【KAC20248】毛内有之助の眼鏡 (KAC20248・第8回お題・めがね)

凛花

【KAC20248】毛内有之助の眼鏡

[1]

 明日の文学講義で使う資料に顔を近づけ、目を細めて読んでいると後ろから声を掛けられた


「お疲れでは?少し休憩されませんか、毛内さん 」


振り返ると自分たちの中でも一番年若い藤堂平助がお盆に乗せたお茶を差し出す。

凛とした整った顔に優し気な笑みを浮かべている。

江戸にいたころから知っているがそういうところだけは全然変わっていない。


近藤先生が……と言いかけて「……局長が 」と慌てて言いなおしながら、お茶の横に恭しく鎮座する黄色いものを目で指す。


藤堂に促されるように黄色いものに目をやる


黄色の四角?


上が茶色いが……


顔をかなり近づけてやっとわかった


「ああ……これは!」


「はい、です。多齢堂たれいどうさんの……

近藤局長が会津様から頂いたそうです。

先ほど伊東先生に、と一本くださったのです 」


「それでは伊東先生が? 」


「ええ……皆で食べるとよいとおっしゃって 」


毛内有之助はもう一度に顔をうんと近づけ、しげしげと見ている。


毛内のそんな様子に藤堂が苦笑しながら

「毛内さん、そんなに目がお悪いなら眼鏡を使われたらいかがですか?

書物を読むのにも苦労されるでしょう 」


自慢では無いが

実家は津軽の三百石の家柄で欲しいと思う書物はだいたい買ってもらえた。

それに加えて、幼いころから勉学に熱心な母親の影響で書物を読みあさった


目が悪くなったのはきっとそのせいなんだろう……


今ではかなり近づいて見なければ何かわからない、誰だかわからない


毛内さんさぁ、それでは敵味方が分からなくて斬り合いの時に困るだろう?と加納にはいつも笑われるが……


そもそも……


新選組に在籍していても、自分は文学師範

真剣で斬り合う……そんなこととは無縁だ


剣の猛者揃いの新選組のなかで自分は浮いた存在かもしれぬ


しかし……剣は苦手でも弓なら得意だ、目が悪いから的は狙わない。

弓を引く力加減を、角度を身体が覚えている。

他にも……毛内の百人芸と冗談めかして言われるほど器用にこなせることはたくさんあるんだ


でも……

一番得意なのは


やっぱり学問だ


新選組には正式なでない者も多い。

そういう者たちのためにも学問ができる環境が大切なのだ


山南さんから引き継いだような形になってしまったが……


志半ばで逝ってしまった山南さんのぶんもしっかり講義を務めなければ


そう思えばこそ古今の書物に目を通し、藤堂と一緒に魅力的な講義の資料作りを夜中まで頑張っている


そのせいか最近はますます目が悪くなった気がする


毛内は疲れた首筋を揉みながらふっと息を吐いた。


「……あの? 」

藤堂が遠慮がちにこちらを見ている


「藤堂君、どうした? 」


「いえ……先日、伊東先生が毛内さんに眼鏡を渡されていませんでしたか 」


毛内は微笑む「なんだ、藤堂君。知っていたのか…… 」



[2]


眼鏡……とても高価でなかなか手に入らない


そんな高価な眼鏡を伊東先生が用意してくださったのだ


『……毛内君、いつもご苦労様。 勉強会に若い隊士が増えたのも君の講義がすばらしいからだろうね 』

そう言って大事そうに包みを差し出す


「……?先生、これは? 」


包みを開いて出てきた眼鏡


目が見にくいのだろう、少しでも楽になるのではないか?そう先生は笑った


先生……


「……ありがとうございます、伊東先生 」


震える手で眼鏡をかけてみる


「毛内くん、どうかね?……よく見えるかい? 」


「…… 」


「毛内君? 」



……嘘をつくのは好きではないと思っていた


でも……


伊東先生に背を向けて、遠くを見るために背伸びをする

「はい、見えます。すごく、遠くまで……あの山の葉っぱの虫食いも 」


「それは……さすがに無理だろう。 まあ、無いよりはましなら良かった 」苦笑する先生



本当は先生の気持ちがうれしくて

涙でぼやけて、ほとんど見えてなかったんだけど


それでも遠くの山の葉の一枚一枚の形までしっかり見えた……気がした




「その眼鏡なんだけどね…… 」

少し冷めてしまったお茶を手に取る


「津軽の母がかなり目が悪くて……先生に理由わけを話して眼鏡は津軽に送ったんだよ 」


真面目な顔をして話を聞いていた藤堂が

「そうでしたか……親孝行でいらっしゃいますね 」


「先生には申し訳ないことをしてしまったが…… 」


「そういう事情でしたら、先生もきっと喜ばれてらっしゃいますよ 」




かすていらを食べ終えて、お茶を飲む。


横で藤堂が資料に目を通している。


「これ、大変ですね。 私も一緒にやりますよ 」


目頭をゆっくり指でほぐしながら

「助かるよ、藤堂君 。もうひと頑張りしようか 」



それに頷くと

「……でも、一度見てみたかったです。 毛内さんの眼鏡かけたとこ 」


藤堂がいたずらっぽく笑った



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