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「やはり開きません」

 二階の高さにあるベルクフリートの扉は、固く閉ざされている。梯子をかけるのも簡単ではなかったのだが、もちろん敵だってそうしただろう。簡単に開く扉では意味がない。籠城するために作られた施設だから当然だ。もしかしたら、扉のように見せているだけでただの壁かもしれない。

「上から入れるはずだ。準備するぞ」

 テクノアが指令すると、一人の隊員が縄を担いで壁を登り始めた。

「え、上から入れるの? 籠城の意味なくない?」

「籠城している間は閉ざされていたはず。穴が空いたからこそ、魔物が侵入したんだろう」

 生きた人間のいなくなった建物は朽ちていく。形を保ちながら、穴が空いているものが魔物の巣となるのだ。

 隊員は集まって、どうやって壁を登るか相談している。もちろん登れないような設計になっているのだが、そこは彼らもプロである。時間をかければなんとかしてしまうだろう。

「ええと、これって私も登るってこと?」

「そりゃ、記録しなきゃなんないもんな」

「……どうやって?」

「まあ見てなって」

 とはいえ、作業は一日仕事だった。壁にはとっかかりが少なく、何もなしに登っていくことは不可能だった。そこで、足場となる楔を打ち込んでいく。これも簡単ではなく、熟練の「楔打ち職人」が今回の隊には加わっていた。

 外からの侵入を防ぐための建築物であり、そんなに簡単に杭が打ち込めるわけではない。それでも建物の老朽化のおかげか職人の腕がいいのか、少しずつ楔は打ちこまれ、隊員たちは壁をよじ登れるようになった。

「ええと、私もこれを?」

「さすがに無理だな。俺も登りたくない」

 上から、縄梯子が垂らされた。

「ええと、私たちはこれを?」

「まだましだろう」

 とはいえ、俺だって登るのは怖い。

「アウレス、震えてる?」

「当然だ。あと、魔物に襲われる可能性があることを忘れるな」

「……そうね」

 テイラも震えていた。



「確実にいるっていうのは嫌だね」

 屋根に空いた穴を除きながら、テクノアはにやりと笑っていた。

「私も行かなきゃ駄目?」

 テイラが尋ねてくる。

「そりゃそうだ。穴の記録書いても仕方ないだろう」

 今度は縄梯子が、穴の中へと垂らされる。人が通るには十分な大きさだ。

「窓がないからな。灯りには気を付けろ」

 魔物から良質な油が取れることが分かり、灯の燃料に関しては昔より大きく改善されているらしい。ただ、密閉されたところで火を使うと、窒息することは変わりないようだ。良質な空気も魔物からとれるようになるといいのだが。

 そんなわけで、小さな灯しかないため建物の中はとても暗い。壁があって暗いのは、俺は正直怖いが……今度は、テイラはそうでもなさそうだった。

「アウレスまさか、怖いの?」

「え……平気なの?」

「慣れてるから」

 いやいや、俺の方が慣れていないとおかしいのだ。俺だって最初から護衛係だったわけじゃない。様々な戦い、様々な任務についてきた。こういう場所だってたくさん経験した。でもいまだに怖いのである。

「まあ、頑張って護衛するから心配しないで」

「そう願うけど」

 テクノアは慎重な男だ。ゆっくりと、確認しながら進む。

「なんかいるな。小さいみたいだが」

 奥の方に、二つの光るものが見える。魔物の目だと思うのだが、やたらと低いところにある。小さいのか?

 魔物を狩るのは俺の仕事ではない。隊員たちが数人前に出て、警戒をする。

 二つの光が、突如天井に飛び上がる。甲高い声。わずかに照らされる。毛に纏われた体。あれは館美猫かんびねこだ。なんでも、「もともと家飼いの猫なので、建物の外に出られない」とか。ということは、あれは「あふれ出た魔物」ではない。

「あああああ」

 そして、まあわかっていたことだが一匹ではない。ご丁寧にテイラをロックオンしている。

「何? 犬派?」

「いやいや、とにかく魔物派ではない!」

「だろうね」

 テイラを護衛するのが仕事なので、ここでは魔物と対峙するしかない。これでお給金をもらっているのである。

「あれ、跳びかかってくる?」

「ああ。動くなよ」

 館美猫の動きは読みにくい。だから、動いてから反応するしかない。

「そうだよなあ!」

 しなやかな動きで、空中で俺の方へと向きを変える魔物。こいつの狙いが俺いうことは、予想していた。弱い獲物は後からいたぶればいいので、まずは障害を取り除く。魔物にはそういう習性みたいなものがある。

 空中でも向きを変えられるという館美猫だったが、俺の反応も速かった。剣が、館美猫を叩き落とす。さらに、床に落ちた館美猫を前方に蹴り飛ばした。

「とどめは?」

「面倒だからアイツらに任せる」

 俺の任務は狩ることではない。次の敵に備え、「守り」の態勢をとった。

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