第3話 最倖の月曜日

小学生の時、『先生はクズだ』と学んだ。

自己顕示欲が強くて、まるで自分の事を神様のように勘違いしている。

かといって、それだけの努力をしているようにはどうしても見えなかった。


完璧に振る舞えないのなら傲慢になんてならなければいいのに。自分で自分の首を絞めている。

『バカ』と言うよりも、救いのない『クズ』のほうが日本語は正しいような気がした。

まあ、他人の短所ばかり目に入る俺自身こそが『欠陥品』なんだろう。

ばあちゃんはよく、『人は鏡』って言う。

俺にとってはばあちゃんこそが、神様だ。完璧な存在だ。

俺が人間嫌いなのは、ばあちゃんという生き神様のような存在がそばに居るからなのかもしれない。もし俺にばあちゃんがいなくて、世の中が不完全なクズばかりだと割り切れていたなら、迷わず犯罪を犯してスリルを堪能しまくって、太く短く人生を終えただろう。

けど俺は法律を守って、真面目に今日も登校する。全部、ばあちゃんがいるからだ。もしあと何十年も経ってばあちゃんが死んじまっても、俺は法律は守るし社会の迷惑になる大人にもならない。孫の俺がなにか悪いことしたら、あんなにすげえばあちゃんまで悪く言われちゃうかもしんねぇから。だから、そういう意味も含めて、ばあちゃんは俺を生涯守る神様だ。


「おはよー」

教室のドアをくぐりながら、誰にともなく挨拶する。

挨拶しか会話をした事の無い女子たちが挨拶を返してくる。いつもの日常。その女子達に気持ち悪い目で全身じろじろ見られるのも、日常。

不快だけど、ばあちゃんが誰にでも必ず挨拶をする人だから、俺もばあちゃんにならってするだけ。


「よお、タケル」

「おはよー」

わりと気の合う満(みつる)が社交的な笑顔で俺の使う机に寄ってくる。満は良い奴だ。自分から笑顔を作る努力を、俺はしない。笑ってないやつに笑顔を向ける努力が身についている満は、誰がなんと言おうと『良い奴』だ。授業中寝てばっかで話題はゲームか家族かかわいい女子の事ばかりで性欲まみれのやつだけど、うん、満は『良い奴』だ。


「なな、ミカちゃん達が今日の放課後カラオケ行かねって言ってんだけどさ、タケルもいこーぜ!たのむから!」

「予定あるから無理。パス」

「にべもねえな…」

満の『良いとこその2』はしつこくない所だ。だから満は『良い奴』だ。俺は最高の友人に恵まれている。

「まあいいや…そっちは俺一人でいってくるとして…なあタケル、こないだの日曜日、おまえ駅前の本屋行った?」

「……覚えてねぇ。なんで?」

思わず不自然な間ができてしまった。

「いや、なんか、年上のお姉さんと一緒にいるタケルくんをみたって、うちの妹が言ってたから」

「ああ……。満の妹の名前…みうちゃんだっけ?………そういえば、昨日男子生徒と歩いて帰ってるとこみたぞ」

「はああああ?!!なにそれなにそれ!えっ……ちょっとまってなにそれなにそれ!……ちょっと…、俺、今日帰る!あいつ…まだ中一のくせして…っ!!」

血相を変えて鞄を引っ掴み慌てて教室からでる満。おそらく妹の通う中学へ向かったのだろう。ひょっとして、夕方まで校門で張り込む気か…?あいつ、すげえな……。まあ、昨日の話は本当のことだけど、心の中でみうちゃんに頭を下げる。みうちゃんありがとう。満の『良いとこその3』は男に関心がないこと。『その4』は妹を溺愛しているところ、だ。

ついでにカラオケブッチされるであろう女子……名前は忘れたけど…にも頭を下げとこう。まあ、人生においてカラオケで遊ぶことの優先順位がどれほど高いのかは人それぞれだけど、ブッチされるのは可哀想だなと思ったから。思っただけだ。行かない。俺は有言実行の男だ。ばあちゃんにそう育ててもらった。


俺は良い友人に恵まれてて、尊敬するばあちゃんも、じいちゃんも元気に生きてる。家族仲も良好だし、幸せな中学二年生だ。

そして今日は月曜日。『最倖の』月曜日。月曜日はこのためだけに俺は登校してきてる。

放課後の楽しみを想像しながら、しかし決してにやけないように。俺はクラスではクールなただのイケメンだ。この学校の生徒の中では多分トップクラスの、ただのイケメンだ。

昔、じいちゃんの子供の頃の写真を見た時に俺とそっくりで、うれしかった。それはつまり、俺はばあちゃんレベルのいい女と結婚できるっていうことだ。まぁ、ばあちゃんを超える女性が世の中にうじゃうじゃいるとは思えねーけど、俺が育てればいいだけだし。俺になびかねぇ女性はいなかった。少なくとも、中学に入るまでは。だから絶対できる。努力の天才である俺に不可能はない。


放課後のことを考えながら、

俺は授業開始のチャイムが鳴るまでと、リュックから文庫本を取り出したーー


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る