第7話 かんけつへとむかう

「さて、準備もできた。行くぞ。ミナライくん、ちゃんとついてくるんだよ」

「え……」

「チュウケンさん、『のぞき眼鏡箱』はわたしが支えますから、覗くだけにしてください。そう、何度も空中キャッチが成功するとは思えません」

「ん? こういうのは自分で覗く方が楽しくていいんだけどな。……ま、いいか」


 そう言うと、中堅オークショニアは『のぞき眼鏡箱』を若手オークショニアにぽいと手渡す。


「え? ちょ、ちょっと、ふたりとも待ってください! っていうか、ワカテさん、なんで、チュウケンさんを止めないんですか! サポートしてどうするんですか!」

「わたしは無駄なことはしない主義ですから。こういうときは、無駄な努力はせずに、流されるのが吉です」

「いや、ちょっとは努力してみましょう! 流れに逆らってください!」

「……気が向いたらやってみます。今回は、急ぎの校正がありますから、ふたりともやるならさっさと覗いてください」


 見習いオークショニアの顔が驚愕にひきつる。


「えええっ! ま、まだ、心の準備が!」

「そんなもん、回数を経験したら、勝手についてくるから気にするな!」

「気にします! 服がびちょびちょです」

「そんなの気にしてたら、異世界を股にかけることなんてできないぞ!」


 と言いながら、中堅オークショニアは穴を覗き込み……きれいさっぱり消えてしまった。


「…………うううっっ」


 再び、見習いオークショニアの目に涙がたまる。


「ミナライくん、どうしますか? 早くチュウケンさんと合流したいのなら、開き直ってさっさと覗いた方がいいですよ? チュウケンさんはミナライくんが来るまで待っているような、おとなしい人ではありませんからね」


 それは……わざわざ指摘されなくてもわかっている。


「いってきます……。ワカテさん、ちゃんと、引き上げてくださいよね」

「はい。こう見えても、趣味は釣りですから、安心してください。カリツオーの一本釣り大会でチャンピオンになったこともあります」

「…………うううっ」


 見習いオークショニアは涙を拭うと、『のぞき眼鏡箱』の穴を覗き込んだ。


 ****


「うううううっっ。もうやだ――っ。服が、服が……」


 床の上にへたりこんで、見習いオークショニアはワンワンと泣き始めた。


 ザルダーズから支給された見習いオークショニア用の大事な制服は、濡れてビチョビチョ、泥でグチャグチャ、ところどころ破れて、見るも無惨な姿に変わり果てていた。

 しかも、葉っぱや草、小枝が身体にまとわりついている。


「よしよし。よく頑張ったな」


 中堅オークショニアはニヤニヤ笑いながら、ロッカールームから数枚のバスタオルを持ってくる。

 彼もまた海や河に潜ったので濡れてはいたが、見習いオークショニアほどドロドロではない。


 若手オークショニアの「汚した床と廊下は、責任をもってちゃんと掃除してくださいよ」という注意を軽く聞き流し、中堅オークショニアは見習いオークショニアの前にかがみ込む。


「男の子なら、泣かない。泣かない。ミナライくんはよく頑張ったよ」


 捨てられて雨に濡れた子犬のようになってしまった見習いオークショニアを、中堅オークショニアはゴシゴシと拭き始める。


「えっと……大海原の絵は、マリフィア海溝。ジャングルの中を流れる大河の絵は、ママゾン河……」


 若手オークショニアが紙にメモを書き残す。


「針葉樹林が鬱蒼と生い茂る森の絵が、ルクシオンの森。だだっ広い草原の絵は、ツマールゴイ平原っと。……そして、木々が生い茂る中にひっそりと隠れるようにしてある遺跡の絵が、ティティカルル遺跡……で間違いないですね?」

「うん。ばっちり間違ってないよ」


 見習いオークショニアの汚れを優しく拭き取りながら、中堅オークショニアが頷く。


「それで『お土産』がマリフィア海溝では、マンマブロウフィッシュ。で、猛毒魚類と……」

「でもって、白子が痺れるほど美味だな」


 若手オークショニアの手が止まる。


「その情報も必要ですか?」

「うん、必要だねぇ」


 中堅オークショニアの返事を聞くと、若手オークショニアは再び、ペンを動かしはじめる。


「ママゾン河では、リバービッグクラブ。猛毒甲殻類」

「ミソがクラクラするほど美味だね」

「ルクシオンの森は、エッグエンゼルマッシュルーム。猛毒菌類で、特用林産物っと」

「うん、いい出汁がでるんだよ。笑いが止まらなくなるほど美味だな。運がよければ、綺麗な景色もみえるかな」

「あの……本当に、コレを公開するつもりですか?」

「つもりだよ。必要情報だ」


 中堅オークショニアはひとまず見習いオークショニアの水気を拭き取ると、今度は温かな蒸しタオルで、顔についた汚れを拭き取りはじめる。

 言動はアレだが、後輩の面倒見はいい。


「ツマールゴイ平原では、ホワイトアコニットとバードヘルム。どちらも猛毒植物」

「シャキシャキ感がたまらないんだよね。その旨味は悶えたくなるくらい美味だな」

「ティティカルル遺跡では、シェルオークの加工肉?」

「うん。血が飛び散るから、解体してから持ち帰ってきたよ」

「…………え――っと、シェルオークは猛毒哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科」

「脂身がいいよね。気絶しそうなくらい美味だよ」


 楽しそうに語る中堅オークショニアを、冷ややかな眼差しで観察する若手オークショニア。

 中堅オークショニアは、見習いオークショニアの泥汚れを拭き取ると、今度は、傷口を消毒しはじめる。


「チュウケンさん……質問していいですか?」

「おお! ワカテくんが積極的に質問するとは! いい傾向だな」

「…………」


 若手オークショニアが長い、長い溜息の後に、言葉を続ける。


「で、この危険極まりない異世界総合猛毒ランキングに必ずランクインする『土産』をどうされるおつもりですか?」

「もちろん、食うに決まっているじゃないか! 協力してくれたふたりにもごちそうしてあげよう。さあ、さっさと片付けて、俺の部屋に集まれ!」

「…………」

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