3-2

「調子はどうですか?」

「ずいぶんといい。食事は右手でできるようになった」

「それはよかったです」

 目の前の女性はベールをかぶっているが、笑顔になったのが分かった。

 ここは教会。医者というのは、よほどの都会でないと存在しない。基本的にけがや病気は、祈ってもらって治す。祈りが効いているのか、ずいぶんと回復して、もう少しで剣を振れそうである。

「では、お布施はこれだけで」

「いつもありがとうございます」

 教会を出ると少しほっとする。場違いだからだ。

 彼女たちは日々勉強し、文字をすらすらと読めるらしい。それでいて、出世欲は(多分)ない。神の言葉を理解するため、ひたすら努力をしているのである。

 いろんな生き方があるもんだ。

「とはいえ暇だねえ」

 テクノア隊は、また任務に出ている。育成の仕事も終わったのだ。

 無職である。

「アウレス」

 町の中心部に戻ったところで、声をかけられた。聞き覚えのある女性の声だ。

「テイラ」

「教会の帰り?」

「そうだ」

「私は今から行くところ」

「そうか」

「全然艇護に来ないじゃない。話したかったのに」

「話したかった?」

 テイラは、「当然じゃない」と言いたげなきょとんとした顔をしていた。

「私たち、仕事仲間でしょ。変?」

「仕事だけの仲間だ」

「ふうん、そう言うタイプだ。友達少なくない?」

「少ないだろうね。テイラも少ないだろうけど」

 少し頬を膨らませたあと、テイラはひらひらと手を振った。

「艇護に来るのよ。そろそろ仕事もできるでしょ。私は教会に用事があるから、じゃあね」

 書記係の女性は、去っていった。

「ふうむ」

 艇護は、ギルドではない。仕事が欲しいからと赴いて、斡旋してもらえるわけではない。ただ、やはり顔を売っておくというのも大事だ。俺はトゥルボによくしてもらっているから今のところ安泰だが、彼はいついなくなるかはわからない。次に偉くなる人間にも、覚えておいてもらった方がいいだろう。

 とりあえず明日にでも行くか。



「なんだそりゃ……」

 艇護に行くと、本当に二週間後の仕事を頼まれることになった。まあ、元々俺に来るはずの話だったらしい。

「こっちもびっくりだよ。まあ、確認程度ってことだ」

 ニコニコ顔のトゥルボが言う。なんでも、「中央公官が来ても大丈夫か、先に通り道の視察に中央から来る人々」がいるらしい。ひょっとして、思っていたより大ごとなのか?

「これ、書記係がいる仕事なのか」

「公的なものだから。むしろいつもよりも厳しく見られる」

「大変なことだ」

「おあつらえ向きに楽そうな仕事だ。復帰戦にはもってこいだろ?」

「はあ」

 そんなわけで、予定より早く護衛係の仕事に戻ることになった。そこら辺の道を確認するだけなので、まあ楽である。



 実際には面倒くさかった。

 公官が一人付いてきて、船着場から町まで、ちょっとでも魔物が出そうな場所は徹底的に調べる。できれば魔物を先に見つけて倒しておきたいようで、「どうにかあぶり出せないか」と無理難題を言ってくる。いるかもわからないのに。

「いいかあ、セノンド様に何かあったら、お前ら一緒に死んでもらうからなあ」

 むちゃくちゃなことを言う。しかしそれだけ中央公官というのは偉いのだろう。そして、セノンドという名前らしい。

「今の発言は書かないでおくかなあ」

 今日の護衛対象は中年の書記係である。ベテランになると、何でもそのまま書いておけばいいと思わなくなるものらしい。まあ、身内意識というのもあるのだろう。俺がかかわることでもない。

 結局、魔物は全く出てこなかった。まあ、普通そんなものなのだが。

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