第4話 並べたからこそ尊敬する

「あ、竹朧くんこんにちは」

理科準備室の扉を開けるともも先生がクッキーを広げてた。紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。


「こんにちは、もも先生。あれ…いづる先生は?」

「花壇にお水あげにいってる。すぐ戻ってくるよ。それより本、どうだった?」

「めちゃくちゃ良かったです。カピバラ先生がハチマキを生徒一人一人のために手作りするシーンが、もう泣けちゃって…」

「わかる!1枚1枚ミシンで縫って、メッセージ書くやつね!カピバラ先生ってどんな字を書くんだろうってうきうきした!」

「カピバラ先生は漢の中の漢なんで、やっぱり力強い達筆じゃないんですかね」

「おっとそう推理したか…個人的にはギャップ萌えでかわいい丸文字を書いてほしい…」

「うーん、それもおもしろいですね…。いづる先生の見解を楽しみにしましょう!」


もも先生から差し出されたクッキーは色とりどりで華やかだ。もも先生は立ち上がって紅茶を準備してくれる。

両手を合わせて、軽く会釈をする。

「「いただきます」」

食べ物をいただく前には当たり前にする。小学校の給食の時、周りのクラスメイト達がやらないのを見て驚いた。でも、俺にとって大切なのはクラスメイトからの評価よりもばあちゃんの教えだった。まあ俺はイケメンで影響力あるから、しだいにみんな真似するようになった。その話をしたら、ばあちゃんが「竹朧はおばあちゃんの宝物だよ」って抱きしめてくれた。まあ、ばあちゃんはすぐ俺を抱きしめるけど。


「いづる先生はネットで取り寄せましたって言ってたけど、多分これ行列に並ばなきゃ買えないお店だよ。今度ふたりで、なにかお返しにサプライズしよっか」


もも先生といづる先生は2人とも俺と同じスタンスだ。ちゃんと手を合わせる。俺はこの2人の先生に出逢えて、倖運にも家庭以外にも居場所をいただけた。そして、『先生』への考え方が少しだけ、変わった。まあ、俺が認めた『先生』はこの2人だけだけど。


月曜日と木曜日の放課後、ここに来る事が許されてる俺は、やっぱり誰よりも倖せ者だ。

満は良い奴だけど、この時間のことを話すつもりはない。誰にも壊されたくない空間だから。


もも先生は、俺と本質が少し似てるから居心地がいい。もも先生は、ここに居る時間だけは

よく話しかけてくれるけど、普段のもも先生は無口だ。生徒と雑談をしない。というか普段のもも先生は、人間に興味が無さそうだ。俺がそうだから、勝手な俺の思い込みなのかもしれないけれど。

もしかしたら、俺に過去の自分を投影しているのかもしれない。もも先生は、俺と違って居場所がない子供だったんじゃないかと、なんとなく思ったことが何度かある。


いづる先生と3人でいる時よりも、2人きりの時のほうがもも先生はよくしゃべる。不安だから口数が多くなっているのか。それとも、俺に個人的に関心があるからなのかーーまあ、そんな虚しい自惚れをするほど、俺はガキなわけで。


もも先生の生徒からのあだ名は『氷の女王様』だ。もも先生は全然偉そうな態度はとらないけど、近寄り難い雰囲気がある。悪意からの命名というよりも、むしろ羨望とかそうゆうポジティブな意味からだと思う。ーー実際、美人だし。まあもも先生はたぶん嬉しくないだろうから、俺は絶対それを口にはしない。『好きな人の嫌がることはしないように』って、ばあちゃんが言ってたし。

授業の教え方は丁寧だし、もも先生が教えるクラスの英語の平均点は他の先生のクラスよりも高いという噂だ。

生徒は嫌いな先生の授業は真面目に聞かない

ーーつまり生徒からのウケがいい先生だと思う。けど、もも先生は生徒から話しかけて貰えないと以前落ち込んでいた。なんというか、ちゃんとできているのに自信が無い、不安定な大人だと思う。だからなんか、先生っぽくなくて気になる。小さなことで落ち込んで自分を責めるひとだから、これ以上悩み事を増やさない為にも、俺は卒業までもも先生に告白はしない。その代わり、もも先生の悩み事を少しでも減らせるように俺にしか出来ないことを陰でしてたりする。生徒からのもも先生の評価を上げたり、とか。惚れた弱みってやつかな。

ーーけどいいんだ。俺はもも先生といづる先生に出逢えて救われたから。俺が救われたことで、俺が楽しそうに学校生活を送っていることで、過去のもも先生を癒してあげる手伝いができるのなら。

一生片想いでもいい。

なんとなく…いづる先生とその話題をしたことはないけど、きっといづる先生も、もも先生の倖せだけを祈ってる『大人』だ。

だって、俺はもも先生の笑顔の為だとしても、菓子屋の行列に並ぶ覚悟はなかなか湧いてこない……。いや、もも先生が笑ってくれるなら、多分がんばるけど……うーん、思春期の葛藤が……。

ほんと、いづる先生は尊敬するべき、『大人』だ。俺が認めるんだから、すげえ『先生』だ。

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