城の中

2-1

 町の中に、吊るされた紙皮獣ひしじゅうが何匹も搬入されている。

 見た目は羊のようだが、毛皮ではなく分厚い表皮が特徴的だ。そこから皮紙を作る技術が確立したことによって、一気に文字文化が発達した。

「毎日こんな感じなのかねえ」

 この町に住んでいると言っても、仕事となると不在になる。昼間に何が行われているかは意外と知らなかったりする。

 前回と同じ隊に付く仕事ということで、隊と同じだけの休暇がある。なかなかにまとまった休みだ。

「アウレスじゃない」

「テイラ。仕事は?」

 俺と違い、公員というのはなかなか休みをとれない。書記係は街に滞在中、勉強をすることが仕事となる。

「有給休暇という制度ができたのを知らない?」

「早口言葉に聞こえる」

「お金がもらえるお休み」

「最高だな」

「一回使っとけって言われた」

「……そうか」

「で、買い物に出かけるところというわけ。ちょうどよかった、お店とか紹介してくれない?」

「いいけど、高いもんは買ったことがない」

「私はそもそも買い物に慣れてないから」

 なんだよお嬢様かよ、と思ったがしょうがない。公員試験は万人に開かれているが、勉学はそうではない。金がなければ、学ぶことはできない。

「財布は体から離さないように。じゃらじゃら音はさせない方がいい。なんならツケにしておくといい」

「そんなに危ないの?」

「そりゃ、悪人はいくらでもいる」

「じゃあ守ってね」

「業務時間外だぞ」

「いいね。休みがいっぱい」

「俺らは結局日雇いなんだ。守ってほしけりゃ金を出せ」

 テイラは唇を尖らせている。まだまだ世間の厳しさがわかっていないようだ。



「次の任務に特に必要なものは?」

 道具屋の棚を見ながら、テイラが尋ねた。

雷夜草らいやそうを買っておくといい」

「効能は?」

「安眠だ。ただし、深くは眠れない」

「それ、いいの?」

「魔物がたんまりいるベルクフリートのそばで眠ることになる。いつ襲われるかわからないから、深く眠ると危険だ。ただ、眠れないのも問題だ」

「そういうことあんまり本に書いてないのよね」

「以前は、文字で覚えられる奴は討伐隊にいなかったから」

 書記係が付くようになったのは十年ほど前だ。それまでは読み書きできる奴が隊にいることはまれで、すべて口承で伝えられてきた。どこかでは書き残しているものがあるかもしれないが、複写というのも貴重なもので、そんなには出回らない。

「そもそもなんで魔物はベルクフリートに棲むの? 快適な温度?」

「よく言われてるのは、人間の怨念がこもってる、ってのだ。戦争の最後の砦、籠城したまま亡くなった人間も多いだろう。苦しい、寂しい、逃げたい。いろんな思いが残って、魔物を引き寄せるんだとか」

「本当に?」

「知らん。魔物の気持ちとかわからん」

「なんかいい加減ね」

「そもそもが、人間が領土を広げたので未知の魔物と戦うことになったって話だぜ。大昔はつつましく魔物のほとんどいない土地だけで暮らしていたとか」

「なんか妙に教養あるのね、局所的に」

「仕事にかかわることだからまあね」

 俺が魔物に詳しいのはそういうわけでもないんだが、ここで話すほどにはまだテイラを信用していない。今まで何人もの書記係が逃げるか、命を落としてきた。いなくなる人間には、教えなくてもいい話も多い。




「やっぱりあいつ、解雇かな」

 小さな声で、テイラが聞いてくる。

「まあ、あれを報告すればね」

 前回、ちょっかいをかけてきたあの男の姿が見えない。テクノアは、しっかり決断したようである。まあ、しょせんは皆雇われの身、何かしでかしたらクビになるのは当然だ。

「実は、隣町までの路銀を渡したそうですよ」

 一番後ろにいた男が、笑いながら言った。人懐っこそうな顔をしている青年だ。

「書記係と話すことは禁止されているけれど」

「じゃあ独り言。隊長は情に厚いんだ。別の隊で雇ってもらえるよう、推薦書の作成まで依頼したみたい。まあ、夜盗になって襲われても困るしね。独り言で聞いたって書いといてね!」

 今回、テクノア討伐隊の人数は二十人を越える。前回死亡者も出しているし、たとえ一人でも追い出すのは苦しかったかもしれない。それでも、正しくない隊員は隊にいられない時代なのである。

「不安定な仕事よね」

「そうさ。魔物が出なくても、予算が付かなくても仕事がない。戦争が多かった時代には、何とでもなったんだろうがね」

「それも嫌な話」

 現代は、かなり平和な時代とされる。帝国が安定し、人間の住める領域を拡大させようとしている。制度が整えられ、計画的に魔物討伐が行われているのだ。国同士の争いがあれば、魔物ばかりに気をとられているわけにはいかないし、戦争のために金がいる。

「正直、どっちがいいかはわからないさ。西海岸まで人類の領域にするとか、マジなのかね」

「本当よ。海運が一変する」

「あ、試験に出るとこの喋り方」

「あたり」

 テイラの知識は偏っていると感じることが多い。それもそのはずで、彼女が受けたのは官僚試験であって書記係試験ではない。皆、僻地で魔物との戦いに赴くつもりなどないのである。魔物の知識よりも、政治の知識の方が重要に決まっている。

 帝国の野望は、大陸外にも影響を及ぼすことだ。そのためには、大陸外に行く道が必要となる。そのために大回りの南航路ではなく、西海岸からのルートを開拓したい、らしい。

「俺は噂でしか知らねえからな。正確なことはわかんねえ」

「私だって正解とされてることしか知らないんだけどね。なんか隠しててもわかんない」

「そうね。ま、とりあえずベルクフリートに行かされるような奴はろくでもない目に合うさ。それは知ってるし、真実だ」



 3日間の旅路で、城が見える場所まで来た。古い、朽ちかけの城だ。

「なんでここは放棄されたの?」

「だいたい戦争が理由だ。試験には出ない小さな城ってのは、試験にも出ないような敗北をしてる」

「結構町から近いよね。有力な勢力だったの?」

「町の方が後にできてる。有力だったかどうかは知らない。とにかく、負けたんだ」

「戦争、あったんだねえ」

「まあ、な」

 ああ、俺よりも若いんだよなあ、と実感する。俺はまだ、戦争の爪痕の中に生きてきた。まあ、家柄が違うのもあるだろうが。

「今は魔物が敵なわけね」

「そういうことだ。ただ、油断するなよ。人間が敵にならないわけじゃない。俺だってだ」

「どういうこと?」

「みな、金のために働いてる。金より大事なもののためには、裏切るかもしれない」

「金より大事なもの?」

「命だ。ベルクフリートから逃げるために、いくつもいざこざが起きてきた。書記係を見捨てた奴も一人や二人じゃない」

「アウレスもそうするの?」

「わからん。わからんから気を付けてくれ」

「どうやって?」

「……わからん」

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