1-2

 剣を抜く。

 現れたのは、夜飛翔やひしょう。茶色い体に大きな翼と爪、蝙蝠の大きくなったような魔物だ。一体だけならばそれほど脅威ではないが、問題は「こちら」に出たということである。

「そこにいな。あれは、めったに襲ってこない」

「あ……あ……」

「おい、しっかりしろ。今からが仕事の本番だろ!」

 テイラは初めて見る魔物に体が動かなくなってしまったようである。仕方がない。魔物は、一生出会わずに過ごす人間も珍しくはない。初遭遇なんだから、これぐらいの反応で当然である。

 夜飛翔は宙に漂いながらこちらの様子をうかがっている。好戦的な魔物ではない。だが、俺の仕事はテイラを守ることである。相手が襲ってくれば、戦わなければならない。

 魔物に気づいたテクノア討伐隊の面々が、こちらに向かってきた。彼らの仕事は狩ることであり、魔物を見つければ戦わねばならない。あとはバトンタッチして……と思ったが、様子がおかしい。

「20体はいるぞ!」

 叫び声が上がった。

 いやいやそんな……いるね。

 最初に見つけた奴の後ろから、わらわらと現れてくる。こんなにたくさんの魔物は、俺も見るのが初めてである。

「討伐しきれんかもしれんが……見届けないとな」

「ふ、は、はいっ」

 テイラは腰を抜かしてしまっている。

「おい神童、死んだら書記係の仕事を完遂できねえぞ」

「ふぁ、わかってる!」

 本当にわかっているのかは怪しい。魔物討伐というのは、魔物が死ぬだけではない。

 討伐隊の圧力にびっくりしたのか、夜飛翔は荒れ狂い出した。討伐隊の面々が襲い掛かり、全面衝突である。

 夜飛翔の爪が、大きく振るわれる。それほど制度はよくない攻撃だが、何せ20体近くいるので、かなりの脅威だ。

「ここじゃ無理だ」

「えっ、えっ、触らないで!」

「言ってる場合かよ」

 俺はテイラをおんぶして、後方に退いた。とてもじゃないが、近くでのんきに見ていられる状況ではない。

 テクノア討伐隊は、きちんとした部隊だ。それは現状を見ていればわかる。しかし、だからと言って無傷でいられるわけではない。

 悲鳴が上がり、人間の倒れる音。昼間ならばしっかりと鮮血も見えていただろう。

「あ……あ……」

「目をそらすな。仕事だから、仕方ないだろ」

 テイラが記事にすることで、討伐隊の仕事は認証される。彼女がきちんと見なければ、テクノア討伐隊が血を流してまで達成したことは、公の仕事にはならないのだ。

 一体の夜飛翔が、這いながらこちらに向かってきた。死にかけているが、脅威がゼロなわけじゃない。書記係を守ることにおいてのみ、俺の剣は魔物に向かう。

 夜飛翔が最後の力で振るう爪を、俺は薙ぎ払った。

 魔物は動かなくなった。

 夜にうごめく者たちの気配はなくなった。魔物は討伐され、書記係は守られたのである。



「これが現実だ」

 俺の声に、テイラは泣きそうな顔になっていた。

 朝になり、状況がよりはっきりとわかるようになった。

 21体の夜飛翔と、3人の人間の死体があった。

「これで引き揚げる?」

 俺はテクノアに確認する。依頼のあった魔物かはわからないのだが、手ぶらというわけではない。日給とは別に報酬があるはずだ。

「そうだな。むりをしても仕方がない」

 隊長は、冷静だった。

 かつて、弱い魔物を倒しても満足せず、前進を続け結局全滅することになった部隊に同行したことがある。あまりの惨状を目撃し、担当した書記係も退任することになった。

「ねえアウレス。これが、普通?」

「そうだ」

 テイラの表情は全くさえない。この人もやめるかもな、と思っている。



「町だ!」

 討伐隊の誰かが叫んだ。確かに、建物が見えてきた。ほっと一安心である。

 ただ、あれは町ではない。町の機能を備えていると言えばそうなるが。

 あの規模の集落には、教会がある。教会では建物や庭を借りることができ、宿泊や調理が可能である。また、定期的に行商人が来て教会に市を出す。つまり宿や店の機能を協会が担うことになるので、旅人にとっては町のようなものなのだ。

「まあ、とりあえず安心と言ったところか」

「本当の町がよかった」

「帰るまでないぞ。山のこちら側は廃れている」

 魔物を狩るために出かけた隊だったが、今度は魔物が出ないのを祈ることになる。

「なんで反対側に向かわなかったんだろう」

「テクノアは優秀みたいだ。死者を出した時点で、さらなる討伐を避ける指針にした。偉い、って書いといて」

「私情は挟まないことになっているから」

「偉い」

 すぐには集落に入らない。テクノア隊の中でも若くて真面目そうな青年が一人、先行して進む。中に入って交渉するのである。教会が断ることはないだろうが、やはり心象というものは大事である。

 討伐隊は、決して好意的には思われていない。元々好戦的な者たちが、たまたま野盗にならなかった、ぐらいには思われている。実際元野盗だっているだろう。

 この集落のレベルならいないだろうが、公員や貴族の中にはあからさまに討伐隊や俺みたいな存在を見下してくる奴もいる。討伐隊を受け入れる教会に嫌がらせをすることすらある。

 戻ってきた青年が、両腕で大きく丸を作った。

 久々に、のんびりとした夜が過ごせそうだ。まあ、安心して眠れるわけではないのだけれど。


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