討伐隊書記係護衛者アウレス

清水らくは

テクノア討伐隊

1-1

「何も見つかんねえなあ」

 山に入って、十日になる。

 魔物が出たというのは、おそらく噂だけではない。目撃者も、被害者もいる。討伐隊が派遣されることになり、選ばれた隊長は、テクノア。実績は十分らしい。

「アウレス、愚痴る、と」

「えっ、それ書くの?」

「冗談よ。貴重な紙にそんなこと書かないって。それに、あなたは討伐隊のメンバーじゃないから」

 笑わない人だ。

 この女性は、テイラ・プロチェス。討伐隊の書記係である。艇護ていごから指名された公員であり、偉い。

「まあ確かに、ここまで何も起こらないとふざけてみたくもなるよね」

「あなたはいつもふざけているけど」

 基本的に、テイラは俺に対して厳しい。いやまあ、だいたいの公員はそうだ。

 俺は帯剣しているが、前を行く討伐隊のメンバーではない。書記係護衛者である。書記係は戦闘員ではないため、魔物に襲われたらひとたまりもない。だから、護る者が必要になる。俺は、そういう役目の人間だ。

 魔物が来なけりゃ、何もしなくても金が貰えるってわけだ。

 で、当然討伐隊も同じことを考える。

「この山は深いからねえ。果たして十五日で魔物に出会えるかどうか」

「いないに越したことはないのだけれど。別の山に行っちゃった後かもしれないし」

 それはない、とは口には出さなかった。お嬢さんはまだ、魔物の特性などは知らないのだ。

 テイラは自称神童だったらしいが、こんな地方に来るのだから疑わしい。本物は、中央に行く。読み書きの達者な者は、国を支える。らしい。

「とりあえず魔物は御免だ。刃が欠ける」

「命も欠けるかも?」

「魔物に会ったときは、命は少しでも残れば幸いだよ」

 テイラは新人なので、まだ魔物に会ったことがないのだ。あれは、一部を奪うものじゃない。取りつくすものだ。できれば会いたくない。

 とはいえ。討伐隊である以上、魔物の討伐が目的である。

 討伐隊は、会うのが目的だ。

 いやんなっちゃうね。



 夜、俺たちは討伐隊から離れて眠る。取り込まれないためだ。

 書記係制度ができた当初は、そのような決まりはなかったという。だが、寝食を共にすると情が移る。善意から、偽りを示す。

 それは、書記係の終わりにもなる。

 料理を作るのは隊の係がいるのだが、それを分けてもらうと俺たちは別の場所で食事をする。時にはとてつもなく冷めたスープをすすることにもなる。

 テイラは深いため息をついた。思った以上に大変なのだろう。

 公員にもきつい仕事は多いが、討伐隊書記係は特に過酷だ。なんせ魔物を討伐しに行く隊に同行するのだ。一日中命の危険にさらされながら、野山の中で過ごさなければならない。

 それでもなり手がいるのは、まあ、いろいろと理由がある。

「こんなにも何も出ないものなの?」

「まあ、そりゃあ。いや出るところはばんばん出るだろうけど。あんまり出ないとこだから、近くに人間が暮らせるんだろうよ」

「そんなものなのね」

「習いませんでしたぁ?」

「試験には出なかった」

 まあ、公員試験に魔物討伐の問題はほぼ出ないんじゃないかなあ?

 基本的に公員を目指す人はいいとこの出である。まずもって文字が読めなきゃならないんだから、俺みたいのには無理だ。で、魔物討伐に行くような人間のことは見下している場合が多い。というか、意識すらされていない場合がある。人間が生きていくには魔物のいない地域が必要だが、貴族や公員の多くはそういう地域があって当たり前だと思っている。

「出世して試験問題作ってくれよ。魔物は暮らしのすぐそばに出るってね、言ってたら……な」

「えっ」

 闇夜に、翼のはためく音。


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