第9話 おわりよければ

「いや――。食った。食った。ふたりとも、後片付けはあとで俺がやっておくから、こっちで茶をのみなさい。よくわからんが、ミナライくんはオレンジジュースで酔っ払っているだろ?」


 キッチンで後片付けをしているふたりに中堅オークショニアが声をかける。


 ほどなくして、三人がテーブルにつく。


「今日はご苦労さん。ふたりの大活躍で、5枚の『眼鏡絵』を存分に堪能することができたよ」


 茶をすすりながら、中堅オークショニアはニコニコと笑顔をにじませる。


「あの『眼鏡絵』はね、若い頃のマーヤ・オーギョスがね、絵の具代を賄うために、親友の美食家から注文を請けた絵だったよ」

「ワールドダイバーはそんなことまでわかるんですね」


 見習いオークショニアが驚いたような声をあげる。

 自分もマーヤ・オーギョスの作品世界にダイブしたというのに、そのような結論には至らなかった。


「いやいや。そのようなことは、ダイビングでは、わからないよ」

「え?」


 見習いオークショニアの目が点になる。

 若手オークショニアはなにも言わず、優雅にお茶をすすっている。


「絵を収納していた箱がね、共箱だったから、一緒に修復師にクリーニングを依頼したんだよ。そしたら、箱の汚れを綺麗にするだけでなく、ほとんど消えていた文字を復元してくれてね……。その文字を解読してわかったコトだよ」


 そこでいったん、全員が茶をすする。

 共箱とは、作者自身が作品を作成したときに、作品を収納する専用の箱をしつらえたときに使う言葉だ。


 箱の蓋には、マーヤ・オーギョスの名の他に、その美食家の名前と謝辞が書かれていたと中堅オークショニアは説明する。


「しかもだね、箱が二重底になっていたようで、中を開けてみると、紙の書付もあってねぇ。どうやら、1枚ずつ仕上がったものから納品して、着手金の他に、その都度、絵ごとの報酬を受け取っていたみたいだよ。絵が書き上がった日付と、金額も記載されいて……マーヤ・オーギョスって、細かい絵を描くだけじゃなくて、性格も細かいからねぇ」

「ふええっ」

「ということは、もしかして、絵のタイトル、どこの絵なのかも書かれていましたか?」


 若手オークショニアがこめかみの辺りを押さえながら、中堅オークショニアに質問する。


「うん。うん。ばっちり書かれていたよ。絵の場所だけじゃなくて、その絵の中では、なにが採れるのかも記載されていたねぇ。六珍味以外にも、色々と美味しそうな素材がたくさん書かれていたよ」


 マーヤ・オーギョスが親友の注文で作成した『眼鏡絵』は、異世界六珍味が採取できる場所だった、というわけだ。

 実際に食材が採取できるというのを当事者たち――マーヤ・オーギョスとその美食家――が気づいていたかはわからない。


 美食家が所持していた『のぞき眼鏡箱』が、中堅オークショニアが用意した『のぞき眼鏡箱』と同じ仕掛けが施されていない限り、『眼鏡絵』の中に入ることはできない、と中堅オークショニアは語った。


「面白くなってきたね。プレゼンのやり方によっては、マーヤ・オーギョスのファンだけじゃなく、美食家や、ワールドダイバーたちにもアピールできるだろう」

「学術的にも評価が高そうですね。でも、やり過ぎはだめですからね」

「わかってる。異国珍品法にのっとって、異世界学術遺産に登録されたら、どこぞの学者たちに研究対象として、取り上げられてしまうからね。そこはさじ加減を間違えないようにするよ」


 本当に、大丈夫なのだろうか……と、若手オークショニアと見習いオークショニアは思った。


「今回はコンプリートは無理だったけど、主題となる素材は採取確認できたから……まあいいか。目録カタログが校了してからまたダイブしてみるよ。今度は時間をかけて、ゆっくりと、隅から隅まで確認してみる」

「や、やめてください!」

「オークショニアの仕事はカタログの校正作業だけではありませんよ……」


 見習いオークショニアと若手オークショニアが反論する。

 必死なふたりに、中堅オークショニアは「さて、どうしようかな」と意地の悪い笑みを浮かべた。


「いや――。それにしても、マーヤ・オーギョス直筆の『眼鏡絵』は、なかなかの圧巻だったねぇ。本物よりも、より、デンジャラスな異世界だったよ」


 中堅オークショニアが『眼鏡絵』の感想を述べる。


「え? チュウケンさんは、本物の場所にも行ったことがあるのですか?」


 目をぱちくりさせながら、見習いオークショニアが質問する。


「あるよ。俺はフィールドワークが専門だったからねぇ。異世界の有名どころはコンプリートしているよ」

「……なんで、オークショニアなんかやっているんですか?」


 危険なことが大好きで、戦闘力も高いワールドダイバーなら、もっと違う天職があるだろう。


「ん――。そうだねぇ」


 見習いオークショニアの疑問に、中堅オークショニアは再び意地の悪い笑みをにじませる。


「世界のどの場所よりも、欲をむき出しにした……ニンゲンの心の奥底を探求する方が、はるかに面白いからかな――」



(終わり)

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