……』
『…………ああ、だから、すまないが僕にはお前が必要だ』
『…………!』
「…………!」
「お姉さま……?」
「メア、帰るわよ。これ以上はメイドの仕事じゃないわ」
「えっ?帰っちゃうの?ここからが良いとこなのに」
「クエリっち?」
「あ゛あ゛、いでででで――――何?やめて?耳引っ張らないで」
「この度はあなた方に大変感謝しております。ですのでせめてお会計だけは受け持たせて頂きたいと思います」
「え?あっ、そんなのいいよ――――」
「では、ごきげんよう――――」
メイリは急ぐように席を立つと、そのまま返事も待たずに二人組のテーブルの伝票をひっつかんで、そのまま立ち去ってしまった。
「あ……お姉さま…………!」
メアも行儀よく二人に会釈をした後に、急ぐ姉の背中を追った。
「って……行っちゃった……」
「じゃあまたねー――――ふふ、ラッキー……今月苦しかったんだよねー」
「クエリっち?」
「あ゛あ゛、いだだだだ」
――――――…………
――――……
――……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます