3-3

 テイラの顔色が悪い。

 いよいよ中央公官がやって来る。俺たちは船着き場で待機しているのだが、そわそわしている者が多い。何でもこの土地に「とても偉い人」が来るのは、侵略されたとき以来だそうだ。

 だが、テイラの状態が悪いのは緊張してとかそういう理由ではない気がする。

「三回目の魚釣りだな」

「えっ?」

 俺の言葉に、テイラは目を丸くしている。いいところの人は使わない言葉だったか……

「釣れたり釣れなかったりすると三回目はとても不安になる、ということわざだ。仕事に慣れてくると、次の仕事が怖くなるという意味らしい」

「わかるようなわからないような……」

「多くの新任公官が、半年ぐらい経つと同じ顔をしていた。どっかに報告書なかったか?」

「なかった。記録の不備ね」

 上流に船が見えてきた。派手な飾りの多い、沈んだら困りそうなやつだ。

 偉い面々が、頭を下げる。俺とテイラもつられて頭を下げた。まだ全然着岸する気配ないけど?

 ずっと頭を下げていると、船が着岸した音が聞こえてきた。こっそり少しだけ頭をあげていたら、皆律義に頭を下げ続けているので再び頭を元の位置に戻した。

「セノンド殿到着いたしました!」

「アウレス、頭上げて」

 このタイミングなの? よくわからないが言われるままに頭をあげた。みな拍手をしていたので真似をした。

 兵士たちに囲まれた男が、陸に上がってくる。艇護長が、見たことのないかくかくとした動きで出迎える。

「これは大ごとだ」

「私もびっくり」

 偉い人が来るというので恰幅のいい髭のおじさんを予想していたのだが、実際のセノンドは若くてイケメンの青年だった。年齢は俺より少し上ぐらいだろうか。

 テイラが目を丸くしている。彼女もやはり、セノンドについて想像していた人物像と違った感じのだろうか。

「いやいや、そんなに畏まらないで。しばらくここでお世話になる、セノンドだ。よろしく頼むよ」

 爽やかだ。中央公官というのは勉強ができて、弁もたたなければなれない仕事だと聞く。泥臭い人間ばかりと思っていた。いや、実態はまだ全然わからないのだけれど。

 セノンドは皆を見渡した後、こちらに向かって歩いてきた。

「君がテイラだね」

「えっ、はい。はいっ」

「書記係だそうだね。過酷な仕事を女性で務めるのは大変だろう。今回の僕の担当だね」

「そうです。よろしくお願いします」

「よろしく」

 テイラは舞い上がっている。彼女にも打算があっただろうが、相手が若くて見目麗しく、物腰柔らかいとなれば何も悪いことはないだろう。

 今日はこの後、町まで行くだけだ。とはいえ、皆の緊張がすごい。この様子だと、皇帝が来るとなったら艇護の方から近づいていくしかないのではないか。テイラが中央公官になってちやほやされる姿を想像したら、思わず笑いそうになってしまった。



 この辺りの人間で、現在帝国に従わない者はいない。かつてあった国は全て支配され、「名目的には」帝国の領土となった。ただ、これより西側は、ほとんど人が住んでいない。魔物が多く出現するため、わざわざ開拓しようとしなかったのである。だが、帝国は今、この先にも村や町を作ろうとしている。

 正直海の向こうまで見据えた計画には感嘆するばかりだが、上手くいくかどうかは俺の知ったことではない。

 とにかくこの計画にためには魔物の討伐が不可欠である。中央からの視察が訪れたということは、かなり本格的に取り組むつもりだろう。

 仕事の名目は魔物討伐になっているが、今回に限っては魔物が出ない方が望ましい。かなり手練れの討伐隊が護衛についているのは、もしもの時に魔物と戦うためである。

「ねえ、アウレス」

「なんだ」

「この討伐隊の隊長は、強いのかな」

「そりゃそうだろう」

「アウレスとどっちが強い?」

「どうだろうねえ。とりあえず、俺は素手の喧嘩は弱い」

「そうなの?」

「もともと好戦的じゃないんだ。子供の頃に喧嘩してないから、経験値が低い」

「意外」

 まあ実のところこの町に、俺に勝てる奴がいるとは思わない。ただ、俺より強い奴は世界中探せばいくらでもいるはずだから、滅多なことは言っておかない方がいい。

 視察は形だけのものかとも思っていたが、意外としっかり行っていた。セノンドは街道の延長や、開拓した後に育てる作物のことまで考えていた。これが賢いということか。

 テイラが、うずうずしているのが分かった。中央公官は夢の職業であり、セノンドと話したいのだろう。だが、書記係はそんなことができる身分ではないらしい。

「偉い人の偉さの違いなど分からん」

「それも試験に出るから」

 試験は受けたくないものだ。俺は文字が読めても公官になるのはやめておこう。

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