護衛

4-1


「いやあ、緊張したね」

 トゥルボ・カックはそう言うと、豪快にシードルを飲みほした。

 彼自身は視察に付き添っていないが、様々な手配などでいつもの倍働いていたらしい。

「まだ終わってないのでは」

 このおじさんは、なぜか節目節目に俺を食事に誘う。身分違いだが、俺も恐縮しないようにしている。多分、そのように求められている。

「確かにそうだが、山場は越えた」

「それはよかったです。明日には帰るんですよね」

「天気が良ければ」

 川なので、天候には気を遣う。特に帰りは遡上することになるので、楽な旅ではない。

 とはいえ、俺たちの仕事は船出を見守るまでである。

「船旅というのもいいものだよ」

「そう、あれはあれでなかなか……って、セノンド様!」

 突然現れた中央公官は、彼の横に腰かけた。

「最後の日だから、この町のものを食べようと思ってね」

 まあ、高級なものと野営の食事しか食べていないのだから、そう思うのもわかる。しかし、トゥルボの顔が緊張しすぎており、見るに堪えなくなっている。

「いやあ、別にたいして旨いものはないですよ」

「みんなそう言うんだ。君はここの生まれ?」

「いえ、全然違うところで。気が付いたらここにいました」

「なるほど、どうりで地元の者たちとは言葉が違う」

 初めて言われた。この辺りはそもそも移住者だらけの土地なので、様々な言葉が混じっている。よほど俺の顔がこの地域生まれに見えていたのだろうか。

「それが普通ですよ」

「気分を悪くしたのならすまない。いや、記録を読む限りとても優秀だったのでね。そういう人間が隊も率いず辺境の地にいるのは、故郷に思い入れがあるからだと想像していたんだ」

「いやいや、流れ者で。上に立つ人間でもないです」

 穏やかな顔のようで、セノンドの目つきは鋭かった。おそらく俺が嘘をついているのがわかっている。だが、本当のことを言う義理もない。

「都会に行こうとは思わなかった?」

「ええ、俺は、ここでいいと思ってますから」

「そうか。テイラは、都に行きたいようだね」

「そのようです」

「僕も来てほしいと言ったんだよ」

「えっ」

 驚いたのはトゥルボである。そうなるように仕向けたのに、上手くいくとは思っていなかったようだ。

「彼女は素晴らしい。ぜひこの誘いを受けてほしいね」

「そ、それはもうぜひ行かせますとも」

 そのあとしばらく食事を共にして、セノンドは去っていった。ダラダラ酒を飲みかわすところまでは付き合ってくれないようだ。

「良かっですね、テイラ。コネができそうで」

「ただ、あんまりうれしそうな顔をしていなかった」

「ふうむ?」

「望むような職務が与えられないと悟ったのかもしれない」

「そういうものですか」

「だいたい、女に討伐隊記録係というのが、辞めさせる前提みたいなものだ」

「……やっぱりそうですか」

「彼女の家族のことを聞いたか?」

「はい、少し」

「どれだけ頑張っても、出世はできないんだ。日に当たる役職は得られない」

「悲しいですね」

 別に今の仕事だって、誇れるものだとは思う。文字が書けて、しっかり観察できて、必至に行軍についてきて。俺が彼女の記録を残すなら、「とても偉い」と書くことだろう。

 ただ、世間の評価は違うだろうし、彼女には目標がある。わずかでも可能性を探るならば、中央に出て行くのが正解ではないか。

「都にはもっといい酒もあるらしいしなあ」

「それはもう、絶対に行くべきですね」

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