第6話 おじいちゃん先生の昔話
『私がもも先生と同じ年頃の思い出、ですか?
そうですね……
少し長くなるかもしれませんがーー
大学を出て『先生』になり、最初はとにかく仕事を覚え、日々を送ることに全力でした……責任しかないこの『先生』というものが、余計に私の頭を固くしていましてね…
『真面目』が自分の取り柄だと思っていましたから…当時はね、息子が教師になった、なんてことは、親からするととても名誉な時代でしてね………それはそれは、親や親戚中から喜ばれましたよ。
それもこれも全部、『真面目に』努力した結果だとーー『真面目』でさえいれば、それが『正解』なんだと、そんな価値観だったんです。
ふふ、当時の私は、とてもとがっていたんですよ。そのせいでよく保護者や他の先生と衝突したりしましてね…
え?想像がつかないですか?褒め言葉ですね。
もも先生、ありがとうございます。
『真面目』というのは、そうですね……
『主義』、というものがありますでしょう。こうじゃなきゃいけない、という考え方は、味方を作ると同時に、敵も作ってしまうんです。
何事もかたよるとうまくいかない。
『先生』という存在はね、敵を作るとまずいんですよ。生徒、保護者、先生方、さらに学外のおえらいさん達、みなさんに好かれないとまずい。そんなとびきりハードモードでストレスフルな職業なんですよ。
ゴマすりが得意な同僚がいましてね、私は彼がとても不快で……おっと、このお話は悪口になってしまうので内緒にしましょう。ふふ。
まあ、そんなわけで、私は当時の職場、そこの学校での風当たりがとても悪くてですね…余計に自分の心を守るために、頑固に磨きがかかってしまったんですよ。
今思うと針のむしろでしたね。いやあ、あの経験があったからこそ、今の私があるんですが、出来るならあんな経験は誰にもさせたくないですねぇ……
みかねたえらいひと達が早々に転勤という形で私を救ってくれたんですが
ーーそして、新しい学校でね、とても不思議な先生に出逢ったんです。私の恩師でね…名前は佐藤先生といって、それはまあ『砂糖中毒』な方で…生徒達からはシュガーちゃんと呼ばれていましたね。
シュガー先生はルール破りのプロでね。
今だったらすぐ懲戒免職処分ですよ。先生が決してやってはいけないことはほとんどやっていましたね…いやあ、たのしい先生だった……ふふ。
遅刻はほぼ毎日、ある時なんか、テストの答案用紙にコーヒーをこぼして、あわててそれを拭こうとしたら破いてしまって…ふふ。
え?どうしたのかって?
もしもも先生だったら、どうしますか?ふふ。
シュガー先生はね、『開き直って』、答案用紙を生徒に渡さなかったんですよ。そのお話が私はとても好きで…
先生はね、その時生徒たちにこう言ったそうです。
『今回のテストの点数は見るに堪えない点数だった!過去の平均点を明らかに下回って、僕はとても失望した!よって、一度『なかった』こととして、もう一度、全く同じテストを今から配る。テストを終えて日が経った今なら、僕が信頼する生徒達はきっと自己採点と復習をしている事であろう。全員が満点を取れると僕は信じているよ!』
ーーってね。ふふ。すごい先生でしょう?
ちなみにそのテスト当日がバレンタインと被っていたので、テスト勉強が手につかなかった生徒達は余計にこたえたんでしょうね。
運が良くてとても賢い先生でしてね、自分の失敗を生徒に隠し通したんですよ。
ちなみに後日談としては、うそが苦手な先生だったので、卒業式に泣きながら土下座して謝ったそうです。職員室に戻ってきた時のぐしゃぐしゃの顔が、もうおかしくておかしくて……ふふふ。
まあそんな先生を毎日みていて、私は思ってしまったんですよ、シュガー先生になりたいって。ふふ。
もしもも先生だったら、どんな感想を抱くんでしょうね。
先生の周りにはいつも人が集まって来ました。卒業した生徒が放課後に遊びに来るんですよ。『シュガー先生に会うためだけ』に。先生はめんどくさがり屋でしたからあまり誠実な対応というものはしない人だったんですが、そこは『シュガー』ですから。みんながお菓子を持参して来るんですよ。そうすると先生の目の色が変わって、途端に愛想がよくなって…まったく、どっちが子供なんだか。本当に、子供みたいな先生で……でも頭の回転が早いから、職員会議でもすぐ解決方法を言い当てて、あっという間に終わってしまう。
ある時、ちょっとした生徒のイタズラが問題になって、それが保護者を巻き込んで大事になってしまった事があったんですよ。これは至急対応策を考えなければと、急遽全クラスを自習にして、朝から職員会議が開かれたんです。
『会議は踊る、されど進まず』という言葉通り、3時間経っても解決策が決められず…そこに現れたのが、寝坊して遅刻してきた、我らが救世主、シュガー先生です。寝癖がついたジャージ姿で、
『職員室に行ったら事務員さんにせかされてとりあえず来たんですが、みなさんどうしたんですかぁ?あ、おはようございます!寝坊しちゃいましたごめんなさい!』
って。頭をぽりぽりかいて登場です。
もうみんないつものことなので、怒鳴る先生はいません。1番年下の私が事態の説明を先生にしたら、ぽんって解決策を言っちゃって……
ふふ。3時間、学校中の先生達が顔をあわせて悩んでいたのにね。
いやあ、みんな驚いてポカーンってしてましたよ。私は心の中で爆笑でした。いつも偉そうな指導教諭が口をあんぐり開けていて…いやあ、あの時笑いを堪えられた私は人生で1番偉かったです……ふふふ。
まあそんな先生だったから、他の真面目な先生達からのウケはあんまりよくなかったけれど、先生を反面教師にした生徒達はとても優秀で…まあ、担任の先生が頻繁に遅刻してくる、よく校長先生から呼び出されてる、しかもそれを生徒に隠さず話しちゃう先生だったから、先生が受け持つクラスの生徒達はそれはそれはとても優秀で。遅刻どころか休む生徒もいなくて。
あれほど無遅刻無欠席の生徒が多く表彰される学校というものは、私の知る限り他にはなかったですね…
おまけにスーパーティーチャーで、先生の授業はほかの学校の先生も勉強に来ることがありましてね……まあそんな日は何とか授業のコマを午後に持って来れないか、先生が寝坊しないで来れるかどうか、周りはあたふたしたものです。
おおっと、たのしくてお話しすぎちゃいましたね。どうですか、もも先生。もう少し、肩の力、抜いてみようって思ったりしました?ふふ。
真面目だからこそ受け入れてくれる人もいれば、真面目だからこそ犬猿されてしまう、という事もあるということがわかっていれば、大丈夫です。
あんまり思い詰めなくて大丈夫ですよ。
貴女がとても努力をしていることは、生徒も先生達も、みんな知っています。貴女は自分が思うよりも周囲から好かれているんですよ。
だから、そんなにおっかなびっくり他人と接しなくても大丈夫です。
もしお気に召したなら、今度また、シュガー先生のお話を聞いてくださいな。
なにせ、もも先生よりも生真面目だった私がこんなに柔らかくなってしまった原因なので。
さあもも先生、そろそろチャイムがなりますよ。準備をして、貴方にしかできない授業をしに行っていらっしゃい。たのしんでおいで。
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