第8話 しめのおやくそくはなぞとき

 「俺がごちそうしてあげるって言ったのに、ワカテくんに用意してもらって悪いねぇ」


 キッチンから土鍋を持ってでてきた若手オークショニアに、中堅オークショニアが

声をかける。

 悪いね……と言いつつ、中堅オークショニアにはこれっぽっちも悪びれた様子がない。


「当然です。チュウケンさんは、『異世界猛毒食材取り扱い調理師免許』を持ってないでしょう?」

「いや、いや。俺も『調理師免許』なら持ってるぞ」

「チュウケンさんの免許は『異世界毒食材取り扱い調理師免許』です」

「一字くらい欠けててもいいじゃないか? 俺は調理して食べてるぞ」

「一字あるか、ないかで、大違いなんです! こんな……猛毒食材てんこ盛りで鍋をしようなど……。自分で調理しないと、怖くて食べることができません」


 猛然と抗議をしながら、若手オークショニアは鍋を卓上コンロに置く。


 美味しそうな湯気がたちのぼっている鍋の中には、異世界総合猛毒ランキングにランクインする食材がぐつぐつと煮えていた。


 これらの食材は猛毒とされているが、適切な毒処理がなされれば、異世界総合珍味ランキングにランクインする高級食材になる。


 死と隣り合わせのデンジャラスな鍋だ。


「こ、これが……猛毒鍋……」

「いやいや、ミナライくん、これは異世界六珍味鍋だよ」


 中堅オークショニアはにこやかに訂正する。


 見習いオークショニアは風呂に入って汚れを落とし、今は中堅オークショニアの手で濡れた髪の毛を乾かしてもらっていた。


 汚れて破れてしまった制服は、中堅オークショニアが預かった。クリーニングをして、擦り切れた部分は補修してから返却するつもりである。


 というわけで、着る服をとりあげられてしまった見習いオークショニアは、中堅オークショニアの服を借りたのだが、これがもうダブダブで、皆の笑いを誘ってしまった。


 不機嫌になった見習いオークショニアもようやく、美味しそうな匂いに機嫌をなおしたようで、おっかなびっくり鍋の中を覗き込んでいる。


「とりあえず、食うか! 鍋を用意してくれたワカテくんには、特別に秘蔵の酒をだしてやろう。ミナライくんは、まだ未成年だから、オレンジジュースだよ」


 テキパキと場をとりしきる中堅オークショニア。

 あっという間に、テーブルの上に鍋以外の食器や飲み物などが並べられる。


「おお! このラベルは!」


 酒瓶を見た若手オークショニアの顔がぱっと輝く。


「このラベルに反応するとは、ワカテくんは、いける口だね?」

「いえ、嗜む程度です」


 といった会話をかわしながら、異世界六珍味鍋もとい、猛毒鍋の試食会がはじまった。


 ****


「どうだい、ミナライくん?」

「お、おいひいです」


 ホワイトアコニットをもぐもぐと食べながら、見習いオークショニアはコクコクと頷く。

 中堅オークショニアの顔がほころぶ。


「そうかい。そうかい。俺はもうちょっと、舌にピリッときて、手が震えてくるくらいがいいんだけどね――。ワカテくん、ちょっと、旨い部分を取り除きすぎだよ」

「これくらい余裕をもって取り除かないと、ミナライくんが死んでしまいます」

「…………」


 見習いオークショニアの手が止まる。


「大丈夫、大丈夫。こうかばつぐんな毒消しもあるから、安心しな」

「失礼な! わたしの調理で死亡者などでませんよ」


 酒をぐびぐび飲みながら、若手オークショニアが反論する。

 そして、鍋奉行は鍋に追加の具材を投入していく。


 中堅オークショニアと若手オークショニアのこのふたり、さきほどから大量の酒を飲んでいるが、特になにも変化がみられない。


 だが、ふたりの吐く息がだんだんと酒臭くなり、部屋にもアルコールの臭いが充満している。見習いオークショニアは軽く酔いを感じていた。


「あの、さっきから気になっていたんですが、その細くて白いひょろっとした食材はなんですか?」

「ミナライくんは知らないんだね。これはシヤモーっていって、完熟した豆を人工的に発芽させて、芽が出て成長したものだよ」

「はあ……」

「シャキシャキしてて美味しいだろう?」

「はい。美味しいです。これに毒は……」

「残念なんだけど、含まれてないんだよね」

「よかったです……」

「シヤモーは根の部分から食べるのが美味しいそうですよ」


 ふたりの会話に鍋奉行の若手オークショニアが加わる。

 鍋に対してポリシーがあるのか、かなり口うるさい。


「へえ……」


 見習いオークショニアは鍋の中からシヤモーを取ると、口に運ぼうとする。


「ミナライくん。逆です」

「え? 逆?」

「シヤモーは、芽のように見える部分が、根っ子なのですよ」

「そうそう。芽が根なんだよ」

「めがね……ですか?」


 シヤモーをまじまじと見つめた後、見習いオークショニアは言われたとおりに、根の部分から食べてみる。


 たしかに、コリっとした触感と、かすかな甘味が口の中に広がって美味しかった。


 見習いオークショニアはモシャモシャとシヤモーを食べる。

 だったら、このひょろっとしたいかにも根のような部分はなんなんだろう、と考えながらシヤモーを食べる。

 異世界は奥が深い。

 知らないことがたくさんある。


「シヤモーは美味いか?」

「はい。美味しいです。もちろん、他の食材も……意外と美味しいですね」


 有毒性のものだと知らなければ、もっと食事を楽しめただろう。

 微妙な表情をしてシヤモーを食べている見習いオークショニアを、中堅オークショニアは楽しそうに眺める。


「ミナライくんは、ちょっと痩せてるからね、いっぱい食べるといいよ。さっきから、野菜ばっかり食っているじゃないか。肉だよ! 肉! ほれ、シェルオークの肩ロースだ。養殖ではなく、野生のシェルオークは貴重だぞ」


 と言いながら、見習いオークショニアの取皿にぽいっぽいと肉を盛り上げていく。


「シメはウドンがいいかな? ラーメンはちょっと違うよな……」

「雑炊でしょう」


 この場の生命を握っている鍋奉行が即座に断言し、メニューが決定した。

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